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アル≒テミス  作者: 谷 風汰
第2章 出会い編

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第17話 「君のことが知りたいんだ」

 返事はない。


 寝ているのだろうか?

 無視しているのだろうか?


 しかし、


「⋯⋯ハルくん?」


 ドア越しに声がした。

 祭りのときとは打って変わって、弱々しい声だった。


「うん」


 ぼくは言った。


「⋯⋯」

「⋯⋯」


 沈黙が流れる。


「入るよ⋯⋯?」


 ぼくは言う。


「⋯⋯このまま⋯⋯話したい」


 レイナは言う。


「わかった」


 ぼくは腰を下ろし、ドアに背中を預けて座った。

 

 きっとレイナもそうしてる。

 そう、思った。



 しばらく時間が経つ。

 窓から夕日が射し込んでいる。


「⋯⋯先生⋯⋯どうしてる?」


 レイナが言った。


「いつも通りだよ」

「そっか⋯⋯良かった」


 少し安堵したような、そんな声だった。


「ロイは相変わらず、剣ばっか振ってるって」

「そうなんだ」

 

 気を取り直す。


「少し、肌寒くなってきたかな」

「⋯⋯そうだね」


 彼女は答えた。


「⋯⋯あのときはごめん。

 適当なことを言って、レイナのことを考えてなかった」


 ドア越しに、彼女が体を動かす音が聞こえる。


「⋯⋯ハルくんは悪くないから。

 私も急に大声だしてごめん」

「いやいや。謝ることじゃないよ」


 彼女はちゃんと話してくれた。

 向き合ってくれた。

 だから、今日は、ここまでにしておこう。

 負担をかけたくはない。


 ぼくは立ち上がる。


「もうすぐ夕食だから、持ってくるね。

 部屋の前に置いとく。明日また話そう」

「⋯⋯うん⋯⋯ありがとう」


 ぼくは一階に向かった。




 翌日、同じ時間、ぼくはレイナの部屋の前に座っていた。


「昨日の夕食は、先生がほとんど作ったんだって」


 ぼくは言った。


「ほんとに?」

「うん、庭で育ててる野菜がちょうど収穫時期だったからって。

 『もう少し待った方がよろしいのでは』ってトマさんに言われてたけど」

「そっか⋯⋯」


 いつもより、先生は張り切っていた。

 レイナに作ってあげたかったんだと思う。


「すごいよね、先生って」


 ぼくは言う。


「うん」


 彼女も言う。


 少しだけ明るくなった彼女の声が、心の奥底でじんわりと滲んだ。


 それから翌日も行き、また翌日も行った。


 耐える勇気を持った。

 彼女のためを考えた。


 それからまた翌日。


 翌日。


 翌日。



---



------



---------



------------



「昨日、先生とロイが剣術の訓練をしてたんだけど、ロイの攻撃で先生の剣が吹っ飛んだんだ」

「へえ」

「唖然としてたね、先生」


 ぼくは言った。


「そのあとなんて言ってた?」

「何も言ってなかった」


 ぼくは笑った。


「その後の訓練はちょっと本気出してたかも」

「意外と負けず嫌いだよね」

「そうそう」


 フフ、という笑い声が聞こえた。



---



「先生の家は優しい人が多いけど、ロイの家は厳しい人が多かったね」

「そうなんだ、どんな人?」

「遅刻すると庭をひたすら走らされたり、ひとりだけ残って訓練させられたりしてた。

 鬼教官って呼ばれてたよ」

「やっぱりいるんだ、そういう人」

「そうそう、ぼくは勉強くらいしかできなかったから、よく怒られてた」

「あー、私もおんなじ」

「でも奥さんには優しかったんだ。

 説教中にもそれを考えれば平静を保てるって、みんなで実践してた」


 ぼくらは笑った。

 ドア越しに、彼女の温もりが感じられた気がした。


「王都ほど発展はしてなかったけど、城壁の外に広がる畑の風景とか、結構好きだったんだ」

「分かる、いいよね。

 心が落ち着くというか、なんでもよくなるというか」

「そうそう。ロイもよく言ってた」

「へえ。あと、自然に溶け込んでるような気にもなれるんだよね」

「確かに。だったら、いつかきれいな景色のところに行こうよ」


「うん」



--------------



-----------


 

------



---



「レイナが生まれた街って、どんなとこ?」


 ぼくは言った。

 

 不用意な言葉を使わないために、彼女のことをもっと知っておく必要があると思った。

 いや、素直に知りたかった。


「⋯⋯そうだね、たくさんの人がいて、たくさんの建物があって、なんだか疲れるところ」


 彼女は言った。

 

「へえ、結構大きな都市だったんだ」

「そうだね、私には大きすぎるくらい」

「どこらへんにあるの?」

「⋯⋯うーん⋯⋯ずっと東の方」

「帝国より?」

「たぶん」


 その声は、少し不安げで、揺れていて、霞がかったような音をしていた。


「そっかー。でも、いつか行きたい」

「行けたらね」


 彼女は笑った。


 次の話題を探す。

 もっと彼女のことについて知りたい。

 でも、あまり踏み込みすぎるのも良くない気がする。

 どこまで聞いていいんだろうか?

 境目を見極めないと。


「えーっと、なんて名前の都市? ぼく、知ってるかな?」


 この国含め、帝国周辺の大都市なら覚えていると思う。


「うーん、知らないと思う。辺境の都市だから」

 

 彼女は言った。


「地図で調べてみるよ。教えて」


 ぼくは言った。

 

 下の階から夕食の準備をする音が聞こえてきた。

 使用人が皿を並べ、食卓を整える。

 一日の終わりを彩る。


 数秒。


 そちらに気を取られ、ドアの向こうに耳を、集中させた。


 そして彼女は言う。





 「東京」 

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