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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第2章 出会い編

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第19話 「実は私」

 昼食の時間。

 先生は質素な食事を好んでいるようで、パン、スープ、果物、ワインがいつものメニューだ。

 美味しそうな匂いが香った。


 果物は庭でとれたやつ。

 緑色をしていて、食卓に明るい彩りを添えている。

 先生の庭には見たこともない色んな植物が植えてあるが、先生もなにが植えてあるのかよくわかっていないらしい。


 食事中はあまり喋らないのが魔神教の慣例のため、静かに食べ進めた。

 果物を手に取る。

 ちょっと酸っぱいけど、美味しい。


 チラチラとレイナを見た。

 彼女は食事に集中しているようでぼくの方を見ない。

 いや、緊張しているのだろうか。

 このあと先生の部屋へ行ってあのことを話すのだ。

 どうやって言うのか考えているのかもしれない。

 言わないほうが良いんじゃないか、と進言してみたものの、彼女の決心は固いようだった。


 ロイも驚くだろう。

 ちょっとだけしかレイナと話してなかったけど、心配はしていたようだし。


「先生、少しお部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」


 食事が終わるとレイナは言った。


「構わんが」


 今日は学校が休みだ。


「ロイくんもお願い」

「俺も?」


 ロイはこちらを向いたが、頷いているぼくを見て了解したようだった。



---



「実は私、違う世界からきたんです!」


 その声は、スコーンと静寂に響いた。

 そしてひゅるひゅると静寂に呑まれた。


 先生は固まっている。

 窓から吹き抜ける風のせいで、長い髭がペターと顔に張り付いている。


「⋯⋯そうか」


 口の中からぽろっとこぼれたような言葉だった。


「んまあ⋯⋯コーヒーでも飲もう」


 先生はそう言うと部屋を出て、数分後、ガラスのコップを四つ持ってきた。

 お盆を机に置いて全員に渡す。


「帝国から仕入れてきたものでね。

 これが結構美味しいのだよ」


 前も同じ事言ってた。


 レイナを見ると、コーヒーをまじまじと見つめていた。

 そしてゆっくりと口に運ぶ。


「苦い」


 眉間に皺を寄せて言った。


「あ⋯⋯口に合わなかったか⋯⋯。

 ハルくんも同じことを言ってたね」


 先生はぼくの方を見る。

 ちょっと落ち込んでいるようだった。

 よほど自信があったらしい。


「砂糖とかないんですか?」


 レイナが言った。


「砂糖?」

「コーヒーに入れるんです」

「⋯⋯なるほど。面白いことを言うね。

 確かに帝国では何か入れるとか言ってたような」

「私がいた世界では普通でした」

「あ⋯⋯そうなんだね」


「ところで」


「今度大教会で開かれるあの⋯⋯」

「話を逸らさないでください」


 レイナはきっぱりと言った。 


 先生は貫かれた。


「うん、えーと、何だったかな?」

「違う世界からきたんです」

「そうか。まあ、人生そういうこともある」

「ないです」


 先生はこちらを向いた。

 ぼくに助けを求めているようだ。

 ロイはぽかんとしてるし。


「ぼくもよくわかってないんですけど⋯⋯そういう設定になってるみたいです」

「設定じゃないから!!」


 そういう時期もあるよね。


「先生にも、そういう時期があった。

 家を飛びだして、右も左も分からなくて、そういうときに襲ってくるのが現実逃避という病だ。

 たしかに一時の辛い感情を忘れるためには効果的だ。

 しかし、この先々長い人生を生きていくとなると⋯⋯」

「真面目に話してるんです」


 レイナは先生の目を見て言った。

 

「嘘をついているようには見えないね」

「はい」

「そう信じ込んでいるのか」

「違います」

「⋯⋯わかった。一旦認める。

 ちゃんと聞こうじゃないか」


 そこからレイナは事の経緯を話した。

 先生は真剣に聞いているようだった。


「⋯⋯なるほど。召喚魔術というのは確かにある。

 しかし異世界からなんて聞いたことがない」

「そうですか」


 レイナは下を向いた。


「ふむ⋯⋯もし存在するのだとすると、あの事件と関係があるのだろうか」

「⋯⋯わかりません」

「そうだ。城を調査した人間たちが突然倒れて死亡した、というのは知っているかね?」

「いえ」


 それは先生がぼくらと初めて会ったときに言っていたことだ。

 竜と魔術師の戦いの後、全滅した調査隊。


「彼らには体中にアザがあったという。

 もしかして君の右目のアザ、こっちの世界に来てからあらわれたのではないのかね」

「そうです!」


 レイナは答えた。


 ということは、レイナの言っていること、ほんと?


「このことについて、なんとか調べられないでしょうか?」

「そうだね⋯⋯」


 先生は斜め上を見る。

 しばらく考えてから、言った。


「可能性はある」

「可能性?」

「ああ。唯一の。

 私の兄が大きな図書館を持っていてね。

 魔術に関する蔵書もたくさんある。

 そこに行けばなにか得られるかもしれない」

「ほんとですか!?」

「⋯⋯まあ行けたら、だが」

「どういうことですか?」

「その、あれだ、あまり仲がよろしくなくてね」


 そんな理由?


「しかしもう何年も会っていない。

 時が過ぎれば氷は溶ける、そう言うだろう。

 それに君たちだけなら許可してくれるかもしれない。

 図書館なんぞ持っている人間なんて、誰かに見せびらかしたくてしょうがないのだから」


 レイナの目が輝く。


「ありがとうございます! さっそく準備してきます!」

「出発は後日だよ。手紙を書いておこう。

 先に渡すと断られるかもしれないから、持参していきなさい」


 レイナは急いで自室へと戻った。

 よほど嬉しかったんだろう。


 異世界からの召喚魔術、本当にあるのだろうか?

 もし実在するのなら、レイナは帰ってしまうんだろうか?


「正直、断られる可能性は高い。それでも行くかい?」


 先生は言った。


「はい。レイナのためにも」

「そうか。まあ余程のことはあるまい。

 レイナのこと、頼んだよ」

「はい」


 ロイを見ると、まだぽかんとしていた。

 

 先生は頬杖をついて窓の外を眺めている。

 瞳は空のように澄んでいた。

 

「⋯⋯そういう時期もある」

「あります」


 今日も、風が気持ちいい。

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