借りを返して決着、です
絶え間なく行い続ける突き。抜けたと思った瞬間に薙がれる足。
突き一辺倒ではない、決して近づかせまいと放たれ続ける攻撃を紙一重で避けながら、素手な自分に歯噛みしてしまいます。
クソ執事の得物は刺突剣。柄から考慮するに、恐らく仕込み杖の類です。
対してわたしは素手。短剣を持参しているとこの後が素晴らしく面倒になりそうだったので、大人しく害意のない小道具しか持ってきてないのが現状です。
やつはその棒で距離を保たせ、時間稼ぎをしていればそれで勝ち。
下でまごついている増援が到着し、挟んで集中攻撃すればわたしのような美バニーは絶命待ったなしです。
猶予は僅か。状況はすこぶる不利。
ですがまあ、無い物ねだりをする気なんてないです。
素手、数的不利、それらのハンデを踏まえての断言です。次にこのクソ執事とまみえた際、わたしが勝つと誓ったのならそれは絶対です。
「おいクソ執事。あんたも永遠の若さとやらに釣られた口です?」
「ええまあ。私とて所詮バニーの子、老いという恐怖には耐えられませんので」
間合いから出たわたしはトントンと、軽く跳躍しながら世間話がてらに尋ねてみます。
ま、わたしほどじゃないですけど中々やる執事です。そんなやつがどうしてガメツなんてがめつそうな輩に手を貸しているかと思えば……なんともまあつまらない理由です。
「心底くだらないです。老いるからこそ、衰えるからこそ輝く若さでしょうに」
「貴女も歳を重ねれば理解出来ますよ。もっとも、次の誕生日が訪れることはないですがね」
わたしが鼻で笑い、クソ執事はこちらを無知であると哀れみの目を。
決して交わらぬ、並行線でしかない主張こそが年の差なのだと、互いに悟りながら構えます。
「一応聞いてやります。投降する気は?」
「これは面白いことを。むしろ貴女がした方がよいのでは?」
「そうですか、残念です」
決裂と同時に踏み込み、刺突をかいくぐって
狙うは首。時間の限られた今の最適は、一発で意識を刈り取って勝つ初戦と同じ動き。
違うのは速度。夕方のあれを三とするなら今のわたしは六ほど。つまりは倍、伸ばして引くで為される刺突の一撃よりも速く──。
「若い若い。故に手の内が透け透けです」
「ちっ」
それでも辛うじて、紙一重で対応してくるクソ執事。
予想外です。まさかここまで順応してくるとは。
対バニー用、今のわたしの殺さずが通る最大速度。如何に動体視力に自信があろうと、落差も相まって視認すら困難だろう速さだというのに。自信なくしますね。
やはり上手い。身体能力ではなく積み重ねた経験で、わたしの攻撃を看破してやがります。
こういう正面からの対バニーの経験は、基本迷宮ではあまり詰めないもの。
罠を張り、気を許させて背中から襲い、戦う前から勝ちを得る戦い方。それこそが迷宮におけるバニー同士の争い、誇りもくそもない血泥にまみれた尊厳の犯し合いです。
卓越した技量。わたしが今までタイマン張った中なら五指に入るであろう実力。
それでも今のわたしの速度なら技量と得物の差すら覆せます。──ほらそこ、獲りました!!
「──と、貴女は思う。故に私に勝ちが舞い込んでくるのです」
向けられたのは剣でも足でもなく、もう一方の手に握られていたのは年季の入った銃。
発砲音が耳に届くより前に身を捩り、何とか腹を掠るだけで弾丸には対応します。
「……隠し持ってやがりましたか。回転式とはまた古風ですね」
「長年連れ添った相棒ですので。しかしどんな反射神経してるんですか。おまけに瞳も紅い……なるほど、ラルバの一族ですか」
何かに納得しながら、忌々しそうに首を振りながら銃口を向けてきやがるクソ執事。
何です?? ラルバなんて、意味深に変なこと呟きやがって。
大体何が紅い瞳ですか。わたしの瞳は青空みたいに綺麗な青、物騒とは真逆に近い色です。
文句を言おうと思いましたが、それより早く響く渇いた銃声。
それを合図に再度飛び出して、連続で撃たれる銃弾を避けながら迫っていき──。
「終わりです」
するりと、連撃ではなく一点を狙う最速の刺突に穿たれる手のひら。
全身を奔るのは得も言えぬ激痛、この身を焼き付くさんと暴れる刺激の波。
ぶれることなく一点なのは斬れ味か技量か。──まあどちらにしても、ようやく捕まえました。
「な、しまっ」
「おらぁ!!」
手に阻まれ、心臓から強引に逸らされたその一瞬。
決着を確信しながら外したクソ執事が杖から手を放すよりも速く、続く銃や足が間に合う前に。
わたしは止まった右腕を掴んで引っ張り、そのまま思いっきりへし折ってやります。
「ぐ、アアアぁ!!!」
「これでもう鬱陶しかった棒きれは持てませんね。ぺっ」
手に刺さった剣を歯を食いしばって抜き捨て、クソ執事の手から落ちた銃と共に蹴り飛ばしてやります。
落ちていくわたしの赤い血。対価に得たのは肩を押さえてまごつきやがるクソ執事。
何とか立ち上がれそうですが、さっきまで余裕綽々って感じだった顔からは随分と余裕を失ってやがります。ざまあです。
「な、なんて方だ。まさか自らを囮に、手一つを躊躇なく犠牲にするとは……」
「どうもです。そちらこそ、立ち上がれる胆力は見事です」
勝ちを確信した一撃こそ最大の好機なり。
その昔、耳にたこができるほど聞かされ、身に刻みつけられた言葉ですが、まあいつだってその通りです。
心臓を狙った一撃。敢えて晒し、わたしが用意した絶対の急所。
どんなに思考を巡らせようと、手に持つ剣の腕に自信があれば飛びついてしまう決着という大罠。上手く釣られてくれて助かりました。
しかし化け物ラビットでも見るみたいな目してやがりますが、随分と失敬なやつです。
わたしだって痛いものは痛いです。この場で泣いてもいいなら、ちょっとくらいは弱音吐いてます。
それでも致命だけ避けられれば、大事な所さえ守れれば、どんなに苦しくとも所詮は血が流れて痛いだけ。少なくとも、わたしの気合い次第でこの場はどうとでもなると知っています。
壊しちゃいけない部分だけは死守、それ以外は賭ける。
強さの欠けたわたしがそれを躊躇ってるようじゃ、中層やら深部やらを独りでなんて潜れません。昔親友に話したらドン引きされましたが、わたしはこのやり方が一番肌に合ってます。
とはいっても、こちらとしてはこんな怪我さえ負う気はなかったです。
このクソ執事はわたしの予想より強かった。腹立たしいですが、素直に称賛するとしましょう。
「で、まだ続けます? 負けを認めて寝ていてくれるなら、それでおしまいですが」
「……ご冗談を。私とて執事、意地がありますので」
「……そうですか。強さと忠義だけは褒めてやりますよ」
なおも闘志を失わずこちらを見据え、折れていない左の手で構えるクソ執事。
ドタバタと上がってくる音が聞こえます。どうやら戦いの終わりは近いようです。
わたしが勝つか、それともクソ執事の意地が勝るか。
悪くなかった戦いの最後を飾るため、大玉を一つ鞄から取り出して後ろへと強く放り投げます。
外で使ったのと同じ大煙幕。ただしその色は禍々しく染まった濃い紫。
吸うは愚か近寄ることすら拒みたい毒の色。香るほろ甘さが本能的な恐怖を更に助長させる、本能よりも理性で判断するバニーの足止めに適した代物です。
──ま、白色同様に無害の張りぼてでしかないんで、バレたらそこまでですけど。
煙幕の破裂と同時に強く地を蹴り、一歩でクソ執事の右側の懐へ。
姿勢を低く、蹴りを躱しながら跳びはね、執事の顔を掴んでそのまま扉へと叩き付けてやります。
「どうも、お客様で──危ないです」
「ひっ!!」
クソ執事ごと扉は破られ、守られていた室内へと突入。
意識を失ったクソ執事を捨てながら挨拶したのですが、返事は弾丸だったので首を傾けて躱します。
「う、動くな!! 動けばこいつの命はありませんよ!!」
「ああん?」
「ひ、ひぃ!!」
奥のデスクでスノウを押さえ、銃を向ける眼鏡の黒服バニー。
この三下臭いのがガメツってやつですか。人質とは、随分とらしい悪党っぷりです。
「撃てるんです? もし撃ったら、是が非でも欲しい永遠とやらをなくすらしいですけど?」
「う、うるさいですね……!! こんなとこでやられるよりかはずっとましだ……!!」
「やりたい放題、挙げ句意地すら通せない。ほんの少しだけこのクソ執事に同情します、仕える主を間違えましたね」
ま、こんな所で終われないと足掻く姿勢は嫌いじゃないです。
そういう貪欲さはわたしと似通う部分があります。もしもそんなセリフを悪行以外で聞けていたら、友達になれていたかもしれませんね。
「そ、そうです! 貴女も一枚噛んでみませんか!? 私と貴女の二人で永遠を手にしましょう!! 貴女は探索バニーなんですよね!? もしも永遠の若さを手に入れれば、老いや鈍りに怯えることなく迷宮に潜ることが出来ますよ!?」
「ふうん? 永遠の若さ……まあ確かに、そう思えば悪くはないかもしれませんね」
「で、でしょう!? そうでしょうそうでしょう!? そこの小娘を
そんな不安そうな目向けなくて大丈夫ですよスノウ。
別に本気で言ってるわけじゃないですから。こんなの逡巡の素振りすら冗談、冗談ですから。
「ぐべらっ!!」
「ま、答えはノーです。わたしを懐柔したいなら、せめて黄金にんじんの袋詰めでも持ってこいです」
一日で距離を詰め、打ち込まれた弾丸を躱しながら三下バニーを蹴飛ばしてやります。
スノウだけ優しく回収してやり、一人寂しく壁に激突してくたばりやがる三下バニー。けっ、雑魚が。
「まったく嫁入り前に酷い仕打ちを。むかつくほどの可愛い顔が台無しですよ、スノウ」
「せ、せんぱい……せんぱい……!!」
「はいはい。あなたの優しいせんぱいですよ。よしよーし」
腫れた頬を撫で、縄を解いてやると、スノウはわたしの可愛い旨へと飛び込んできます。
わんわんと、抑えていた思いでも決壊したのかそれはもう泣きじゃくるスノウ。
まったく、まだ終わったわけでもないのに仕方ない娘ですね。ほらよしよーし、背中ぽんぽんです。
「ぅえ、んぐぐぅ、この俺が、計画が……!!」
「おや、意外とタフですね。けどまあ、鼻から垂れる血で台無しです」
「お前のせいだろうが!!」
ガメツは血を垂らす鼻を押えながら、目に涙を溜めながらもわたしに声を荒げてきます。
「わ、分かっているのか!? こんな大それたことをしでかして、一介の探索バニー風情がただで済むと……!!」
「どうでしょうね? こんなにも銃が転がってる現場で、証言してくれそうな娘だって生きていて、貴女の悪行を示す記録だって残っていますけど?」
「ふん! そんなのいくらだってもみ消してやりますよ! こっちにはね、警察内部に協力者だっているんですよ!! 全部お前に罪をなすりつけて、大罪人として死刑にして──」
「動くな!! カナリヤ警察だ!! 両手を挙げて投降しろ!!」
恥も外聞もなく色々ぶちまけて、わたしを終わりだと嗤いながら喚くガメツ。
ですがそんな嘲笑いを掻き消す第三者の圧ある声が響いたと思えば、すぐに室内に人が駆け込んできます。
「け、警察ぅ!? ちょうどよかった、こいつ強盗は──!!」
「ガメツ・フラチナー!! 貴様を殺人、児童虐待、その他諸々の罪で逮捕する!!」
「え、えっ!?」
勝ち誇ったようにわたしを指差し、捕まえるよう命令する三下バニー。
だけど残念、三下の望んだ結果にはならず。
一層力を入れてくるスノウを抱くわたしを通り抜け、あれよあれよと拘束されるのはガメツの方です。
「……まったく遅いですよ。これだから公務員バニーは」
「しばくわよ? そしてお前も連行よ、この問題児バニーが」
背後からかけられる、恐ろしいほど不機嫌な聞き馴染みのある女の声。
トリハ。槌さえ持たなければどこででもやっていけるくらい優秀なのに、ポリ公なんて面倒いだけの職に就いた変わり者バニー。
そんなわたしの親友はスノウとわたしを引き剥がし、鬱憤晴らしとばかりにわざわざ床に叩き付けてから、がしゃんと手錠をかけてきやがりました。




