第2話 「目覚め」
⋯⋯。
⋯⋯。
⋯⋯うっ⋯⋯。
温もりとともに、目が覚めた。
朝だ。
地面は少しヒンヤリする。
足を見ると、小さな虫がトコトコ登ってくるのが見えた。
「う゛ェ゛あ!!」
吐いた。
治癒魔術をかけ、ゆっくり呼吸し、次第に体を落ち着かせた。
霧が詰まっているように頭はボンヤリしている。
隣を見ると、ロイがぼくに纏わりついて寝ていた。
長いまつ毛が揺れ、穏やかな顔を飾っている。
無傷らしい。
確かにこいつは力が強く、異常なほど頑丈だった。
なんだこいつ⋯⋯。
一人で寝れないのか⋯⋯?
いや違う⋯⋯あのときとっさにぼくを⋯⋯。
混乱した。
まさかロイに助けられるなんて。
いや⋯⋯でもそんなわけ⋯⋯。
その混乱を払うように、目の前に広がる緑の平野を見渡した。
そして息を呑む。
この瞬間の光景を、ぼくは決して忘れない。
山のように巨大な岩が、街一つを呑み込んでいた。
グシャリと押し潰していた。
さらにその巨岩の上部には、
天を貫くほどの、白銀の城がそびえ立っていた。
---
空から城が降ってきた。
いやいや⋯⋯。
それは異様な空気を纏い、無感動に居座っていた。
冷酷な王のように見えた。
まるで童話の世界にいるようだ。
現実から離れ、孤立し、浮いている。
ぼくの居場所は見つからない。
そしてふっと引き戻された。
今までロイが言ったこと。
それを嘲笑してきたこと。
数年間の記憶が、ぼくを非難するように現れたようだった。
同時に、体が震えていることに気づく。
死んだ。大勢。
ロイの家族も。
先走る恐怖と不安がぼくを覆う。
体はガタガタと音を立てた。
それは恐怖や不安で濁っていた。
帰ろう。
しばらく経ち、ぼくはやっと、鉄のように硬く重くなった腰を持ち上げた。
そういえば⋯⋯何か叫び声のようなものが⋯⋯。
いや、よそう。
帰るんだ。
ぼくはロイを起こそうと声をかけた。
「ロ」
「いこう、ハル」
ロイは灯火のように目を輝かせていた。
伸ばした指はあの城を指している。
ぼくは固まる。
「いかないの?」
「危険にきまってるだろ! なにが起こるかわからないんだぞ! お前の家も⋯⋯!!」
「そうか。じゃあ俺一人でいくよ」
そう呟いたロイの目は、さらに輝きを増していた。
これは好奇心だ。
自分の故郷が潰れたという焦りではなく、好奇心だ。
無理だ、止められない。
⋯⋯どうする?
その瞬間、
ロイは駆け出した。
「おい!! まてって!!」
「ロイ!!」
ああ!!
もう無理だ。
力ずく?
それこそ無理だ。
追いつけないし勝てもしない。
でも、いくしかない。
ぼくは初めて歩いた赤子のように無様に走った。
右足と左足がごちゃごちゃに絡まり、何度も何度も転倒した。
気づけば、ロイの姿は視界から消えていた。
---
やっとのことで丘を下りた。
体は傷だらけ。
足はプルプル震えている。
正面の平野を見渡すと、そこにあるはずのない、真っ黒い塊が蠢いているのが見えた。
ウヨウヨとしており、地面を激しく打つような鈍い音を連打している。
そして異様なほど鳥が飛び立ち、空が真っ黒に染まった。
しばらく忘れていた恐怖が、再びぼくを支配する。
左側にもう一つ、こちらに迫ってくるのが見えた。
足は大樹のように根を張っている。
それでも必死に力を入れた。
引っ張って引っ張って引っ張った。
うごけ!
うごけ!!
うごけ!!!
しかし、動かない。
ピクリだって、動かなかった。
こんなとき、ロイのように力があれば⋯⋯。
そんなどうでもいい妄想が頭に浮かんだ。
思考を切り替える。
どうする?
魔術は?
無理だ。
無駄だ。
恐怖。
やばい。
死ぬ。
ここで?
まだ⋯⋯。
ぼくは⋯⋯。
既に体は満身創痍、心も疲労で一杯だ。
恐怖が頭を駆け回り、ついに意識は、混濁に沈んだ。
そうだ。
やめよう。
どうせこんな人生だ。
ぼくはあいつとはちがう。
養子に出されたあの日から、
この運命は決まっていたんだ。
生みの親はぼくを捨てた。
ロイもぼくを置いていった。
ぼくは、ぼくを捨てられるだろうか?
そう思うと急に怖くなった。
体が叫ぶ声がした。
そしてわかった。
『死ぬ』ということが、こんなにも難しいことなんだって。
頭ではわかっていたつもりだった。
どんなに自分が惨めでも、どんなにお先真っ暗でも、死ぬことだけはやめようって。
きっと生きてれば、いいことがあるって。
そう思っていた。
でも違った。
ただ怖かった。
怖くて死ねなかっただけなんだ。
未来への希望なんて、死の前では絶望だ。
でも、どうしようもない。
心が動けと叫んでも、体は決してついてこない。
涙すら、流れなかった。
ああ⋯⋯。
あいつは⋯⋯。
ロイは⋯⋯。
ぼくが⋯⋯いてやらなきゃ⋯⋯。
鈍い音は激しさを増し、増殖する。
振動は鼓動を超えてぼくを叩く。
停止する。
「どうした、少年」




