ひと夏の思い出さえあれば、愛のない結婚だって耐えられると思っていた。そのはずだったのに。
「急に黙り込んでどうしたの?」
「このまま君を連れて逃げ出したらどうなるかなと考えていたのさ」
「あら、素敵じゃない」
「じゃあ!」
「悪いことを考えるのはおよしなさい。計画を実行したら、あなたは将来きっと後悔するに違いないのだから」
「……秋なんて、来なければいいのにな」
苦しそうな声で絞り出した男の言葉が愛おしくて、アザレアは密かに口角を上げた。燃えるような時間が終わりを迎えることは、もう誰にも止められない。それでも自分と同じように、彼もまたふたりで過ごす時間を惜しんでくれている。それだけで満足だった。激情を抑えられなかったのか、唐突に彼に抱きしめられる。
薄い布地越しに感じる彼の熱に、すっかり蕩けてしまいそうだ。衝動に身を任せたまま唇を重ねそうになるが、アザレアの国にはない海風がふたりの間を通り抜けた。ふと我に返り慌てて待ったをかける。アザレアが示したのは、静かだけれど明確な拒絶だ。男は眉根を寄せると、アザレアの頬を大きなてのひらで包み込んだ。
「君のためだけに俺が生きられたなら……俺を受け入れてくれたかい?」
「ええ、たぶんきっと」
「……そうか。すまない」
「いいの。謝らないで。自由気ままに生きられないのは、私も同じなのだもの」
「もう少しだけこのままでいさせてくれ」
彼はアザレアのことを甘い匂いがすると言っていたけれど、アザレアに言わせれば彼の方がよほど良い香りをしている。唇に触れることを最後まで許さなかったからだろう。彼は別れの挨拶代わりに、アザレアの髪をひと房すくいあげると静かに口づけを落とした。それがアザレアにとって初めての、そして最後になるだろう恋の結末だった。
***
アザレアは古い歴史を持つ小国の姫である。結婚も間近に控え、アザレアはそれなりに充実した日々を送っていた。ところがそんな日常が一変してしまう出来事がアザレアを襲う。なんと、アザレアの婚約者が国内の貴族令嬢と駆け落ちしてしまったのである。
それはセンセーショナルでありながら、不自然なほど静かに受け止められていた。誰もが心の中でこんな未来を予見していたからだ。それというのも、アザレアが不美人として有名なせいだった。
この国には伝統的な美の基準がある。美女の条件は、夜空のような黒髪に、雪のように白い肌。そして折れそうなほどの華奢な身体だ。儚い妖精のような者こそが尊ばれ、そこからひとつでも外れていれば醜女の烙印を押されてしまう。そしてアザレアは、すべての条件から外れた可哀想なお姫さまなのだった。
もちろんアザレアにだって長所がないわけではない。彼女には特別な才能があった。アザレアは魔術式をいくつも組み合わせることで、より効率的に魔術を発動させることに長けていたのである。しかしこの国では、女の癖に魔術を使う変わり者は魔女として見下されていた。
その上王国を支える国家魔術師たちの間では、大量の魔力を捧げて魔術を行使することは、選ばれた血筋の証明であると考えられているらしい。彼らは潤沢な魔力を他者に見せつけることはあっても、節約して使おうなどとは考えない。だからこそ、術式の組み合わせによって上級魔術を広く一般の者に使わせようとするアザレアの考え方は異端でしかなかったのである。
本来であればアザレアには何の非もない婚約破棄。けれど不美人な魔女であるアザレアは、あまりにも不利な立場だった。その結果アザレアたち家族は、「アザレアが婚約を破棄されたこと」よりも、「アザレアの婚約者たちが実家に戻ってきたときにどう落としどころを見つけるか」を重視せざるを得なくなってしまったのである。
何せ駆け落ちした貴族の子息と令嬢が平民としてうまくやっていけるはずがない。無断で国境を越えることはできず、かといって持ちだした金品だけではまともに暮らしていくことは難しいだろう。いずれ実家に泣きつくことは目に見えている。小国だからこそ、簡単に相手を断罪できないことはアザレアも理解していた。けれど理解できるからと言って、まったく傷つかないわけではないのだ。ひとり部屋の中で落ち込むアザレアに国外での静養を勧めたのは、腹心の侍女だった。
「どうせなら傷心旅行に繰り出しましょう! なあに大丈夫です、婚約者に捨てられたという部分を強調するだけですから。あ、お勧めの旅行先一覧はこちらです。もちろん外野がうるさいですから、対外的には短期留学という形にしておきましょうね。お金の心配はいりません。子どもの不始末ということで、両家からたっぷり搾り取ってやりましょう」
「悪巧みをしているように聞こえるのはどうしてなのかしら」
「なにせあたしたちは、鼻つまみものの魔女ですからねえ」
侍女はにんまりと口角を上げた。留学という建前すら忘れたように物騒な誘い文句をまくしたてられ、アザレアは小さく苦笑する。問題の中心であるアザレアがいなくなれば、物事がどんな方向に転がったところで都合がいい。そんな周囲の思惑に便乗する形で、国外で自由に過ごすことを許されたのだった。
***
せっかく大手を振って観光に来たとは言え、今まで何か問題が起こるたびに「不細工で魔女なお前が全部悪い」という扱いをされていたアザレアである。さんさんと輝く太陽の下を歩く気力もなく、せっかくの美しい海も満喫しないまま別荘に引きこもっていた。そんな状況に活を入れようと奮闘していたのは、アザレアと共にこの国にやってきていた例の侍女である。
「アザレアさま、せっかく国外へやってきたのに引きこもってばかりではもったいないです。天然塩を使ったエステはいかがですか?」
「でも、私なんかがスパに行ってどうなるというの。どうせ、なめくじがやってきたって笑われるのがオチよ」
「そんな悪口を言う相手は、火魔法で産地直送できたてほやほやの粗塩をぶっかけてやりましょうね」
「だって私には分不相応だから仕方がないのよ。なめくじが夢を見るなんて真似……え、これは?」
ぱちんと何かが弾けるような音がしたかと思えば、シャボン玉のようなきらきらとした光がアザレアに降りそそいだ。慌ててソファーから飛び起きる。
「一体何をしたの? あなたの魔法は私と違って強力なのだから、いきなりかけちゃダメだって昔から言っているでしょう!」
「とびきりの禁じられた呪文です」
「それって、Dスペルってこと? なんてものを私にかけようとしているの?」
「これくらいの荒療治じゃなきゃ、アザレアさまは部屋から出ないでしょう?」
「私は一体どうすれば……?」
「簡単なことですよ。この国にいる間は、ネガティブなアザレアさまは禁止です。ここではイケイケ高飛車美女になっていただきます」
「そんなの無理だわ。どうせダメに決まって……っ! 今、なんかびりっと来たのだけれど!」
「アザレアさま。言い忘れていましたが、もう既に術は発動済みです」
「本当にあなたってひとは!」
うっすら涙目のアザレアが抗議したものの術が解除されることはなく、アザレアは侍女が言うところの「イケイケ高飛車美女」になるべくエステに放り込まれ、そのまま海辺の街を散策することになったのであった。
***
「紐と布切れみたいな破廉恥な服がこの国での標準装備? 嘘でしょう……。こんな格好で大通りになんていられないわ。もっと目立たない場所に連れて行ってちょうだい」
「かしこまりました。でしたら、砂浜に遊びに出かけましょう。見事な夕日が名物なのですよ」
「観光名所なんかに出かけたら、余計に目立つじゃない。だいたい、夕日は赤くて嫌いだって昔から……ぎいやあっ」
「まったく、早く慣れてくださいませ。自己肯定感をあげないと、明日には消し炭かもしれませんよ?」
「本当に無茶苦茶なのよ、まったく!」
イケイケ高飛車美女の矜持を求められ、涙目のままアザレアは進んでいく。街を染める夕焼けが彼女の髪をより一層輝かせた。そんなアザレアに、あまり素行の良くなさそうな男が声をかけてくる。どうしたことかこんな時に限ってあのひょうひょうとした侍女は側にいないのだ。
「そこの君、かわいいね~。よかったらこれから夕食でも一緒にどう?」
今まで女性扱いされてこなかったせいで、男性に免疫のないアザレアは、どんな反応を返していいかわからない。うっかり間違った対応をしたならば、侍女特製の電流が走る可能性だってある。傷心旅行のはずなのに、なぜかよくわからない修行が始まった上、好みでもない男の相手をさせられるなんて。困り果てていたアザレアだが、ふと自分の中にぐらぐらと煮え立つような感情があることに気が付いた。これは、怒りだ。
「……離れて」
「そういう高飛車なところも好みだな。でも、高慢な女がひいひい喘ぐところはもっと好きだぜ」
顔をしかめたくなるような下品な言葉。そのままするりと腰に手を回され、ぷつんと何かがアザレアの中で切れた。散々豚のようで醜いと言われてきた身体つきは、この国ではどうも変な虫を引き寄せてしまうらしい。まったくもって踏んだり蹴ったりだ。たまりにたまった鬱憤を晴らすべく、アザレアは叫ぶ。
「汚い手で触らないでちょうだい!」
それと同時に魔術式を爆発させた。鼻血を噴き出しながらナンパ野郎は、実に美しい孤を描きながら飛んでいく。本当は警告の意味を込めて長ったらしい詠唱をすべきなのだろうが、アザレアはあえて無詠唱魔術を行使した。その理由はいわずもがな……八つ当たりだ。詠唱中に危険を察知され逃げられてしまったら不完全燃焼になってしまうではないか。
爆風で乱れた髪を整えていたアザレアは、目を丸くして自分を見つめている男と目があった。女の癖に魔術を使うなんて生意気だ。女として見てもらえたことを、ありがたいと思え。そんな罵詈雑言が飛んでくることを覚悟し、意識して高圧的に微笑んだアザレアだったが、彼女が受けたものは予想外の賞賛だった。
***
「君、最高に格好良いね! ぜひ魔術談義をさせてもらえないかな?」
「え?」
「ああ、すまない。助けもしなかったくせに、図々しかったね。言い訳をさせてもらうと、俺の魔導具の発動よりも君の魔術の方が何倍も速かったんだ」
「ご親切にどうもありがとう」
「遅いのよ、この役立たずと罵ってくれても構わないよ?」
「魔導具は簡易的なものでも高価なのよ。それを見ず知らずの女のために惜しげもなく使おうとしてくれただなんて。心意気だけで、感謝に値するわ」
「魔力が少なすぎて、魔術を発動できないボンボンってだけさ」
照れたように頭をかく男は、へらへらとしているように見えてどことなく品があるように見える。動きのひとつひとつが洗練されているから、きっとかなりの地位にある人間なのだろう。
「さっきの奴と同じナンパ野郎に見えても、俺が聞きたいのは魔術の方。確かに君が美人で素敵なのは認めるし、君について教えてもらえたら嬉しいのは事実だけれどね」
「わざわざごまをすらなくても、魔術くらい教えるわよ」
「おべっかなんかじゃない! 君みたいに綺麗なひとを俺は見たことがないよ。あの男が君に執着した気持ちがよくわかる。その上、あんな高度な魔術まで使えるなんて。高嶺の花過ぎて、誰にも声をかけられなかったのか?」
このひとは一体何を言っているのだろう。アザレアは国を出て初めて、自分を縛っていた価値観が、普遍的なものではないことを知ったのだった。
***
アザレアの国では重要視されていなかったが、本来魔術の術式というのは魔術師が秘匿するほど特別なものらしい。無詠唱魔術として仕上げるのは、相手に情報が漏れるのを防ぐことが目的な場合が多いのだとか。
ただ単に八つ当たりの相手を逃がさないために無詠唱魔術を行使したアザレアは、そんな説明を聞かされて内心で頭を抱えていた。そもそもアザレアの国では、女たちが使う魔術は無詠唱が基本なのだ。魔女として爪弾きにあいながら、隠しもせずに魔術の研究をするアザレアは奇異な人間として扱われていたのである。
「私が知っているものでよければ、術式を教えてあげるわ」
「教えてもらうならば対価を用意せねば」
「そこまでたいしたものじゃないわよ」
「アザレア、君はもっと自分の価値を認識したほうがいい!」
「それならバートが知っていることを私に教えてくれる? 私、魔術以外のことはからきしみたいなの」
アザレアは、バートにたくさんのことを教わった。世界は信じられないくらい広いこと、物の見方は時代や国によっても大きく変わること。忌み嫌われていたはずの自分のことをバートは心から愛してくれているらしいこと。それらを心から理解したとき、アザレアは世界の色が変わったような衝撃を受けた。そして気が付けば、アザレアはバートのことが誰よりも大切になっていたのだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。傷心旅行として国外で過ごしていたアザレアにも、父親から帰還命令が届いていた。どうやら方針が固まったらしい。例の元婚約者たちの詳細はわからないが、アザレアが国外に嫁ぐことが決定したということなのだから、おそらく彼らは国内に残るのだろう。
「夏もそろそろ終わりね」
「急にどうしたんだい」
「父から帰ってこいと連絡が来たのよ。私の夏休みはここで終わりみたい」
終わりなのは、夏休みではなくひと夏の恋の方なのだけれど。それでも最後は笑って別れると決めていたから、アザレアはあくまで軽く告げてみた。そもそも涙を流せばいつもの気弱なアザレアが顔を出してしまうだろうから。彼には、世間知らずだけれど自信満々でいい女なアザレアだけを覚えておいてほしい。髪に口づけが落とされるのを気が付きながら、アザレアは静かに受け入れる。
彼はこんな風に悲しんでくれているけれど、きっとすぐに自分のことを忘れて素敵な女性と結婚するだろう。そして綺麗な奥さんと可愛らしい子どもたちに囲まれて、幸せに老いていくのだ。そこにアザレアが立ち入る余地はないけれど、自分が心惹かれたひとが幸せになるに違いないと確信を持てるだけで、こんなにも心は安らぐのだと知った。
***
屋敷に戻ってくるなりうずくまって泣きじゃくるアザレアに、侍女がやれやれと声をかけてきた。
「姫さま、本当に良かったのですか?」
「いいわけないじゃない」
「それならば、どうしてクソ国王の命令を聞いて国に戻るつもりなのです?」
「不敬なことばかり言って。あれでも一応国王なのだから」
「姫さまの方がよほど失礼ですけれどね?」
泣き笑いだったアザレアだが、笑いの方が勝ったらしい。涙を手でぬぐい、きっぱりとした調子で言い切った。
「政略であろうと結婚は受け入れるわ。それが私の役割だから」
「姫さまが望むならば、あなたひとりを彼の国に逃がすことくらいならできますよ」
「すごく魅力的な提案だけれど、うなずくことはできないわね」
「どうしてですか?」
「私が逃げてしまうと、あの国に残る私のような人々はさらに生きにくくなるでしょう?」
「それが姫さまに何の関係があるのです? そもそもあのひとたちは、姫さまが困っているときに助けてくれなかったではありませんか」
「それでも私は、自分のような苦しい人生を他のひとに送ってほしいとは思えないの。私は、魔女であっても堂々と生きられる道を作りたいのよ」
「長い旅路になりそうですねえ」
「ええ、冒険の旅だわ」
アザレアは、仕方なく他国に嫁に行くのではない。自分が変わることで、世界が変わることをみんなに知ってほしい。自分の願いを叶えるために結婚するのだ。
「せっかく魔法をかけてくれたのに、うまく使いこなせなくてごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ乱暴な真似をして申し訳ありません。ですが姫さまは、正しい道を選ばれたと思っておりますよ。せっかくです、パジャマパーティーとしゃれこみましょう! 大人になった記念ですよ」
女は慎ましくが基本の祖国では、決して許されない大騒ぎ。ふたりきりのパジャマパーティーは、夜が更けるまで散々に盛り上がったのだった。
***
アザレアの嫁ぎ先は、母国よりもはるかに大きな魔術大国だ。一体誰がどうやって話をまとめたものやら、不思議な力を感じさせる縁談だった。
アザレアの母や姉たちは、この国の王女らしい髪色に染めたり、化粧で肌を白くすることを提案してきたが、アザレアはそれをすべて断った。夕焼けのような赤い髪も豊満な身体も、魔術の才も全部大切な自分の一部だ。恥ずかしいと卑下する必要なんてない。何より、アザレアのすべてを魅力的だと認めてくれたバートを裏切るような真似はしたくなかった。
結婚相手との顔合わせの直前、国を出る時にささやかれた母の言葉を思い出した。無理矢理輿入れについてきた母付きの侍女に、分厚いヴェールを頭からかぶらされたせいかもしれない。
――お前はかわいそうね。不満も何もかも飲み込んで大人しく生きていれば、苦労することなく穏やかに暮らしていけるでしょうに――
国一番の美女とうたわれた母の考える幸せと、自分の信じる幸せが違うだけなのだ。母の華奢な足では難しいかもしれないけれど、アザレアの頑強な身体ならばどんな茨の道だって越えてゆけるのだから。母とは違うしなやかさ、したたかさで、アザレアは生きていく。
「アザレア姫、これからよろしくお願いいたします」
「わたくしこそよろしくお願いいたします。緊張しておりましたが、バーソロミュー殿下が優しそうな方で安心いたしました」
結婚相手の姿がぼんやり歪んでいる。それもこれも真夏にはふさわしくないヴェールをかぶっているせいだ。まったく、いつどのタイミングで脱ぐべきか。アザレアがそればかりを思案していた時だ。
「せっかくですので、王宮内をご案内いたしましょう。魔術にご興味がおありでしたら、書庫や宝物殿の見学も楽しいですよ」
「……それをどこで?」
「ああ、どうせなら魔術塔の魔術師たちの紹介もいたしましょう。癖のある者たちばかりですが、嬉々として魔術論議に応じてくれますよ」
「そんな」
「おや、魔術はお嫌いですか?」
「いいえ……大好きです」
あの国で彼と離れた後に、これからは自分に嘘をつかないと決めたのだ。
「それは良かった。君のために準備しておいた甲斐があったというものだよ」
「まあ、嬉しゅうございます」
「まったく、いつまでもそんな他人行儀な振る舞いをするつもりだい。あんなに俺を夢中にさせておいてひとりだけ先に進むつもりなのか。俺はいまだに君のことだけを思って、夜ごと枕を濡らしているというのに? 本当に君は悪い女だな」
何の前触れもなく、ヴェールをめくられる。通常であればこの上ない侮辱。ありえない行為だ。それにもかかわらずその不作法さがあまりにもさまになるこの男は、確かにあの日、アザレアが恋に落ちた相手で間違いなかった。
「な、な、な」
「これからは、大手を振って君に触れられる」
ひと夏の思い出さえあれば、愛のない結婚だって耐えられると思っていた。そのはずだったのに。どうしてだろう、涙があふれてとまらない。これもすべて侍女がかけてくれた魔法のおかげなのだろうか? めくられたヴェールを自分の手で投げ捨てて、アザレアはバーソロミューの胸に抱き着いた。
***
「あたしが姫さまにかけられる魔法なんて、子どもだましのおまじないみたいなもんですよ」
お茶会終了後に、涙ながらに初恋のひととの再会を侍女に伝えたアザレアは明るく笑い飛ばされることになるのだが、それはもう少しだけ先のお話。
「『でも』『だって』『どうせ』『だけど』。そんなDワードを一時的に封じただけ。その魔法だって、あの国で数日過ごすうちに姫さまの魔力に打ち破られておりました。姫さまが変わったというのであれば、それは姫さま自身が変わりたいと願ったからでしょう」
ひとは、誰だって変われる。自分自身が変わりたいと望んでいれば、必ず。
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