崖の上を目指して
煙の帳が薄れ、再び銃声が砂浜を切り裂いた。
俺たちは鉄条網の前で身を寄せ合い、呼吸を荒げていた。工兵が命懸けで開けた隙間は、いまや唯一の突破口だった。
「行け!」
誰かが叫び、数人の兵士が立ち上がった。すぐに二人が撃ち倒され、残りが転げ込むように前へと進む。その姿を見て、俺も腹を決めた。
全身の力を振り絞り、煙の向こうへ駆け出す。足元の砂が爆ぜ、破片が頬を裂く。それでも止まれなかった。
鉄条網を抜けた先には、砲弾で抉れた浅い窪地があった。俺はそこへ身を投げ込み、荒い息を吐いた。隣には、肩を撃たれてうめく兵士が一人。
「しっかりしろ!」
叫んでも返事はなく、血が砂を濡らしていく。助けたかったが、銃声がそれを許さなかった。
前方には、断崖のような丘が立ちはだかっていた。そこに築かれたコンクリートの砲台から、ドイツ軍の機銃が火を噴いている。
「どうやって登る……?」
誰もが息を呑む。砂浜から丘の上までは、まるで死の壁だ。
その時、沖合から再び艦砲射撃が轟いた。
巨大な砲弾が丘の上に着弾し、コンクリートが崩れ、ドイツ兵の悲鳴がかすかに響く。煙が晴れる前に、上官が怒鳴った。
「今しかない! 崖を登れ!」
俺は必死に立ち上がり、崖の斜面に取り付いた。手にはライフル、背中には重い背嚢。爪の間に砂と石が食い込み、腕が悲鳴を上げる。上からは依然として銃弾が降り注ぎ、仲間が斜面を滑り落ちていく。
「登れ、死ぬな……!」
自分に言い聞かせながら這い上がる。汗と血で視界は滲み、鼓動は耳の奥で爆発していた。
やがて斜面の縁に手が届いた瞬間、上から影が飛び出した。ドイツ兵だ。銃剣を構えた彼が俺に迫る。
反射的にライフルを突き出す。銃口が相手の胸に触れ、引き金を引いた。
乾いた衝撃。相手は声を上げる間もなく崩れ落ちた。震える手で銃を引き戻し、俺は崖の上に転がり込んだ。
そこは、地獄の続きだった。砲台の残骸の周りで、まだドイツ兵が銃を放ち、アメリカ兵が散開して応戦していた。煙と炎の中、叫びと怒号が入り乱れる。
「前へ! 押し込め!」
上官の声が耳に響く。俺は立ち上がり、震える足で前進した。
丘を制圧しなければ、この浜辺で死んだ仲間たちの犠牲は無駄になる。
震えながらも、俺は引き金を引き続けた。