探索バニーラビの落下、です
今は今、つまりは今日この頃。
世界にはラビというこの世が何よりも慈しむべき、ぼんきゅっぼんなバニー族の美少女がおりました。
銀の髪に長いうさ耳、雲一つない青空色の瞳の紛れもない美少女バニー、通称美バニー。
危険など皆無で払いもいいデスクワークを終えた彼女を待つのは温かい家庭。温かい食事。温かな布団。
まさに温か三昧幸せ三昧。そんな満たされエリートバニーなラビは、安定した収入の下、いつまでも幸せに過ごしましたとさ。めでたしめでたし。
「って、そんなわけないでしょうがァァァ!!」
んなわけはねえのです。そんなんだったら人生苦労はないのです。
一周回ってパンパカパーンな妄想し始めた脳に吠えながら、鬼バニーの如き形相で絶賛爆走中なバニー。
それがわたしことラビ。この世に慈しまれるべき美少女なのは事実ですが、実際は煎餅みたいにぺったんこな布団とおっぱいしか持っていない不遇バニーなのですよ。えっへん。
そんなキュートでエクセレントなわたしが、何故美少女に似合わぬ顔と必死さで走るかといえば単純明快。
今足を止めてしまえば、後ろから迫る大岩にぺちゃんこバニーにされてしまうからなのです。
事の始まりはまさに今朝。朝ご飯のにんじんスープにありつこうとした、まさにその瞬間でした。
『うらぁ!! おどれクソバニーぃぃ!! いい加減家賃払え、さもなくば出ていけぼけぇぇ!!』
『ひええお助けぇ!! あっしはこのとおり、クソ薄スープ一杯で朝を終えねばならぬほどの貧しい身なんですぅ……!! せめて後一ヶ月、いやあと半年、何ならあと一年待ってくださいですぅ……!!』
『ですぅじゃねえんだよぉぉ!! 半年滞納してまだ戯れ言吐けるんかおんどれぁぁあ!!』
けっ、あのくそ大家。まさかあの後本当に追い出すとはおもわなんだです。
たった半年、月四万を六回を待ってもらっただけじゃねえですか。金入ったらまとめて払うって言ってんですから、部屋貸しなら慈悲の心でも見せやがれってんだですよ。
『嫌よ。あんた一晩泊めたら一月は寄生する気でしょう? 少しは反省しなさいな』
泊めてくれと頼んでみた親友バニーは、大変憎々しげな顔で門前払いしやがりまして。
『すまない。君は魅力的な脚を持つバニーだと思うが、流石にアバンチュールはちょっと……あとこの前貸したお金。確か二万ラパンほどだったと思うんだけど、そろそろ返してくれないかい?』
別に友達でもなんでもないけれど。
まあそこそこ付き合いの良かった、潰れたバイト先で知り合った男バニーは、くそみたいな戯れ言ほざきやがりまして。
まったく薄情な連中ですよね。こんなにも美少女なバニーがうるうる瞳でお願いしてやがりますのに。
特に男の方。何が不倫ですか、思いやがるな玉蹴り飛ばしてやりますよ?
どいつもこいつも金金金、にんじんやら平和の前に金をせがんでくるのです。
一応なけなしの三万ラパンあったから拳の利子付けて返してやりましたよ。一昨日来やがれです。
そんなわけで金がなく、食もなく、住居もなく。何なら胸すらつるぺったん。
そんな残高一万。明日にすら困ったホームレスバニーが即日で稼ぐ手段なんて、お水を除いたらもう一つ──迷宮攻略しかないわけですよ。
この世に無数にある迷宮。
ずっとずっと遠い昔、バニーの女神であるうさぴょん様が地上にもたらしたとされるが、実際はほとんど謎に包まれた建築物。
水のみで形成された城、空飛ぶ庭園、雨の日のみ浮かぶ地上絵、更には巨大な龍ラビットの骸の中みたいに何でもござれ。
現代の建築、魔法技術を以てしてもまず建築不能、再現不可能。
いつからあるのか、いつまであるのか、そもそもなんであるのかさえも解明されていない。まさしく女神うさぴょんの気まぐれとされている正体不明なのです。
『中には死と隣り合わせの危険、そして挑戦に釣り合う程度のお宝一同。まさに夢広がるドリーム。勇士諸君! 探索バニーになり、自らの耳と足と未来を信じて跳ね進め──!!』
まあそんなスイーツにんじんのように甘い話なんてのは、あくまで管理団体の謳い文句に過ぎず。
そんなドリームを掴めるバニーなんてごく少数、何なら専業で暮らせているバニーだって全体の半分程度。
実際は踏破された上層での小銭稼ぎ、その日暮らしの日雇いバイトレベルが大半。そうでなくても堅実に働いた方がずっとましな稼ぎになる程度。それが迷宮攻略の真実です。
それでも。
そんな残酷な現実を理解していながらも、それでも夢見がちな負けバニーが潜る理由は一つ。
だってそこに一攫千金のチャンスがあるから。辛うじて、年末にんじんジャンボよりもまあ夢は見られるって程度に縋れる可能性がそこにあるから。
万を超えた億に一つの奇跡を掴み取り、一発逆転ドリームバニーになりたいからという浅ましくもらしい理由で哀れゴミバニー共は今日も命を懸けるのです。
……まあわたしに金がないのは実力不足ではなく、出費が多いからなんですけど。
ともあれ当然わたしも成功を望みつつ、今日はマジで明日の暮らしのための金稼ぎをと。
空まで伸びる摩天楼。わたしの住む街にある迷宮、上に伸びながら何故か降りる階段しかない逆天塔。
そんな迷宮の、わたしの安全マージンである中層の一つ先。俗に言う中層深部と区分されたエリアまで降りてレッツチャレンジといった所、見事にこの様というわけですよ。
「ぜーっ、はあーっ、ぜーはあーっ、死ぬかと思っちまったですよ……」
運良くあってくれた通路を曲がり、わたしを通路の染みへ変えようとしてくれた大岩を回避して。
絶賛盛大に、恥も外聞もなく、あられもなく乱れる息を整えながら、どうしようかと考え中というわけ、もうまじで疲れたです。
「流石は中層深部、想像以上にやるです……げほ、げほッ!!」
きっとパーティならもう少しは楽なんでしょうね。わたしは基本単独ですけど。
言葉どおり血反吐を吐き、死に物狂いで戦って得た戦果。それと買った地図を確認しようとして──。
「……ない。ないないない、ないっ!! え、あれ、うそっ! なんで……って穴ァ!?」
手を突っ込んでも、逆さにしても何も取り出せない鞄の中身。
底には円形の、まるで何かに突かれたみたいな穴が空いてしまっているではないですか!!
うっそですよね!? まさか破れて全部ドロップです!?
確かに古い、最早オンボロといって差し支えない鞄ではありましたが!!
逃げてるとき、なんかちょっとずつ軽くなっていくなーって思わなくもなかったですが!?
それにしたって穴が空くなんて誰が予想しやがりましたか。……まあ多分あの時のが原因でしょうね、蟻ラビットの不意の一撃をつい鞄で防いじまったあの場面。思い当たりありすぎです。
「仕方なかったんですよぉ……。だって食らってたら胸抉れてたでしょうしぃ……。でも全部、一切合切奪わなくてもいいじゃないですかぁ……」
膝を突き、俯き、涙をぽろぽろ流しながら。
こんなことしても無駄だと分かっていながら、それでも言い訳せずにはいられないダメダメバニーなこのわたし。
もう終わりです。こんなに苦労したのに水の泡、諸々含めたらむしろマイナスですよ。
残ったのは手に持っていた短剣一本と鞄の残骸、それと五体満足なこのラビちゃん。
こんな様じゃ地上に帰ったって明日のパンや人参スープすら飲めない始末。というか地図もなくしたんで帰れるかも怪しいです。
野垂れ死ぬ、飢えて死ぬ、ボコされて死ぬ、金なくて死ぬ。
まさに死の四面楚歌。わたしに選べるのはどう死ぬか、どんなスプラッタな死体になるかだけ。
……そういえば、餓死ってのは一番辛い死に方らしいと聞いたことあります。
実際そうなんでしょうね。ちょっと前に二日くらいにんじん抜いた時期がありましたが、それはもう生気が薄れ親友に介護される醜態を晒しましたから。
そんな死に方するくらいなら、いっそあの大岩に潰されて即死の方がまだまし……いやいや! 悲観的になるなです! こういうときこそ生にしがみつくのがわたしのはずです! 多分!
「ファイトですわたし! キュートですわたし! こんな所で死んだら、わたしの無限大ドリームはどうなりやがりますかってんだ!」
生憎とソロ攻略のため、励ましてくれる友なんていないですが。
それでもどうにか虚勢と欲に燃え、無理矢理にでも奮起百倍と立ち上がって気合いを入れ直します。
わたしの野望。
それは世界で一番高い、全てのバニー達の憧れである黄金にんじんでフルコースを作ること。
その価格、一本にして時価一千万ラパン。
世界で一番長閑な楽土畑にて、一年に一本しか育ちやがらない幻の中の幻にんじん。まさににんじんオブにんじんなにんじんなのです。
それ一本で殺し合い、時代によっては戦争すらも容易く起きるとまで言われたお宝。
そんな黄金にんじんを何本も手に入れ、前菜からドリンクまで、あますことなく黄金にんじんで埋め尽くしたフルコースを堪能するのが一生の夢なのです。
人に語れば間違いなく笑われること間違いなし。
そんなドリームを前にして、まあ食べる所か嗅いだことも拝んだことすらない門前払いもいいとこな身なのですが。
それでも夢を見るのは罪じゃない。叶うかどうかは置いといて、挑み続けるのは悪じゃないのです。
「やったりますよぉ! えい、えい、うおお……えっ?」
ひたすら雄叫びを上げながら、ぴょんぴょんと気合いを入れ直す軽ジャンプをした瞬間だった。
突如にして唐突に、今まで立っていた地面が崩れ、空いた空洞にすっぽりと落ちてしまう。
「うさぁぁあ!!」
そうしてわたしは、どこまでもどこまでも落ちていきます。
わたしの闘魂注入が強すぎたのか、それともいい加減うるさいと迷宮にも耳があったのか。
どちらにせよ、はっきり言えることは一つ。
この世が慈しむべき美少女たるこのわたしは、きっと世界で一番ツキがないバニーなのでしょう。
読んでくださった方へ。
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