初任務 12
無言のまま四人が俯いている。
遠くから蹄の音が響き、闇に灯りが揺らめいた。
荷馬車からルナが飛び降り、ランタンの光を掲げて声を上げる。
『ちょっと! みんな大丈夫!? お願い、返事して!』
その声にハッとし、フェリスが叫んだ。
『ごめん、ルナさん! 通信どころじゃなかった……!』
ルナは声の方へ駆け寄り、ランタンの光が地面に横たわるノエルとシエルを照らした。
暗い表情の四人がその周りに立ち尽くしている。
『……どういうこと……?』
ルナの問いに、ヘクターが沈んだ声で答えた。
『ラザグルの群れの中にボスがいて……そいつが魔物に進化したんだ。』
『進化した時の魔導波で、ノエルは吹き飛ばされて……頭を打って……血を……』
フェリスの声がかすれた。
『その姿を見たシエルが……無意識に魔法を放って……』
『……で?』
『強烈な魔法を撃った直後、魔物……ルシファーが現れて……俺たちを助けたんだ。』
ルナは深く息を吸い込んだ。
『……二人は無事なのね?』
『あぁ……たぶん。ノエルは血を流しすぎてる、急がないとまずい。シエルは外傷はない。』
フェリスが即答した。
『わかった。急いで街に向かうわよ。荷台に乗せて。』
ヘクターとフェリスがノエルとシエルをそっと持ち上げ、荷台に寝かせた。
荷馬車の中でぐったりと横たわる少女を見つけ、シリウスが声を潜めた。
『この子が……例の?』
フェリスが頷く。
『あぁ。この子だ。混血種だと思う。胸元に刻印があった。』
ルナの表情が凍りついた。
『混血種……なら……混血奴隷か。王都に着いていたら、紅灯街に売られていただろうね……。』
ヘクターも顔を歪めた。
『混血種だけでも希少なのに、刻印つき……。ああ、あの街の金持ちは喉から手が出るほど欲しがるさ……。』
『ルナ……この子……保護するんだよな?』
不安げにヘクターが聞くと、ルナは強い声で返した。
『もちろん。そのつもりだよ。一度ギルドに連れて行く。』
フェリスが静かに言葉を継ぐ。
『ただ……多分この子、洗脳されて調教も済んでる。』
ルナは鋭い目で夜空を見上げた。
『だからノエルは……眠らされたのか。封印できる人を探すしかない……。』
アルが地図をルナに手渡した。
『ベクトルさんの知り合いの師匠がいました。その弟子が街にいるかも……訪ねてみてください。』
ルナは地図を握りしめ、頷いた。
『街に着いたら買い付けと荷下ろし。その間にノエルとシエルは治療を頼む。お願いできる?』
『もちろん! 終わったらすぐ王都に戻ります!』
アルは笑顔を見せた。
ルナはふっと力を抜き、微笑んだ。
『ありがとう。……さあ、行くわよ!』
ヘクターが掛け声をかけ、馬車が森を駆け抜け始めた。
森の空気は先ほどまでの重苦しさが消え、静寂と微かな潮の香りを運んでいた。
運転席ではニーナが黙ったまま、前だけを見つめていた。
その横顔は険しく、不安と戸惑いが入り混じっていた。
『……ニーナさん、大丈夫ですか……?』
アルがそっと声をかけると、ニーナは一瞬戸惑った表情を浮かべ、うなずいた。
『え……えぇ。魔物の気配はなさそう……。』
『いえ……魔物のことじゃなくて……その……さっきから顔色が……。』
少し俯いたニーナは、決心したように問いかけた。
『アル……奴隷を運ぶ仕事、してるの……?』
アルは目を見開いた。
『そんなことしません! ベクトル紹介では奴隷運搬なんて絶対に引き受けませんよ。そもそも奴隷や混血種の取引は闇の仕事で、普通の商人は手を出しません。』
ニーナはほっと息をつき、少し笑った。
『よかった……アルまでそんな仕事してたら……悲しかった……。』
アルも微笑み、力強く答えた。
『ベクトルさんは「奴隷運搬だけは絶対にするな」って、いつも言ってます。』
荷台でその会話を聞いていたルナは、胸の奥にわずかな救いと、深いわだかまりを抱いていた。
(……ベクトルさんらしい……)
ニーナの瞳に純粋な疑問が浮かんだ。
『じゃあ……あの荷馬車の人たちは悪い人……?』
ルナは小さく首を振り、静かに答えた。
『悪い人、ではない。少なくとも、自分ではそう思ってない。荷物を運べと言われ、ただ従ってるだけだ。中身も見せられず、誰の指示かも知らされずにね……。』
アルも重く頷いた。
『運ぶ側は、依頼の真意なんてわからないんです。ただの仕事として動いてる……。』
ルナの声には、怒りと哀しみが滲んでいた。
『攫う側も同じ……誰かの指示に従って、金儲けとしか思ってない……。だけど……人攫いなんて許されることじゃない……。』
三人はそれぞれの想いを胸に、夜明けの森を抜け、海の街マリセイルへと馬車を進めた。
やがて朝日が海を照らし、穏やかな光が世界を包み込んだ。
『……長かったですね。もうすぐです。』
アルの声にニーナが微笑んだ。
『……無事に着けて、本当によかった……』
しかし、ルナの胸に渦巻く不安は、朝日が昇っても消えることはなかった──。
昨日は投稿できずすみません。
少し体調を崩したので戻るまでは2日に1度の投稿になると思います。
読んでくれてる人には申し訳ないんですが、待っててくれたら嬉しいです。