第21話 「王族」
いや違う、真っ青のソファに全身真っ青の男が腰掛けていた。
僕も真っ青になった。
髪も青、上も青、下も青、装飾品も青。青青青青青青青青青青青。
下着も青に違いない。
家も執事もコイツの趣味だったのか。
そういう文化なのかと思った。
しかし支配欲もここまでくると笑えてくる。
青い王様だ。
そして誰も指摘しない。
できるはずもない。
その分、食堂は真っ青な陰口の風味が漂い、それを食べた公爵は体内まで真っ青になっているに違いない。
これが王族。
馬鹿らしい。
ソファは丸太のように大きく、青男は小枝のように小さかった。
どうやら体内の自己顕示欲が全てソファの栄養になっているらしく、その分だけ体が縮んでしまったようだ。
これが王族。
情けない。
「失礼致します」
トマさん、ロイと続き、僕も青いソファに座った。
あまり長居はしたくない。
僕は高身長になりたいし。
「お初にお目にかかります。
フランソワ・サー・トリス公爵の執事、トマと申します」
トマさんはそう言うと、左の方に目をやった。
ビクッとロイは震える。
「お、おはすにお目にかかります。
先生の家に住んで? おります、ロイ・クロノ・クラリスと申します」
やばい、ロイが混乱している。
確かになんて身の上を説明したらいいんだ。
「同じく、ハル・クロノ・クラリスと申します」
乗り切った。
僕らが挨拶をすると、青男はしげしげと順番に見つめた。
無色透明の目だった。
「私はローベルト・サー・トリス。で、手紙は?」
青男はトマさんの方を少し見ていたが、僕とロイにはまるで興味がないという風にさっさと本題に入った。
僕は青男になってしまった理由に興味があったけど、そんなこと聞けるはずもなかった。
「こちらです、殿下。
事前に書状を送らなかったことについては、誠に申し訳ありません」
トマさんは手紙を渡した。
「構わぬ」
男はそれを片手で受け取り、雑に封を開ける。
愚民を見下すように読む。
表情は全く動かない。
何が会ったのかはしらないけど、まだ先生のことをよく思っていないのだろうか。
そもそも先生の家族の話なんて聞いたことがない。
聞くのも忍びないしなぁ。
というか、この男と先生が兄弟なんてまるで想像もできない。
青いし。
そして男は顔を上げた。読み終えたらしい。
「⋯⋯汚らわしい」
それが一言目だった。
全てだった。
男はそれから一言も喋らず、数秒が経過した。
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「我が主はなんと?」
トマさんがたまらず切り出した。
顔は平然としている。流石だ。
「何だ知らないのか。じゃあ読めばいい」
男はそう言うと、手紙をビリビリに破いてこちらに投げた。
紙の破片はフワリと舞い、白い花びらのように散った。
トマさんの顔が固まる。
僕も唖然とした。
ロイの顔は見えないけど、きっと同じに違いない。
僕らの視線はしばらく空中を浮遊し、次第に霧散していった。
心は凍結し、底の方から溶け始め、危うく発火してしまいそうだった。
「エフター、暖炉に焚べておけ」
男は執事に命令した。
執事は丁寧に拾う。
「それで、用は終わりかね?」
ぶっきらぼうに言った。
青い全身が冷気を放った。
「なぜ⋯⋯?」
ロイが声を出した。
トマさんが振り向く。
だめだ、ロイ。
でも、ここで言わなきゃどうする?
このまま言わせたままで、ぼくは⋯⋯。
「なぜ? 手紙を破くのは気持ち良いからね。
特に届きたてのものは」
男は足を組みながら言った。
「急に手紙を出したと思えば⋯⋯学校教師とは⋯⋯堕ちたものだ」
僕のはらわたは煮えくり返っていた。
業火のように燃えていた。
この邸宅全てを、焼き尽くしてしまいたかった。
「あいつはな、王族という立場を捨てて逃げたんだ。
国のために仕えることからな」
男は言った。
「⋯⋯返答を教えてください」
僕は言った。
「知らん」
男は答えた。
もうダメだ。
心はすでに折れそうだ。
「君たちも教え子なんだって?
可哀想に。ロクでもない人間に何が教えられる?
奴の様に身勝手を自由と履き違え、自分の身分も顧みず、ここまで来たんだろう」
「そんなものは無価値だ。間違っている。
大きい屋敷を構え、大勢の使用人を雇い、大きく国に貢献する。
それが王族の生き方だ」
「それが我々の生き方だ」
「それを自由だなんだと⋯⋯。
個人主義は誰も幸せにしない。自分以外はな」
男は吐き捨てた。
「⋯⋯ちが⋯⋯!!」
立ち上がろうとしたそのとき、トマさんが僕の膝に手を添えた。
それはとても力強く、聖者のように優しかった。
何とか体を抑えた。
心は収まらない。
「⋯⋯まあいい。用がないなら帰り給え。
これからダンスパーティがあるんだ」
男はそう言うと、楽しそうに部屋を出ていった。
僕らはさっさと追い出され、気づけば門の前にいた。
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「⋯⋯だい⋯⋯じょうぶ⋯⋯?⋯⋯みんな?」
レイナが心配そうに覗き込む。
僕とロイ、それぞれを忙しそうに観察している。
自分だけ除け者にされたにも関わらず、彼女はそんな不快さをおくびにも出すことはなかった。
いや、僕らのために抑えているんだろう。
その優しさだけが唯一の救いだった。
でも、心はまだ抑まっていなかった。
何より先生が馬鹿にされたのが気に食わなかった。
あんなに優しい先生を。
あんなに大好きな先生を。
確かに、家を逃げ出したことは悪い。
王族としての責任もあるだろう。
でもそんなこと知るもんか。
僕にとって、一人の恩師であることに変わりはない。
炎は消えない。
それどころか、轟々と火力を上げている。
さっきまでの出来事と、過去に自分を苦しめてきた数々の光景が、胸の内で蝋燭となって固まっていくようだった。
今にも後ろを振り返って、すべてを解き放ちたい気分だった。
でもそんなことをすると、先生やみんなに被害が及ぶ。
あの男もろとも燃えカスになって終わりだ。
どうしようもできない。
どうする力もない。
頭の中でやり返すことぐらいしか、ぼくには思いつかなかった。




