第1話 「天空の城」
『エリヤの頭は雲に届いた。
いずれ神は怒り、鉄槌を下すであろう』
──『空の書』サムエルによる予言より
「ハル、訓練は終わった?」
帰り道、嫌な奴に遭遇した。
この家の長男であり、寵愛の子。
「うん」
乾いた返事をする。
心を殺すのは得意分野だ。
「そうか。じゃあ竜を探しにいこう」
始まった。
こいつは自分のことを「英雄」だと心の底から思い込んでいる狂人で、事あるたびに冒険だなんだと持ちかけてくる。
竜なんておとぎ話の存在だ。
幼児ならいざ知らず、十四歳にもなって絵空事を信じ込んでいるとは馬鹿馬鹿しい。
養子のぼくは、将来当主を継ぐお前とは違う。
約束されたお前とは違う。
そんな暇はない。
「ここは、檻のように息がつまるんだ」
ロイはぼくを見つめた。
こいつの目は真っ直ぐで、純粋で、ぼくは一度だって逆らえない。
「⋯⋯わかったよ」
「よし! あたらしい絶景ポイントをみつけたんだ!」
ぼくは沈む。
断れない。
ぼくには、勉強しかないのに。
---
こっそり屋敷を出てしばらく歩き、城壁を抜け、平野が広がる農村地帯にたどり着いた。
のどかだ。
農民たちはちょうど種まきをしているらしく、曲がった腰が点々と景色に映えた。
「良い風だ」
両手を広げながらロイは言った。
その金髪は太陽を受けて煌めき、白い肌に命を吹き込んでいる。
まったく人の気持ちも知らないで。
こいつは『楽しい』という感情以外持ち合わせていないらしい。
「で、どこまでいくんだ?」
聞いてなかった。
「ちょっと歩いたところに丘がある。
その頂上が目的地だよ。
そこにいけばまた一段と、英雄に近づくはずさ」
よく分からないけど、こいつの考えていることなんて分かりっこないのだと思い、考えるのをやめた。
汗が滴る。
疲れてきた。
そしてずいぶんと暑い。
太陽がぼくらを見ていた。
監視されているような気がした。
◇ ◇ ◇
遥か上空、神が住むとされる場所。
炸裂する光。
急襲する衝撃波。
崩壊。
加速。
落下。
中空に斬る──
◇ ◇ ◇
気づけば、足は疲労でパツパツだ。
隣には元気そうな男、モノが違う。
こいつは剣術に関しても天才的で、鉄の棒を振り回すことが唯一の趣味らしい。
次第に丘が見えてきた。
近づいてみよう。
そこにはほとんど木が生えていなかった。
天界まで届くような大樹が一本だけ、頂上に見えた。
ひとりぼっちだ。
「ここだね」
ロイは言った。
怯えたように風が止んだ。
---
頂上についた。
どのくらい歩いただろうか。
丘は赤く染まっている。
目の前にはさっき見た大樹。
近くで見ると巨人のよう。
首が痛くなるほど、ぼくとロイは天を仰いだ。
私が丘を治めているのだと言うように、木々の王はどっしりと大地を見渡していた。
後ろを振り返る。
灯火が見えた。
闇に浮かぶ光。
炎魔術で輝く地上の星。
ぼくらの街だ。
とても、きれいだと思った。
黙りこくっているロイを見る。
相変わらず、何を考えているのか、何を思っているのか分からない。
でも、あの星を見た瞬間初めて、ぼくらの心は触れ合った気がしたんだ。
「俺はかならず…⋯」
そうロイが言いかけた瞬間、
大地は絶叫した。
「ハル!!」
後ろにふっとばされ、ロイの腕に包まれる。
大樹が背中を強打する。
「ッッ゛!!!!!!!!」
衝撃。
激痛。
混乱。
そして、
「ォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォォ゛オオ゛オ゛オオ゛ォ゛ォオオォ゛」
世界は闇となった。




