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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第1章 逃走編

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第2話 「目覚め」

 ⋯⋯。

 ⋯⋯。

 ⋯⋯うっ⋯⋯。


 温もりとともに、目が覚めた。


 朝だ。

 地面は少しヒンヤリする。

 足を見ると、小さな虫がトコトコ登ってくるのが見えた。


「う゛ェ゛あ!!」


 吐いた。


 治癒魔術をかけ、ゆっくり呼吸し、次第に体を落ち着かせた。

 霧が詰まっているように頭はボンヤリしている。


 隣を見ると、ロイがぼくに纏わりついて寝ていた。

 長いまつ毛が揺れ、穏やかな顔を飾っている。

 無傷らしい。

 確かにこいつは力が強く、異常なほど頑丈だった。


 なんだこいつ⋯⋯。 

 一人で寝れないのか⋯⋯?

 いや違う⋯⋯あのときとっさにぼくを⋯⋯。


 混乱した。

 まさかロイに助けられるなんて。

 いや⋯⋯でもそんなわけ⋯⋯。


 その混乱を払うように、目の前に広がる緑の平野を見渡した。

 そして息を呑む。


 この瞬間の光景を、ぼくは決して忘れない。


 山のように巨大な岩が、街一つを呑み込んでいた。

 グシャリと押し潰していた。


 さらにその巨岩の上部には、


 天を貫くほどの、白銀の城がそびえ立っていた。



---



 空から城が降ってきた。


 いやいや⋯⋯。


 それは異様な空気を纏い、無感動に居座っていた。

 冷酷な王のように見えた。


 まるで童話の世界にいるようだ。

 現実から離れ、孤立し、浮いている。

 ぼくの居場所は見つからない。


 そしてふっと引き戻された。


 今までロイが言ったこと。

 それを嘲笑してきたこと。

 数年間の記憶が、ぼくを非難するように現れたようだった。


 同時に、体が震えていることに気づく。

 死んだ。大勢。

 ロイの家族も。

 先走る恐怖と不安がぼくを覆う。


 体はガタガタと音を立てた。

 それは恐怖や不安で濁っていた。



 帰ろう。

 しばらく経ち、ぼくはやっと、鉄のように硬く重くなった腰を持ち上げた。


 そういえば⋯⋯何か叫び声のようなものが⋯⋯。

 いや、よそう。

 帰るんだ。


 ぼくはロイを起こそうと声をかけた。


「ロ」

「いこう、ハル」


 ロイは灯火のように目を輝かせていた。

 伸ばした指はあの城を指している。


 ぼくは固まる。


「いかないの?」

「危険にきまってるだろ! なにが起こるかわからないんだぞ! お前の家も⋯⋯!!」

「そうか。じゃあ俺一人でいくよ」


 そう呟いたロイの目は、さらに輝きを増していた。


 これは好奇心だ。

 自分の故郷が潰れたという焦りではなく、好奇心だ。


 無理だ、止められない。

 ⋯⋯どうする?

 その瞬間、


 ロイは駆け出した。


「おい!! まてって!!」


「ロイ!!」


 ああ!!

 もう無理だ。

 力ずく?

 それこそ無理だ。

 追いつけないし勝てもしない。


 でも、いくしかない。


 ぼくは初めて歩いた赤子のように無様に走った。

 右足と左足がごちゃごちゃに絡まり、何度も何度も転倒した。

 気づけば、ロイの姿は視界から消えていた。



---



 やっとのことで丘を下りた。

 体は傷だらけ。

 足はプルプル震えている。


 正面の平野を見渡すと、そこにあるはずのない、真っ黒い塊が蠢いているのが見えた。

 ウヨウヨとしており、地面を激しく打つような鈍い音を連打している。

 そして異様なほど鳥が飛び立ち、空が真っ黒に染まった。

 しばらく忘れていた恐怖が、再びぼくを支配する。


 左側にもう一つ、こちらに迫ってくるのが見えた。


 足は大樹のように根を張っている。

 それでも必死に力を入れた。

 引っ張って引っ張って引っ張った。


 うごけ!

 うごけ!!

 うごけ!!!


 しかし、動かない。

 ピクリだって、動かなかった。 


 こんなとき、ロイのように力があれば⋯⋯。

 そんなどうでもいい妄想が頭に浮かんだ。


 思考を切り替える。


 どうする?

 魔術は?

 無理だ。

 無駄だ。


 恐怖。


 やばい。

 死ぬ。

 ここで?

 まだ⋯⋯。

 ぼくは⋯⋯。


 既に体は満身創痍、心も疲労で一杯だ。

 恐怖が頭を駆け回り、ついに意識は、混濁に沈んだ。



 そうだ。

 やめよう。

 どうせこんな人生だ。

 ぼくはあいつとはちがう。

 養子に出されたあの日から、

 この運命は決まっていたんだ。

 生みの親はぼくを捨てた。

 ロイもぼくを置いていった。


 ぼくは、ぼくを捨てられるだろうか?


 そう思うと急に怖くなった。

 体が叫ぶ声がした。


 そしてわかった。


 『死ぬ』ということが、こんなにも難しいことなんだって。


 頭ではわかっていたつもりだった。

 どんなに自分が惨めでも、どんなにお先真っ暗でも、死ぬことだけはやめようって。

 きっと生きてれば、いいことがあるって。

 そう思っていた。

 でも違った。


 ただ怖かった。

 怖くて死ねなかっただけなんだ。


 未来への希望なんて、死の前では絶望だ。


 でも、どうしようもない。

 心が動けと叫んでも、体は決してついてこない。


 涙すら、流れなかった。


 ああ⋯⋯。

 あいつは⋯⋯。

 ロイは⋯⋯。


 ぼくが⋯⋯いてやらなきゃ⋯⋯。


 鈍い音は激しさを増し、増殖する。

 振動は鼓動を超えてぼくを叩く。


 停止する。



「どうした、少年」

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