第8話「正義の姿」
「おう、ユウト」
「もう外にいるのか?」
「あぁ、もう外だ。今から向かうぜ。……ちょっと厄介事を済ませてからな」
「……何があった、揉め事か?」
「あぁ、昼間の警官が来てんだよ、一人で。」
「……一人で?目的はなんだ?……というか落ち着けよビル。殺さないでいられるか?」
「いやぁ分かんねぇ、腹の立つ奴だからな。」
「分かった、分かった。俺がそっちに向かうからちょっと待ってろ!」
「……急がねぇとやっちまうぞ」
あぁ、オレの良くねぇところだ。すぐに熱くなっちまう。こんなんじゃ支えてくれるヤツが居なくなったらこの世界、生きてけねぇぞ。
……だがキレてる割には思ったより冷静に物事を考えられるな。相棒が来る手前、何とか正気を保とうとしていられる。こんなこと昔じゃ考えらンねぇ、このオレも丸くなったモンだぜ。
さて、目の前にいるコイツはどうするか。さしずめクソ真面目な男なんだろう。まずは挑発でもしてみるか……。
「はぁ、悪ぃな。待たせちまって。オマエ、なんでここまで来た?一人で何か出来るとでも思ったのか?……正義の英雄ヒーロー気取りか?」
「気取りだと?警官はいつでも人民の英雄だ。お前らみたく気取らなくともそれは付いてくるものだ」
コイツは驚きだ。ここまでの正真正銘のバカは初めて見た。
どうやってこの世界を生きてきたらこんなヤツに育つんだ?
余程世間を知らない環境で生きてきたのか……?
それともこんな狂った世界でも強く生きていけるそれ以上の狂人なのか?
「ァン?ハッハッハ!こりゃ傑作だぜ!オメェ、本気で言ってんのか?今の時代に公的権力を味方だと思ってる街の人間が一体どこにいるってんだ!!政治家も、警官も、役所の人間も!誰だって信用しねぇ!!ガキでも理解してるぜ!!この街のヒーローは昔から決まってんだよ、ボニーとクライドだ!その固ぇ頭じゃ分かんねぇか??」
……いずれにせよこういう人間は神経を逆撫でする事には弱い。こうやって悪人の賛美をすればいい。
「社会に巣食う蛆虫がぁ……!!」
ヤベッ、やりすぎたぞ。アイツもうやる気だ。……なんか見た事ある目だ。……どこで見たか……。あ、つーかこんな店の目の前で暴れたら……。
「おい!ビル!店の前で何やってんだ!!今日はもう揉め事起こすなよ!!」
ビンゴ、来ると思ったぜ。
「……親父ィ!昼間の警察がここに来てんだよ!来てくれ!」
「はぁ?」
親父は面倒くさそうに出てきた。すこぶる機嫌が悪そうだ。さっきまでは元気そうだったが、やっぱり心底はそうでも無かったらしいぜ。
「ったく!なんだって今日はこんな最悪の日なんだよ!!お前ら、どっちも落ち着け!俺は警官にも、自分の息子たちにも争ってほしくねぇんだよ!!……なぁ若いの!お前は……」
親父の捲し立てが急に止んだ。
「お前、ちょっと来い。店の中で話そう」
「……ふざけるな。お前らの店で誰が飲むか、職務中だ」
「飲まなくてもいいから来い。一人で俺らに突っ込んでくるほど強ぇんだろ、俺らを殺したいならその後からでも出来る。だろ?」
「……わかった」
あぁ、親父には何か考えがあるんだろうが、今は全く理解出来ねぇ。強いと踏んだやつを自分たちの根城に入れてどうするつもりなんだ?
「おい!親父!何考えてんだ!!こんな奴ここで」
「ビル、黙れ」
そう言われたら黙るしかねぇ。このファミリーは親父のモンだ、逆らわねぇ。煮るなり焼くなり好きにしな。
「来いよ」
案内された警官と親父、オレはSHINERに入った。
***
「……」
案内されるまでの間、この警官は何も喋らなかった。オレは親父の前にウイスキーを出し、警官の前に水を置いた。そしてその酒を飲んだ後、親父から口を開いた。
「お前……何があった」
「……」
「お前の目は少し前に見た事がある。俺の息子が楯突いてきた時、まさにその目をしていた。そん時ゃ、ドラッグのせいだと思った。だが違ぇらしい、お前はそんなのをやるタチじゃなさそうだ。って事はウチのとお前で何かしらの共通点があるはずだ。……なんでウチに1人で突っ込んできたんだ」
あぁ、そうか、確かにそうだ。若が親父に初めて楯突いたあの日、あの日の目だ。何かを決心したような、何かのタガが外れたような、そんな目だ。
「……そうか、どうやら私は少し飲まれかけていたらしい」
「飲まれかける?」
「ここに来るまでの道中、いや、正確にはここに来ると決める前、私は変な男を見た。絶望を理想にした様な男だった。その男に唆された。私はそれを断ったのだが、少し影響されたようだ。それで急に思いついたのだ、ここに来て全てを無くせば解決するかもしれないと。そんな事は決して無いのに」
何を言ってるんだ?コイツは。ホントに狂っちまったヤツなのか?そんな変な男いるはずも無いだろうに。
「……つまり、その男に会ってから変になったって事か。急に衝動的になったような気がしたと」
「あぁ、そういう事だ」
「なるほどな……」
今日の今日で喧嘩別れした息子の事だ。確かに真剣に聞きたい気持ちもわかるが、流石にデタラメ過ぎると思うぜ。
「親父、流石にぶっ飛び過ぎじゃねぇか?コイツの話は」
「確かに理解には及ばねぇが、嘘をついてるようにも見えんし、何よりあの目は今の息子と同じ目だ。無視もできねぇ」
「だけどコイツはサツだ。もう少し警戒してもいいだろ?」
「……」
相変わらず余計なことを言わない男だ。自分の誇りある役職を貶されてもまだ沈黙を貫けるとはな。なるほど、さっき気がたっていたのは嘘じゃないらしい。この冷静さがホントのオマエってワケか。
「……君は随分と嫌いなんだな、我々が。確かに嫌う人間は多いが、君は特別な感じがする」
「まぁな。……1つ聞いてもいいか?」
「なんだ」
オレは日頃思っている警察への不満を言うことにした。コイツなら良い答えをくれるかもしれない。
「警察ってのはよ、市民の味方じゃなきゃならねンだよな?それはオレも分かるぜ。だがよ、本当に長い間味方だった試しがあるのか?沈黙の青い壁なんて言われてるぜ?警察がキチンとしてれば、ウォルター・コリンズは見つかったし、ニコラとバートは死なずにすんだんじゃねぇか?……この国の歴史の汚点の殆どは、権力者側が起こしたことだ!オレはこのファミリーに所属しちゃいるが、正直言ってアメリカなんかクソ喰らえだぜ!……消え去って良かったとさえ思う。自由なんて負債を掲げた大空より、バカを見て生きて沼地でくたばった方が余程マシだ!……分かるか?今の方がよっぽど自由なんだよ」
オレは正直に全てをぶちまけた。いや、全てでは無い、思っていない事も言った。
なぜだか分からんが、コイツはオレの問題だけじゃなく、NFPD全体に関わる問題に対する哲学をキチンと持ってそうだと考えた。
少なくともそう思わせる凄みはある。
「……なるほど」
その男は静かに頷いた。まるで頭の中に描いているオレを吟味するかのような薄気味悪い時間だった。そして彼は重々しく口を開く。
「この国に警察という機構が誕生して以来、警察という組織に関わる人間、その一人ひとりが全て私だったら、その様な出来事は起こりえなかった」
「はァ?」
その男から出た言葉は答えになるとも遠いものだった。
今まで警察を牽引してきた人間や組織は警察では無いとでも言いたげな言い方だった。
まるで警察という組織が居なくても自分が警察を代表するような言い方だった。
いや、それがヤツに取っての理想なのかもしれない。
ヤツは本当に自分こそ、自分のみがそれに適合していると言いたいのだろう。
なるほどオレとの会話で乖離が存在するワケだ……。
しかし、どんな自信なんだ。自分こそがそれ自身だとでも豪語する言い方は……。
……ハッ……笑えてくるぜ。
「ハッハッハッ!」
「何がおかしい」
「ゼンブだよ!ゼンブ!」
「……」
「まさにソレだぜ!オレとオマエの共通点は!」
「……どういう意味だ?」
「オレらはどんだけ腐ってようとも自警団だ。公的な権力が信用ならねぇからこうやって寄り合ってるってワケだ。オレらはわざわざめんどくせぇことはしなかったんだ、無ぇなら作っちまえばいいってのがオレ達。んで、腐ってる組織を中から変えようとしてんのがオマエだな。案外似てるぜ?オレとオマエは」
「……」
「……誰が英雄かナンてもんは世の中が決める。時代によっても変わっちまうモンだろ?でもよ、自分の中では自分が英雄だったらいいんだよ、それがいつか誰かの英雄になる、少なくともオレァそう信じてる」
「……」
親父もその警官も黙ってるだけだった。こう自分の考えを語るのはユウトっぽいよな、なんか感化されちまったな。慣れねぇことはするもんじゃねぇな、もうユウトの方へ向かうか。そう思ってオレはカウンターを離れようとした。
「待て」
その警官に呼び止められた。オレはソイツを見る。
「……マイケルだ」
「あ?」
「マイケル・スカリーだ。……また来るよ、今度は仕事終わりに。騒いですまなかった」
「……」
そう言い残して、オレと親父に見守られながらマイケルは去っていった。
「……おめぇ、さっきの演説は大分ユウトに感化されてんな」
「あんまそんなことわざわざ言うなよ!」
「……いい友人を持ったな、大事にしろ」
「……おう」
その後、オレと親父はカウンターに座りなおしてから酒を酌み交わす。
「あいつの話を真面目に考えると、うちのせがれは件の怪しい男に唆されたって事になるが」
「若がそんな男に唆されるとは思えねぇし、ホントに信じていいのかどうかも分かんねぇぜ」
「……アイツは俺の前ではなんも言わん奴だが、お前らの前ではクスリを売るべきだってのは言ってたんだろ?だったら少し背中を押す奴が現れただけで俺に楯突き始めるのも、全く道理がねぇって訳じゃねぇ」
「でもよ、にしたって急すぎるぜ」
「……調査してみないことには、分からねぇことだらけだな」
「なぁ、親父、今すぐ手伝いたいのはヤマヤマなんだが……」
「あぁ、いいよ。今はそれなりにでかい仕事やってんだろ?なら止めねぇし、好きにしてこい」
「すまねェ、終わったらすぐに戻って手伝うからよ」
「……だが1つ条件がある」
「……なんだ?」
「……生きて帰ってこい。血は繋がっていねぇが、お前とはファミリーを抜きにしても、本当の息子だと思ってる」
「……当たり前だろ。オレ様を誰だと思ってんだ。無敵のビル様だぜ」
「フン……、可愛くねぇガキだ」
「……ありがとよ」
オレが親父への感謝を述べると、勢いよくバーのドアが開いた。
「はぁ……はぁ……あぁー、はぁ。……ビル!……無事か……」
そこから出てきた息も絶え絶えの全力疾走してきたらしい男。それはまさにオレの相棒の姿だった。
「おう!ユウト!遅かったな!!」
「……はぁ、はぁ、これでも、大分……はぁ、急いだんだ……。こりゃ……本格的に、スカイシップを……貰いに、行きたいな……はぁ、ぜぇ」
笑いながらユウトの姿を見ていると親父が立ち上がり去り際に言う。
「ユウト!ビルの事頼んだぞ」
「はぁ、え?はぁ……、はい」
オレはその姿を見て、また笑った。