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THE SCRAP DREAM【第4章完結】  作者: Mr.G
第4章-Artist-

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第69話「真実④」

「……全てか?」


 彼に問わねばならないことがある。

 分かっていても、確かめたい。


 自意識を保つための自傷行為。

 そうと分かっていても、淀む眼の内に一筋の光を差し込みたい。


 その思いで。


「うん?」


 それすら見透かすように。

 彼の計算式は俺の子供じみた感傷など意にも介さないのだ。


「……本当に、全てが、お前の掌の上か?」


 くだらない問い。

 全くもって、くだらない問い。


 何度聴いても理解の出来ぬ、おぞましい答え。

 それを聞いて、心が壊れ、軋む音が鳴り響いても、ハンナの気分も俺の気分も晴れはしない。


 決して元通りにはならない。


「あぁ。“エンジェル事件”も“シルヴィオjrの死”も、もちろん君の姉の事やそこのマイケル君との出会いも、全て偶然じゃない。全部そうなるように仕組んだ」


 分かっていた。

 あぁ、分かっていたさ。


 ――もう。駄目だ。

 俯いたって逃げられぬ漆黒の帳に支配される。


 彼の言葉を、新しいこの世の理を、この体が受け入れ始めた。

 生存本能とはつまり、こういう事かもしれない。


 じわじわと滲み出す薄い綿に首を絞められる。

 それが束になって。気づいた時には、もう。


「そのためのヒューマノイド、そのためのすり替え。ありとあらゆる手段を講じて君たちをここまで導いたよ。君たちは人類の進化に必要なんだ。新人類のアダムとエヴァ、あるいはルーシー足るその素質があった!」


 ここから始まる新時代。

 全てが予測可能になる人類の最高到達点。

 それにモデリングされたのなら、多少の幸もあるのかもしれない。


 だがハンナを何度見ても、彼女は抜け殻のよう。

 意味もなく配置された木箱みたいに。


 いつもの笑顔もいじらしさも、彼女の底なしの強さというものは全て見えなくなっていた。

 焦点の合わない瞳は虚空を彷徨い、絶望の深さを何よりも雄弁に物語っていた。


 君を蝕むものは、生。


 ならばその不安を吹き飛ばせるものは何か。


 突如、輝く胸元。

 解決策を提示するようにそこにある銃。


 悪く、ない。


 ここで俺らがそうすれば、エドワードの計画に穴を開けることも出来る。

 もう、迷うな。


 支配されたんじゃない。

 俺の意思が、この解決方法を選んだ。


 手を伸ばす。

 もう一つ、視界には捉えているはずの胸元の希望の弾丸(ロケット)は、今の俺にとってそれを後押しするためのメタファーでしかなかった。


 (アート)が俺を呼んでいる。


 これが、彼の見た景色。


 やっと奴を少し理解出来るのか。


 しかしそんな矢先、泥まみれの希望を打ち砕く、男の怒声が響く。

 ビルだ。


 ピタリと俺の手は止まった。


「こンのクソ野郎がァッ!いつまでもワケの分からねェことばっか言いやがって!若もアートも、テメェの下らねぇ自慰行為の為に死んだってのか!!」

「なんで……。なんでそんな事のために……アートが……!」


 血走った眼で睨みつけるビルと、震えたまま立ち上がるエミリー。

 だがその目には先程までと違い、確かな闘志が宿っていた。


 二人の明らかな怒りを前にしても、エドワードの言動に変化はない。

 静寂を切り裂くように、マイケルが鋭く問い詰める。


「何故それを我々に明かす?ただ単に我々に絶望を与えるためなら、他の方法はいくらでもあったはずだ」


「世界を動かす上で、これが最も()()()を抑えて達成出来る方法なんだよ」


 まるで出来合いの数字でも読み上げるかのように、彼は冷酷に言い放つ。


「それにね、この計画は君らがいなければ完成し得ない。言わば君たちは立役者なんだ!ならば知る権利がある!君らの遺伝子(GENE)こそ、そこ(賢者の石)には無いが、君たちの行動(MEME)は永久に残り続けるんだ!素晴らしいことだよ!」


 ここからでも分かる、それを聞いたマイケルの熱。

 彼の正義はこれを許さない。


 死への冒涜、企業倫理、法。

 彼の考える、その全てでエドワードは重罪だった。


「貴様に、黙秘権(ミランダ)は必要ない!」


 マイケルはモニターに向け、鋭く指を突き立てる。

 だがそこに実体はない。 


「さっさと出てこい!テメェを殺してやる!」

「そうよ卑怯者!絶対に、許さない!」


 呼応するようにビルとエミリーも捲し立てた。


「さっきも言っただろう?私は既に電脳空間の住人。死という概念はもうとっくにないんだ」


 嘲笑を含んだ声が、部屋全体から彼らを見下ろすように降り注ぐ。

 残酷な事実だ。


「ならばその悪趣味な黒い球はどこにある」

「おっと、流石はマイケル君。……だがそれだけは答えられないね」


 エドワードは楽しげに核心を躱す。

 そして、虫の息となった俺たちを観察するかのように続けた。


「それに、そんなに戦意の喪失した人間が多いと何も出来ないだろう?私はこんな身だ。いつでも相手をするさ、今日のところは大人しく帰ったらどうだ?君たちにはまだ、その深く絶望した娘を慰めるという“日常”が残されているのだからね」


 思い上がった気まぐれではない。

 俺たちを生かして帰すことすらも、彼にとっては次の実験プロセスへ進むための手間に過ぎないというその証左。


 俺らに危害を加えないと言ったのは優しさからでも、見下しているからでもない。

 そうすることが計画に必要だからだ。


 奴にとっては俺たちという存在は、ただそれだけでは戦う必要も、価値も無い。


「こんなクズ目の前にして、命捨てずにノコノコ帰れってのか!」


 ビルの額に依然、青筋が浮かぶ。

 見えない敵に向かって今にも飛び掛からんとする勢いだった。


「駄目だ、ビル。一旦ここは――」


 マイケルがビルの前に手を出し、制止しようとする。

 だが、ビルの怒りの炎はもはや誰にも止められなかった。


「黙れ!オレ様だって我慢の限界だ!確かにアートはいけ好かねェ野郎だ!だけどな、テメェとは違って理想だけを追いかけて現実から目を背けたりしねェんだよ!若だってそうだ!現実と理想の狭間で何とか生きようと必死だったんだよ!それをテメェみてェな腐れ外道に、遊び尽くされたオモチャみたいに殺されていいヤツらじゃなかったッてんだよ!」


 ビルの魂からの叫び。死んでいった者たちの尊厳を守るための、血を吐くような訴えだった。


「あぁ、知ってるさ。その2人も私がそうコントロールしたんだから」


 あまりにも簡素な答え、軽い声。

 その言葉が、ビルの思いを無残に踏みにじった。


「……ッ!クソがアアアアアアアアア!!!」


 彼は自身のサブマシンガンを無闇矢鱈、モニターに向け撃ちまくった。

 無残にひしゃげた弾丸が火花とともに弾き返され、周囲の床や壁に危険な跳弾となって降り注ぐ。


 壁にも、画面にも、もちろんエドワードにも一切の傷は付かず、その激しい銃声だけが耳を(つんざ)いていた。


「やめて!やめてよ、ビル!そんなんじゃ意味ないよ!」

 エミリーが耳を塞ぎ、悲鳴のような声を上げる。


「ならどうしろッてんだよ!」

「それは……っ!」


 行き場を失ったビルの怒号が虚しくこだまする。

 冷たい壁にぶつかっては虚しく砕け散る。


 あとに残されたのは、耳鳴りすら吸い込んでいくような圧倒的な無音。

 誰も何も言えない。

 アートの死も、流した涙も、すべてはエドワードが悪趣味に書き上げた台本の一節。


 俺たちは己の意思で選び取ってきたと錯覚させられたまま、ただ盤上で踊らされていただけなんだ。


 魂の芯から、急速に熱が奪われていく。

 怒りでも悲しみでもない。


 確固たる虚無が、俺という存在の輪郭を内側から溶かしていく。

 足元の床が抜け落ち、無限に続く暗闇の底へと静かに落下していく感覚。


 永遠にも等しい、重く濁った空白。

 すべてを諦め、心が完全に停滞を受け入れようとした、その時だった。


 ――ザザッ。


 静死した世界を引っ掻くような電子ノイズ。

 ふいに、最も聞きたくなかった声が空間に響いた。


「……ユウト!ユウト!分かる?」


 心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねた。


 時間が、ひどく遅く引き伸ばされていく。

 幻であってくれと願った。


 だが、ノイズ越しに聞こえる焦りを帯びたその声色は、俺の記憶にあるものと完全に一致していた。


 骨が軋むほどの遅さで、ゆっくりと声のする方へ首を向ける。


「私よ、お姉ちゃんよ!」


 無機質な拡声器を通して降り注いだ言葉が、俺の精神に残っていた最後の防波堤を粉砕する。


 息を飲み、恐る恐る顔を上げると、エドワードの居た画面には、はるか懐かしい姿が現れていた。


 嫌だ。その声で語るな。

 今は“その声”で、その声では何も聞きたくない!


「総帥の言う通りに今は帰るのよ!今のアンタにはそうするしかないんだから!」


 ――総帥。


 姉の口から紡がれたその単語が、決定的な刃となって俺の核を貫いた。

 彼女は彼と同じ側に立って俺に語りかけている。


 死者への冒涜という意味では、これ以上は無いと断言出来た。


 姉を騙るモノ。

 ただ画面上でしかない存在が、延々、延々とこちらに語りかける。


 見ることすら耐えられず、力強く目を瞑る。


「……やめろ!……やめてくれ!お願いだから!」


 口から出たのは、傷ついた獣のうめき声のような惨めな懇願だった。

 両手で鼓膜が破れるほどに耳を塞ぎ、冷たい床に額を擦りつけるように蹲る。


 これ以上何も聞きたくない。

 これ以上の真実は、俺の精神を完全に破壊する。


 意識を手放そうとする度に、エドワードは新たな絶望を用意して、こちらの意識を叩き起す。

 寝よう(諦めよう)とする度に、アラーム(絶望)はこちらを起こし続ける。


 逃げることすら、許してはくれない。


 どんな優秀なファイアウォールもこれには役に立たない。


「ユウト!目を背けないで!」


 かつて俺を導いてくれたはずの声は、今はただ、俺を漆黒の底へと引きずり込む鎖でしかなかった。

 暗闇の中で震える俺の背中に、逃れようのない絶対的な絶望が、どこまでも重くのしかかっていた。


 そんなわけがない。


 分かっているはずなのに、今の自分にはそれすら断定できる自信が無い。

 自分の意志を確固とする根拠が既になくなってしまっているのだから。


「ビル!もう限界だ!今は一旦引くしかない!このまま暴れたところで無意味に死ぬのが関の山だ!」


 マイケルの怒声が、床に伏す俺の鼓膜を震わせた。

 すぐ横で、彼がビルの腕を力強く押さえ込む気配がする。


 その声には、奥歯を噛み砕かんばかりの屈辱が滲んでいた。

 エドワードの掌で踊らされる絶望を飲み込み、それでも全滅を避けるという、血を吐くような決断。


 マイケルは、暴れるビルを引き摺り、そして俺の首根っこを強引に掴み上げた。


 これ以上この空間に留まれば、肉体が無事でも俺たちの精神が不可逆的な死を迎える。 


 その冷徹で的確な判断のもと、マイケルは半ば強引にビルの体を出口へと引き摺る。


「クソ!クソ!結局、全部言いなりじゃねェか!」


 ビルが血の滲むような声で吐き捨てる。

 俺たちは這うようにして、起こされ、その場から立ち去るしかなかった。

 後ろを振り向くことも出来ず。


「今度会う時は、我が娘がその椅子に座る時だ。時が満ちた時、また会おう」


 最後に残されたエドワードの宣告とともに、視界の端にあの椅子が映り込んだ。


 部屋の中央に鎮座する、無機質で冷酷な金属の塊。

 無数のケーブルが脈打つように這い回り、まるで座る者の人間性を根こそぎ啜り上げるために設えられた処刑台のような、禍々しい玉座。


 あそこに座らされる“愛娘”の姿を想像するだけで、胃の腑がさらに冷たく反転する。

 石と同化するその時は、少し、また少しと近づいてくる。


 やがて完全な静寂が訪れ、あとには底知れぬ悪意の残滓と、重く冷たい空気だけが取り残された。


 グレイスタワーも、黄金郷も、エレベーターも、ドローンも、重い足取りで帰路に着く俺たちを遂に邪魔することは無かった。


 彼の思惑通り、俺たちは最後まで“無事”だった。


 帰り道、ぼんやりと虚ろな眼で捉えた情景。


 悔しそうにロケットを握りしめ、「何も出来なかった」と涙ながらに呟くエミリーの姿を、俺はきっと、生涯忘れられない。


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