初任務 3
真っ黒な世界──
そこにはシエルはただ一人で立っていた。
『.....何も、見えない。』
そう呟きながら、一歩、また一歩と前に進む。
暗闇は深く、どこまでも冷たかった。
不気味な寒気が、シエルの全身を包み込む。
『誰か....いないの?』
震える声で問いかける。
『くるし....い....』
『た、すけ......て.....』
『いたいよ.....』
男たちの呻き声が闇の中から響いてくる。
『どこにいるの?まってて、今助けるから!!』
シエルは光の魔法陣を展開しようと、叫ぶ。
『サンクテリア!』
けれど、何も起こらない。
『なっ、なんで.....?』
焦ったシエルは、何度も唱える。
『サンクテリア!サンクテリア!サンクテリア!!!!』
その間も、苦しげな声は止むことなく続いた。
『どうして.....?なんで発動しないの...!?』
混乱するシエルにゆっくりと人影が現れる。
『まってて.....今、助けるから!ヒーリングベル!』
視界に姿を捉え、回復魔法を唱える。
───けれど、それでも魔法は発動しなかった。
『どうして!?見えてるのに.....なんで.....!?』
シエルは涙をこぼしながら、完全にパニックに陥っていた。
人影は、静かに近付き───シエルの服の裾を掴んだ。
『おねぇちゃんの、せいだよ?』
振り返った先に立っていたのは、
目の無い、血塗れの子供だった。
『いやああああああああ!!!!』
叫び声と共に───シエルは、がばっと目を覚ます。
『あ....れ.....?夢....??』
その大きな声に驚いて、隣の部屋からフェリスが駆けつけてきた。
『シエル!?どうしたの、開けるよ!?』
ベットの上で大粒の涙を流すシエルがいた。
続いてノエルたちも、二階へ駆け上がってくる。
『シエル!!なにがあった!?』
はっとして扉の方を向き、シエルは涙を拭った。
『ごめん....ちょっと怖い夢、見ちゃって.....』
その身体は小さく震えていた。
フェリスが抱きしめようと手を伸ばすより先に、ノエルが駆け寄る。
そして──迷いなく、シエルをぎゅっと抱きしめた。
『シエル。俺がいるから...ちゃんと、ここにいるから。だから、大丈夫だよ!!』
ノエルの必死な言葉に、シエルは耐えきれず、子供のように声を上げて泣いた。
****
『ルナ。今回の商人ってどんな人なんだ?』
ヘクターは、ルナと並んで街を歩いていた。
『ベクトル商会の人だよ。気のいいおじさんで、話しやすい人なんだ』
『ベクトル商会って....まさか....あの!?うわ。急に緊張してきた....!』
『ふふ、大丈夫だよ。私の顔見知りだから。』
ルナは微笑みながら言う。
『ルナの知り合いなのか!?すごいな....』
『うん。昔ちょっとだけ、お世話になったことがあってね。──ほら、着いたよ』
ベクトル商会は食料品を中心に扱っており、王都でも一、二を争う規模を誇る商会だった。
ルナは門前のインターホンを鳴らし丁寧に名乗る。
『ごめんください。【月の道標】です』
カチリ、と音を立てて扉が開く。
『よく来てくれたね。ルナ、待っていたよ。』
現れたのは、ふくよかな体型で優しげな笑みを浮かべた中年の男だった。




