第11話 「少女A」
少女は目覚めた。
無に浸る。
意識が灯る。
心地よさが、体を包んだ。
やけに朦朧とした頭で自分が今まで何をしていたのか思い出そうとしたが、何も浮かんではこなかった。
体を起こそうとしても上手くできない。
不思議に思いもう一度試してもだめだった。
周囲の様子を確認する。
真っ暗なのに加えて首が動かず、視覚的な情報は何も得られなかった。
ただ、体の前面が少しヒンヤリするのを感じた。
仰向けになっているらしい。
⋯⋯なんだろう?
ぼんやりとした疑問が浮かんだ。
体全体がジンと痛む。
少女はやっと思考を走らせた。
ここは⋯⋯。
私は⋯⋯。
どのくらい眠っていたのか、少女自身も分かっていない。
しかしこの体の重さから、相当な時間が経っていることが分かる。
一時間か、二時間か、具体的には分からないが、一生で味わったことのない重さだと思った。
ここは⋯⋯?
なにが⋯⋯?
急に不安と恐怖が襲う。
その頭の中は、思考も、感情も、まるで濁流のように絡み合っていた。
未だ体は動かない。
対処法も分からない。
少女は、心を落ち着かすことに専念し始めた。
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しばらく時間がたった。
どれくらいかは分からない。
時間を確認しようにも視界は閉ざされている。
寝ていたのかもしれない。
起きていたのかもしれない。
分からない。
ただ、以前に比べると落ち着いている。
当然平常ではないが、それでも良くなった。
少しの混乱と少しの不安だけが残った。
再び体を動かす。
まずは両手を持ち上げて⋯⋯。
しかし、上手く指令が届かない。
ピクリともしない。
そして思いつく。
まずは指先から動かそう。
「どんなことでも、はじめは小さな一步から始めるんだぞ」というのは父の言葉だった。
即座に実践する。
第一関節の先に全力を込める。
なんとか持ち上がる。
それはあまりに小さな動きであり、あまりに小さな一步であったが、強い光明を少女に与えた。
それから指全体、手、腕、頭、体と、細かく細かく動かしていき、上体を起こすことに成功した。
そしてぐるっと上半身を回し、ついには座ることもできた。
少女は「これが二足歩行を始めた赤ちゃんの気持ちなのだろうか?」と素晴らしい発見を得ると同時に、大きな喜びを感じた。
しかし問題はこれからだ。
足を動かし、立ち上がるのはいい。
だがそこからは?
世界は真っ暗闇。
一瞬光が見えたが、それは頭の中のお話だ。
考えたところで結論は出ない、と合理的に判断した少女は、なんとか立ち上がって壁を探すことにした。
ゆっくりと片足を踏み出す。
深呼吸をすると心の平静を保つことができた。
ちょうど六歩目を踏み出したとき、フッと体が浮く。
ガン、と鈍い音が響き、硬いものがぶつかった。
何が起こったのか分からなかったが、瞬時に落下したのだと理解した。
激しい痛みに強く悶えた。
ただそこまでの高さはなかったらしく、なんとか起き上がった。
それに、こんなところで諦めるわけにはいかない、と、強く思った。
それからまた数歩進み、その手が壁を捉えた。
常にそれを触りつつ、横に横にと移動した。
どうやら湾曲しており、この部屋は円形なのだと推測できた。
また数歩、壁が途切れている地点にたどり着いた。
出口だ。
足が躊躇する。
しかし押し殺し、強く前進した。
壁を伝いつつ少し進むと、足が階段を捉えた。
ゆっくりと片足を下ろして一段一段踏みしめる。
あの部屋と同じように壁が湾曲しているのを考えると、どうやら螺旋階段のようだった。
そして異様に長い。
何時間も、歩いた気がした。
ようやっと段がなくなった。
前より明るくなっている。
何があるのか、なんとなく分かるくらい。
そこは長い廊下であり、所々に火が点いていた。
なんだこれはと不思議に思う。
が、人がいる可能性に気づく。
一瞬嬉しくなったが、その人物は悪人だろうと思い至った。
なぜなら自分を誘拐した犯人に違いないからだ。
また足がすくむのを押し殺し、強く、強く、無理矢理にでも強く、踏み出した。
そのとき、
「ーーー・ーーー・ーーーー!!!!!!!」
ドタドタという足音と、何やらワケのわからない大声が聞こえ、数人の男が迫ってくるのが見えた。
再び強い混乱に支配されたその体は、根を張ったように動かなかった。
必死に動けと叫んだが、体は決してついてこない。
何度も何度も叫んだが、体は決して動かない。
涙すら、流れなかった。
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微かな混乱とともに目が覚めた。
体は重くないし痛くもない。
むしろ良好だ。
再び指先から動かすと、いつも通りの動きを見せた。
体が上下に揺れていることに気づく。
硬い感触が背中と股の間にある。
不思議に思い目を開くと、素晴らしく晴れた青空が目に入った。
同時にガツンと目が痛む。
さらに自分は浮いているのではないかと錯覚した。
いや、何かに乗っている。
どうやら移動しているらしい。
それは茶色い姿をしていた。
そう思い、その物体の頭から背中まで見渡すと、
「ギョアアアアアアアアアアアアアアアアア」
と絶叫、同時に後ろを振り返る。
そして少女は息を呑む。
──
この瞬間の光景を、私は決して忘れない。
それは、山のように巨大な大岩と、
天を貫くほどの、白銀の城の姿だった。




