集落の影
集落は、瓦礫と焦げた木々に包まれていた。
通りには砲撃の痕が生々しく残り、壁には銃痕が並ぶ。窓ガラスは粉々になり、扉の隙間から煙が漏れ出している。
「気をつけろ」
上官の声に、俺たちは身を低くして前進した。道路沿いの塀や崩れた建物を盾に、互いに声を掛け合う。
民間人の姿もちらほら見えた。老女は瓦礫の影からこちらをじっと見つめ、子どもは母親に抱きかかえられ震えている。
撃たないよう、注意深く距離を取る。だが敵の伏兵が潜む可能性もあり、気を抜けなかった。
路地を曲がると、ドイツ兵の射撃が再び飛んできた。銃弾が塀に当たり、砂煙が舞う。
「伏せろ!」
俺たちは地面に身を伏せ、弾が頭上をかすめるのをやり過ごした。隣の仲間は顔面を泥に押し付け、口を真一文字に結ぶ。
小さな爆発音が聞こえ、工兵が設置した手榴弾が敵陣を打ち破った。瓦礫が飛び散り、敵の声が途絶える。
俺は仲間と共に這いながら前進し、ドアの隙間から屋内に突入した。内部は煙と破片で視界が悪く、死体と怪我人が混在していた。
「チェック、済ませろ!」
上官の命令に従い、兵士たちは各部屋を確認する。敵は隠れているかもしれない。
俺は床に横たわったドイツ兵のライフルを掴み、息を殺して進む。息を止めるたびに、心臓が耳を振動させる。
一息つく間もなく、隣で若い兵士が泣き出した。
「もう……やだ……」
彼の手が震え、ライフルを握る指も震えている。俺は肩を叩き、囁く。
「大丈夫だ、まだ生きてる。進もう」
集落の中央まで到達すると、敵の抵抗は次第に減っていった。瓦礫の間に倒れた兵士たちの影、破壊された建物、煙に覆われた空。勝利の静けさと恐怖の余韻が同時に押し寄せる。
俺はふと立ち止まり、遠くの浜辺を思い出した。あの血で染まった砂浜から、崖を越えてここまで来た。生き残った者は少なく、仲間の声はもう聞こえない。
「戦争って……なんなんだ……」
思わず漏れた言葉は、誰にも届かない。
それでも、進まなければならない。勝利を得るためではなく、生き延びるために、そして倒れた仲間を無駄にしないために。
前方には、まだ戦火に包まれた道が続いていた。俺はライフルを握り直し、深く息を吸った。
――戦いは、まだ終わらない。