静寂なき勝利
崖の上に転がり込んだ俺は、震える息を吐いた。
背後では仲間たちが次々に這い上がり、砲台へ突入していく。銃声と爆発が入り混じり、砂浜での戦闘よりも近く、鋭い。
「突っ込め! 押さえろ!」
上官の怒号に従い、俺はライフルを握り直した。
砲台の中は薄暗く、硝煙と埃で息が苦しい。銃口の閃光が闇を切り裂き、数秒ごとに誰かが倒れた。
壁際に身を寄せながら、俺は引き金を引いた。銃声が反響し、耳が麻痺していく。
やがて砲台の奥から反撃の声が途絶えた。
煙が薄れ、倒れたドイツ兵の影が浮かび上がる。砲台の中は血と硝煙に満ち、崩れ落ちたコンクリートの破片が床を覆っていた。
「制圧……完了だ」
誰かが呟いた。だが、その声に安堵はなかった。
周囲には仲間の亡骸も横たわっていたからだ。
俺は壁に背を預け、喉の奥に込み上げるものを必死に抑えた。
勝ったのか? 本当に?
振り返れば、砂浜にはいまだ数百人の仲間が倒れている。浜辺を渡るときに見た死体の山が、頭から離れなかった。
「水を……」
呻き声が耳に届いた。振り返ると、肩を撃たれた兵士が壁に寄りかかっている。顔は土と血で汚れ、震える手を伸ばしていた。
俺は水筒を差し出した。彼はわずかに笑みを浮かべ、一口飲んだ後で息を引き取った。
静かになった砲台の中で、時計の秒針のように心臓の鼓動だけが響いた。
「おい……外を見ろ」
仲間の声に導かれ、砲台の出口に近づく。崖の上から見下ろした光景は、忘れられないものだった。
浜辺全体がまだ煙に覆われ、所々で炎が上がっている。上陸用舟艇の残骸が波に揺れ、砂浜には無数の死体が横たわっていた。
俺は言葉を失った。
この丘を制圧したことで、確かに前進は可能になった。だが、その代償はあまりにも大きい。
「これが勝利なのか……?」
思わず漏らした声に、隣の兵士は沈黙したまま首を振った。
やがて上官が近づき、次の命令を告げた。
「丘を確保した部隊は前進する。まだ終わりじゃない。これからだ」
俺たちは顔を見合わせた。
疲労で足は重く、心は折れかけていた。それでも、命令に従うしかなかった。
背後に眠る仲間たちの犠牲を無駄にしないために。
俺はライフルを握り直し、深く息を吸った。
まだ、戦いは始まったばかりだった。