第19話 「実は私」
昼食の時間。
先生は質素な食事を好んでいるようで、パン、スープ、果物、ワインがいつものメニューだ。
美味しそうな匂いが香った。
果物は庭でとれたやつ。
緑色をしていて、食卓に明るい彩りを添えている。
先生の庭には見たこともない色んな植物が植えてあるが、先生もなにが植えてあるのかよくわかっていないらしい。
食事中はあまり喋らないのが魔神教の慣例のため、静かに食べ進めた。
果物を手に取る。
ちょっと酸っぱいけど、美味しい。
チラチラとレイナを見た。
彼女は食事に集中しているようでぼくの方を見ない。
いや、緊張しているのだろうか。
このあと先生の部屋へ行ってあのことを話すのだ。
どうやって言うのか考えているのかもしれない。
言わないほうが良いんじゃないか、と進言してみたものの、彼女の決心は固いようだった。
ロイも驚くだろう。
ちょっとだけしかレイナと話してなかったけど、心配はしていたようだし。
「先生、少しお部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
食事が終わるとレイナは言った。
「構わんが」
今日は学校が休みだ。
「ロイくんもお願い」
「俺も?」
ロイはこちらを向いたが、頷いているぼくを見て了解したようだった。
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「実は私、違う世界からきたんです!」
その声は、スコーンと静寂に響いた。
そしてひゅるひゅると静寂に呑まれた。
先生は固まっている。
窓から吹き抜ける風のせいで、長い髭がペターと顔に張り付いている。
「⋯⋯そうか」
口の中からぽろっとこぼれたような言葉だった。
「んまあ⋯⋯コーヒーでも飲もう」
先生はそう言うと部屋を出て、数分後、ガラスのコップを四つ持ってきた。
お盆を机に置いて全員に渡す。
「帝国から仕入れてきたものでね。
これが結構美味しいのだよ」
前も同じ事言ってた。
レイナを見ると、コーヒーをまじまじと見つめていた。
そしてゆっくりと口に運ぶ。
「苦い」
眉間に皺を寄せて言った。
「あ⋯⋯口に合わなかったか⋯⋯。
ハルくんも同じことを言ってたね」
先生はぼくの方を見る。
ちょっと落ち込んでいるようだった。
よほど自信があったらしい。
「砂糖とかないんですか?」
レイナが言った。
「砂糖?」
「コーヒーに入れるんです」
「⋯⋯なるほど。面白いことを言うね。
確かに帝国では何か入れるとか言ってたような」
「私がいた世界では普通でした」
「あ⋯⋯そうなんだね」
「ところで」
「今度大教会で開かれるあの⋯⋯」
「話を逸らさないでください」
レイナはきっぱりと言った。
先生は貫かれた。
「うん、えーと、何だったかな?」
「違う世界からきたんです」
「そうか。まあ、人生そういうこともある」
「ないです」
先生はこちらを向いた。
ぼくに助けを求めているようだ。
ロイはぽかんとしてるし。
「ぼくもよくわかってないんですけど⋯⋯そういう設定になってるみたいです」
「設定じゃないから!!」
そういう時期もあるよね。
「先生にも、そういう時期があった。
家を飛びだして、右も左も分からなくて、そういうときに襲ってくるのが現実逃避という病だ。
たしかに一時の辛い感情を忘れるためには効果的だ。
しかし、この先々長い人生を生きていくとなると⋯⋯」
「真面目に話してるんです」
レイナは先生の目を見て言った。
「嘘をついているようには見えないね」
「はい」
「そう信じ込んでいるのか」
「違います」
「⋯⋯わかった。一旦認める。
ちゃんと聞こうじゃないか」
そこからレイナは事の経緯を話した。
先生は真剣に聞いているようだった。
「⋯⋯なるほど。召喚魔術というのは確かにある。
しかし異世界からなんて聞いたことがない」
「そうですか」
レイナは下を向いた。
「ふむ⋯⋯もし存在するのだとすると、あの事件と関係があるのだろうか」
「⋯⋯わかりません」
「そうだ。城を調査した人間たちが突然倒れて死亡した、というのは知っているかね?」
「いえ」
それは先生がぼくらと初めて会ったときに言っていたことだ。
竜と魔術師の戦いの後、全滅した調査隊。
「彼らには体中にアザがあったという。
もしかして君の右目のアザ、こっちの世界に来てからあらわれたのではないのかね」
「そうです!」
レイナは答えた。
ということは、レイナの言っていること、ほんと?
「このことについて、なんとか調べられないでしょうか?」
「そうだね⋯⋯」
先生は斜め上を見る。
しばらく考えてから、言った。
「可能性はある」
「可能性?」
「ああ。唯一の。
私の兄が大きな図書館を持っていてね。
魔術に関する蔵書もたくさんある。
そこに行けばなにか得られるかもしれない」
「ほんとですか!?」
「⋯⋯まあ行けたら、だが」
「どういうことですか?」
「その、あれだ、あまり仲がよろしくなくてね」
そんな理由?
「しかしもう何年も会っていない。
時が過ぎれば氷は溶ける、そう言うだろう。
それに君たちだけなら許可してくれるかもしれない。
図書館なんぞ持っている人間なんて、誰かに見せびらかしたくてしょうがないのだから」
レイナの目が輝く。
「ありがとうございます! さっそく準備してきます!」
「出発は後日だよ。手紙を書いておこう。
先に渡すと断られるかもしれないから、持参していきなさい」
レイナは急いで自室へと戻った。
よほど嬉しかったんだろう。
異世界からの召喚魔術、本当にあるのだろうか?
もし実在するのなら、レイナは帰ってしまうんだろうか?
「正直、断られる可能性は高い。それでも行くかい?」
先生は言った。
「はい。レイナのためにも」
「そうか。まあ余程のことはあるまい。
レイナのこと、頼んだよ」
「はい」
ロイを見ると、まだぽかんとしていた。
先生は頬杖をついて窓の外を眺めている。
瞳は空のように澄んでいた。
「⋯⋯そういう時期もある」
「あります」
今日も、風が気持ちいい。




