湿地と森の罠
小集落を越え、俺たちは内陸へ向かった。
視界は開けているが、川が行く手を遮り、濃い森が周囲を包む。湿った地面は足を取られ、歩を進めるたびに靴が泥に沈んだ。
「注意しろ、伏兵だ!」
上官の声に反応し、俺たちは森の縁に身を伏せる。枝の間から、ドイツ兵の影がちらついた。機関銃が火を吹き、弾丸が木々を抉る。
俺は呼吸を整え、ライフルを構える。撃つ間もなく、仲間が地面に倒れた。弾丸は脇腹を貫き、呻き声が森にこだました。
「大丈夫か……?」
振り向く余裕もなく、俺は這いながら前に進む。足元の泥が重く、腕も砂や泥で汚れる。
森の奥から小規模な砲撃が続く。爆風で木々が揺れ、枝や葉が顔に打ち付けられる。仲間の一人が転倒し、俺は必死に手を伸ばして引き起こす。
「もう……耐えられない……」
弱々しい声が漏れ、俺は無言でうなずいた。生き延びるために進むしかない。
川に差し掛かる。浅いように見えるが、流れは速く、岩や流木が混じる。何人かが川に足を取られ、流されかけた。
「手をつかめ!」
俺は手を伸ばし、必死で仲間を掴む。流れに押されながら、なんとか対岸に這い上がった。
背中には汗と泥、恐怖が染み込み、手足は震え続けている。
森を抜けると、開けた平地が見えた。しかし安心はできない。遠くの丘から再び銃声が聞こえ、敵の残存部隊が潜んでいるのだ。
俺は仲間と目を合わせ、頷く。疲労で足は重く、心は限界に近い。それでも進むしかない。倒れた仲間の顔が脳裏に浮かび、胸が締め付けられた。
「生き延びる……それだけだ」
そう自分に言い聞かせ、俺は泥と血にまみれた足を前へ進めた。
森と湿地の罠を抜け、次の集落へと向かう道は、まだ長かった。