帰還の祈り
教会の前で馬車を降りたヴァルティスは、静かに扉を押し開けて中へ入った。
中にいた村人たちは、不安そうな顔で一斉に彼を見上げる。
『アルヴィス様……村は、どうなってしまうんじゃ……?』
一人の老人が小さな声で問いかけた。
ヴァルティスはわずかに肩の力を抜き、微笑みを返す。
『心配はいらない。結界で村は守られている。空の異変も収まった。今日はここで過ごしてくれれば安心だ』
その言葉が届いたとき、イヴが慌てた顔で駆け寄ってきた。
『あなた! 大変! ノエルが──!』
ヴァルティスの横では、ノエルが申し訳なさそうに服の裾をぎゅっと握っていた。
その姿を見て、イヴの目に涙があふれる。
『本当に……よかった。もう、勝手に出て行かないでね』
『ごめん……なさい』
イヴはノエルをそっと抱きしめた。
『イヴ、すまない。だが今、手伝ってほしいことがある。それと、話したいことがある』
ヴァルティスは真剣な眼差しでイヴに言った。
『今から裏手の、星振りの聖堂へ来てくれないか』
『えっ、どういうこと?』
イヴの困惑を伏せた声が聖堂の影に吸われる。
『着いてから話す。悪いがついてきてほしい』
ヴァルティスは首を振り、三人は教会の裏手へ向かった。
足取りはどことなく重く、頬をなでる風がいつもより冷たく感じられた。
聖堂に着くと、馬車から傷だらけの男女の遺体を丁寧に運び、ステンドグラスの光が差す祭壇の上に横たえた。
その光景を見たイヴは、言葉を失い、声を詰まらせる。
『……嘘。レオナールさんと、エリシアさん……どうして、こんなことに……』
ヴァルティスは静かに説明する。
『村へ向かう途中、魔香炉の現象に巻き込まれたらしい。助けに行ったのだが──』
イヴの顔色がさらに青ざめる。
『やっぱり……あの異様な空は、魔香炉のせいだったのね……』
ヴァルティスは馬車の奥を見据え、小さく息を吐く。
『馬車の奥には、もう一人──二人の大事な娘がいる。俺たちで、この子を預からせてほしい』
ヴァルティスはぎゅっとイヴの手を握る。胸の奥に沈むものを押し隠すように。
イヴは袖で涙を拭い、でも表情は決然としていた。
『……よかった。私たちの娘として、大事に育てましょう』
その声には、悲しみの中にある確かな覚悟が宿っている。ヴァルティスはほっと息をつき、少しだけ肩の力を抜いた。
『ノエル、手伝ってくれ。祭壇に水と、馬車に残っていた果物を並べて』
『……わかった』
ノエルは震える手で言われた通りに準備を始める。
準備が整うと、ヴァルティスとイヴは並んで祭壇の前に立ち、静かに祝詞を唱え始めた。
ノエルも小さく目を閉じ、手を合わせる。
───帰還の祈りが、聖堂の空気にふんわりと広がり、ステンドグラスの光と混ざり合った。
その光は柔らかく揺らめき、静かに二人の亡き者たちを包み込む。
小さな祈りの声は、やがて聖堂全体に柔らかく響き渡り、暖かさと安堵を運んでいった。
1ヶ月ぶりの更新になりました。
全然書けてなくて申し訳ないです。
まだ追ってくれてる人居るのかな....?
本当に申し訳ないです。
ちょこちょこ話書いていきますのでお願いします。




