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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第3章 決意編

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第20話 「男」

 数日が経ち、ぼくらは貴族街に来ていた。


 ロイとレイナはもちろんのこと、執事のトマさんもいる。

 先生が仕事で行けないため、ぼくらを案内してくれるらしい。

 信頼できる白髪のおじさんだ。


 貴族街は一面純白で、ポツポツと赤い瓦が見えた。

 道はつるぎのように真っ直ぐに引かれ、足を支える石畳は一糸乱れぬ整列をしている。

 まるで石の大地。


 ぼくらは一列になって動けなかった。


 鐘の音が鳴る。

 大教会だ。

 空に染まった水色の壁、空を貫く灰色の塔。

 白い光のベール。

 神聖な、静寂の色。

 

 貴族街の白い圧力に当てられた。

 「王都の貴族がなんだい!」と心の中で思ったものの、それを口に出す勇気は毛ほどもなかった。

 いや一本くらいは生えていたかもしれないけど、街に入った瞬間に抜け落ちた。


「しろッ⋯⋯!!」


 ロイが声を上げる。


 僕らが歩く真っ正面の斜め上、気づけば、琥珀色の巨城がこちらを見下ろしていた。


 みんなポカン、とした顔で見つめている。

 驚きの表情を浮かべている。


 でも、僕は何も感じなかった。 

 無感動に見ていた。

 その違和感を払拭しようと心の底を覗いたとき、分かった。


 別の城を見ていたんだ。

 あの白銀の城を。


 王城よりも確実に古びていて、ボロボロで、目の前の輝きには到底及ばなかったけど、それでも、その存在はどんな城よりも雄大で、荘厳だった。

 美しかった。


 レイナの方を見ると、彼女も僕を見ていた。

 視線は出会う。

 お互いの感じていること、思っていること、全てが重なった気がした。


 言葉は、一言も要らなかった。

 

「早く行こう!!」


 ロイが興奮しながら言った。

 この場に慣れてきたのか、両手を振ってはしゃいでいる。


「うん」


 ぼくは言った。



---



 噴水広場まで来た。

 中央広場よりはずっと小さい、あくまで通行用の広場だ。

 真ん中には綺麗な噴水がある。

 まばらに人と馬がいて、誰も彼もが華麗な衣装を着こなしている。


「すげえ!!」


 ロイはわちゃわちゃしていた。

 両手を上下に動かし、必死に興奮を伝えようとしている。

 彼にとってはこれも冒険なんだと思う。


 レイナの方を見ると、


「きれい⋯⋯」


 と、静かにわちゃわちゃしていた。

 ピタッと止まり、ドレスを着たご婦人達を貫通するほど見つめている。

 どうやら貴族の衣装が気になるらしい。


「レイナは服が好きなんだ?」


 僕は聞く。


「うん。それに、あんまりあんなの着たことないから。

 まあ似合わないだろうけど」


 レイナは照れくさそうに頬を緩めた。


 そんなことないさ。

 僕は言う。心の中で。


 そう⋯⋯かな?

 レイナは言う。心の中で。


 好きなもの選べよ。

 僕が買うから。


 え⋯⋯? ホントに⋯⋯?

 嬉しい!! 好き!!


 これだ。これしかない。

 もうこれしかない⋯!!

 

 僕はレイナの方を向く。


 そのとき、パシャァァン!!という何かが割れたような音が響き、目の端を黒い塊が掠った。

 鈍い衝突音が響く。

 鋭く切れるような高い音がいくつも鳴る。


「二度と来るな!!!!!」


 怒号、頭上から。


 僕は振り子のように上下を見て、固まった。

 街が凍った。

 空間が凍った。

 誰も、動けなかった。


「いでェ⋯⋯グソ⋯⋯」


 地面からうめき声が聞こえ、僕は咄嗟に視線を下ろした。

 それは本能だった。

 まずは敵を認識しないと、という動物の本能だった。

 

 そして理解する。

 見た目、形、質感。

 黒い塊だと思ったそれは、人間だった。男だった。

 仰向けになり、周囲にはガラスの破片が散らばっている。

 怪我は⋯⋯どうやら無いようだ。


 空から男が降ってきた。 


 ただ、分かったところで何だという。

 どうするべきか分からない。

 周囲を見ると、人っ子一人いなくなっていた。


 ロイは腰を落とし、剣に手を添えている。

 トマさんはぼくらの前に出る。


「⋯⋯ったく、貴族には優しさってものがありゃしねェ」


 男は仰向けのまま言った。

 その声には疲れが感じられた。

 顔は真顔だ。


 僕は見つめるしかなかった。

 とにかく、レイナだけは守らないと⋯⋯。


 男の顔は急変した。


「あああああ!! しゃあねェか!! しゃあねェ!!」


 せきを切ったように笑い出す。

 右手を額に添える。


「ったく!! たまらねェな!! 人生は!!」


 豪快だった。

 酒場の近くで聞こえるような、豪快な笑い声だった。

 

 男は、周囲に落ちているガラスの破片をものともせずに、片手をついて立ち上がった。


「おォ、脅かしたなァ⋯⋯おめェら⋯⋯俺は大丈夫だ」


 男はそう言うと、恐ろしい笑みをこちらに向けた。

 そこに敵意はなかった。

 しかし、何か得体の知れないものを感じた。

 

 そして、そこで気づく。男の見た目。

 今までは『男である』ということにしか注意が向かなかったけど、その容姿は明らかに異常だった。

 ボロボロの服に泥だらけの靴、チリヂリの長い髪と顎髭。

 貴族街には存在するはずのない見た目だった。

 いや、存在してはいけない見た目だった。

 男が怒号を浴びせられていたのと、何か関係があるんだろうか。


 更にもう一つ、男は異様にデカかった。

 大人のトマさんですら、その胸ほどにしか届いていない。

 また、縦だけでなく横も広い。

 筋肉なのか、脂肪なのか、恐らくは両方だろう。


 そいつは、童話に出てくる巨人のようだった。


「邪魔したな⋯⋯⋯⋯まあ⋯⋯別の方法を試すか」


 男はゴニョゴニョと言いながら去っていった。


 その場にいる全員、その背中が見えなくなるまで男を見ていた。

 僕も見ていた。

 

 長い沈黙が、僕らを繋いだ。



---



 誰も喋らないまま目的地まで歩き、とうとう着いてしまった。


 周囲に合わない青い門。

 青々とした緑の庭園。

 三階建ての清純な家。

 その美しさはもはや圧迫感を与えるほどで、僕は押し潰されないように必死に耐えていた。


「ローベルト・サー・トリス公爵。

 ここがその邸宅でございます」

 

 トマさんが言った。


「公爵!? トリス!?」


 ぼくは言った。


「? 聞いておられなかったのですか。

 殿下の兄君であり、現トリス王国国王陛下の弟君でございます」


 というと⋯⋯先生は国王の弟⋯⋯?

 へ、へえ。

 

 まあいいや!!

 

「でけぇ⋯⋯」


 流石のロイもあたふたしている。

 こいつの手綱は僕が握ろう。

 

 レイナはポカーンと邸宅を見つめていた。

 口が半開きになっている。

 風通しが良さそうだ。


「ご要件は?」


 門番が声をかけてきた。

 門には四人の門番がいて、二人ずつで左右に陣取っており、珍しく青い服を着ていた。


 トマさんが前に出る。


「お初にお目にかかります。

 フランソワ・サー・トリス公爵に仕えております、執事のトマと申します。

 ご当主殿下にお取次ぎ願えますでしょうか」


 トマさんは手紙を渡した。

 滑らかな所作だった。

 貴族の挨拶である右手を左胸に当てる動作、これほど洗練されているのは見たことがない。


「畏まりました」


 門番は手紙の表面をしげしげと見つめると、隣にいる人に何やら声をかけた。

 そして一人が邸宅に入る。


「しばしお待ち下さい」



---


 

 数分経ち、門番が戻ってきた。


「お入りください。公爵殿下がお待ちです」 


 ガラガラと門の口が開き、僕らは邸宅に通された。

 周囲には緑の芝生が遠く向こうまで広がり、二対の噴水が客をもてなしている。

 その噴水の上部には、聖人の銅像が真っ直ぐに立っているのが見えた。

 所々に屋根付きのテラスのような場所があり、身動きも取れなさそうなドレスを着ている婦人たちがお茶を飲んでいる。

 その向こうには数人の男と数頭の馬が見え、余りある余暇を楽しんでいた。


 先生の『庭だけ屋敷』とは違う、まさに王族の家だ。


 しかし強い興奮を覚えると同時に、喉元が冷えるのを感じた。

 それは緊張なのか、怖さなのかは分からないけど、この空間に自分がいるということ自体に微かな気持ち悪さを覚えた。

 それは瞬時に僕を捉え、過去へと連れ去っていった。


 思い出したのは帝国の記憶。

 それは有能な魔術師をハーレムのように引き連れる貴族であり、それは自らの銅像をせっせこ作る戦士であり、それは教育という名のもとに社交道具を作る両親だった。


 僕はそれが嫌で嫌でたまらなかった。

 でも社会の鎖からは一歩たりとも逃げられず、自分の不自由を呪った。

 自分の力のなさも呪った。


 でもだからこそ、先生が好きなんだ。

 それだけが救いだ。


 しばらく歩き、玄関に着く。

 地面には光を放つ大理石があり、目の奥がギラギラと眩しい。

 門番はさっと扉に手をかざし、その大きな茶色い両扉はいとも簡単に開けられた。

 

 そして広がる大空間。

 視界に飛び込む大階段と、所々に金色の装飾が施された真っ青の絨毯。

 誰が見たいのか、重厚なおじさん達が並ぶ肖像画の数々。

 その広さの割にはほとんど人はおらず、不気味な寂しさが空間を浸していた。


「どうぞ。右の部屋が応接室です。

 その更に奥の部屋で、公爵殿下はお待ちです」


 青い服を着た執事が案内した。

 胸にはこれまた青い花。

 青が好きなのだろうか。

 真っ白な貴族街から、全くの別世界に来たようだ。

 ここまでくると不気味だけど。


 まずトマさんが進み、それからロイ、僕、レイナの順番だった。

 

 応接室に入る。

 そこは教室ほどの広さの部屋で、玄関に比べると簡素な作りだった。

 木の机に小さな椅子が置いてあり、壁にはちょこんと絵画が飾られている。

 青い花の絵だ。


「あなたはこちらへ」


 青執事は急にレイナに声をかけ、ソファの元まで連れていった。

 いきなりのことに動転して口を開きそうになったが、そんな僕に対してレイナは微笑みを返した。

 強い目だった。


 僕はぐっと心を押し殺し、扉の前に向かった。


「失礼致します」


 そう言うと青執事は扉を三回ノックし、先に部屋に入った。


 扉が開く。

 僕らは部屋に通された。


 まず驚いたのは、天井にある青い炎。

 それを囲む青い結界。

 炎魔術の灯火だ。

 青い炎魔術も結界魔術も、レベルの高い上位魔術であり、相当な魔力を消費する。

 それを魔道具で代用するとなれば、さらに相当な魔石が必要だろう。


 これが王族⋯⋯。


 それにしても、赤いものは見たことあるけど、青いものは初めて見た。

 欲しいって言ったらくれるかな。


「君たちか。まあかけたまえ」


 その声の方を見ると、生首が宙に浮いていた。

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