第17話 「君のことが知りたいんだ」
返事はない。
寝ているのだろうか?
無視しているのだろうか?
しかし、
「⋯⋯ハルくん?」
ドア越しに声がした。
祭りのときとは打って変わって、弱々しい声だった。
「うん」
ぼくは言った。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
沈黙が流れる。
「入るよ⋯⋯?」
ぼくは言う。
「⋯⋯このまま⋯⋯話したい」
レイナは言う。
「わかった」
ぼくは腰を下ろし、ドアに背中を預けて座った。
きっとレイナもそうしてる。
そう、思った。
しばらく時間が経つ。
窓から夕日が射し込んでいる。
「⋯⋯先生⋯⋯どうしてる?」
レイナが言った。
「いつも通りだよ」
「そっか⋯⋯良かった」
少し安堵したような、そんな声だった。
「ロイは相変わらず、剣ばっか振ってるって」
「そうなんだ」
気を取り直す。
「少し、肌寒くなってきたかな」
「⋯⋯そうだね」
彼女は答えた。
「⋯⋯あのときはごめん。
適当なことを言って、レイナのことを考えてなかった」
ドア越しに、彼女が体を動かす音が聞こえる。
「⋯⋯ハルくんは悪くないから。
私も急に大声だしてごめん」
「いやいや。謝ることじゃないよ」
彼女はちゃんと話してくれた。
向き合ってくれた。
だから、今日は、ここまでにしておこう。
負担をかけたくはない。
ぼくは立ち上がる。
「もうすぐ夕食だから、持ってくるね。
部屋の前に置いとく。明日また話そう」
「⋯⋯うん⋯⋯ありがとう」
ぼくは一階に向かった。
翌日、同じ時間、ぼくはレイナの部屋の前に座っていた。
「昨日の夕食は、先生がほとんど作ったんだって」
ぼくは言った。
「ほんとに?」
「うん、庭で育ててる野菜がちょうど収穫時期だったからって。
『もう少し待った方がよろしいのでは』ってトマさんに言われてたけど」
「そっか⋯⋯」
いつもより、先生は張り切っていた。
レイナに作ってあげたかったんだと思う。
「すごいよね、先生って」
ぼくは言う。
「うん」
彼女も言う。
少しだけ明るくなった彼女の声が、心の奥底でじんわりと滲んだ。
それから翌日も行き、また翌日も行った。
耐える勇気を持った。
彼女のためを考えた。
それからまた翌日。
翌日。
翌日。
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「昨日、先生とロイが剣術の訓練をしてたんだけど、ロイの攻撃で先生の剣が吹っ飛んだんだ」
「へえ」
「唖然としてたね、先生」
ぼくは言った。
「そのあとなんて言ってた?」
「何も言ってなかった」
ぼくは笑った。
「その後の訓練はちょっと本気出してたかも」
「意外と負けず嫌いだよね」
「そうそう」
フフ、という笑い声が聞こえた。
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「先生の家は優しい人が多いけど、ロイの家は厳しい人が多かったね」
「そうなんだ、どんな人?」
「遅刻すると庭をひたすら走らされたり、ひとりだけ残って訓練させられたりしてた。
鬼教官って呼ばれてたよ」
「やっぱりいるんだ、そういう人」
「そうそう、ぼくは勉強くらいしかできなかったから、よく怒られてた」
「あー、私もおんなじ」
「でも奥さんには優しかったんだ。
説教中にもそれを考えれば平静を保てるって、みんなで実践してた」
ぼくらは笑った。
ドア越しに、彼女の温もりが感じられた気がした。
「王都ほど発展はしてなかったけど、城壁の外に広がる畑の風景とか、結構好きだったんだ」
「分かる、いいよね。
心が落ち着くというか、なんでもよくなるというか」
「そうそう。ロイもよく言ってた」
「へえ。あと、自然に溶け込んでるような気にもなれるんだよね」
「確かに。だったら、いつかきれいな景色のところに行こうよ」
「うん」
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「レイナが生まれた街って、どんなとこ?」
ぼくは言った。
不用意な言葉を使わないために、彼女のことをもっと知っておく必要があると思った。
いや、素直に知りたかった。
「⋯⋯そうだね、たくさんの人がいて、たくさんの建物があって、なんだか疲れるところ」
彼女は言った。
「へえ、結構大きな都市だったんだ」
「そうだね、私には大きすぎるくらい」
「どこらへんにあるの?」
「⋯⋯うーん⋯⋯ずっと東の方」
「帝国より?」
「たぶん」
その声は、少し不安げで、揺れていて、霞がかったような音をしていた。
「そっかー。でも、いつか行きたい」
「行けたらね」
彼女は笑った。
次の話題を探す。
もっと彼女のことについて知りたい。
でも、あまり踏み込みすぎるのも良くない気がする。
どこまで聞いていいんだろうか?
境目を見極めないと。
「えーっと、なんて名前の都市? ぼく、知ってるかな?」
この国含め、帝国周辺の大都市なら覚えていると思う。
「うーん、知らないと思う。辺境の都市だから」
彼女は言った。
「地図で調べてみるよ。教えて」
ぼくは言った。
下の階から夕食の準備をする音が聞こえてきた。
使用人が皿を並べ、食卓を整える。
一日の終わりを彩る。
数秒。
そちらに気を取られ、ドアの向こうに耳を、集中させた。
そして彼女は言う。
「東京」




