第66話「真実①」
声が重なった、その瞬間だった。
重厚な扉のウロボロスの紋様が、中心から真っ二つに割れる。
ゴウン、と低い駆動音が響き、巨大な金属の塊が外側へと滑らかにスライドしていく。
開かれた入り口から、ひやりとした空気が流れ出してきた。
外の暴力的なまでの陽光とは違う、管理された冷気。
俺たちは顔を見合わせ、意を決してその境界線を跨ぐ。
足を踏み入れた先は、広大な円形の空間だった。
視界を遮る柱一本なく、ただただ広いドーム状の部屋。そして、俺たちを圧倒したのはその壁面だ。
360度、ぐるりと全方位を取り囲む壁のすべてが、巨大な湾曲モニターとなっていた。
そこには、目まぐるしい速度で流れる膨大なデータコードや、幾何学的な模様、そして時折、眼下の街並みがノイズ混じりに映し出されている。
まるで世界の情報の奔流そのものに囲まれたかのような、目眩がするほどの光景。
部屋全体が暗く、淡い光に包まれ、床は鏡面のように磨き上げられ、壁面の光を冷たく反射する。
そして極めつけは、その円環の中心より少し奥。
入り口から見て奥まった場所にある、異様な存在感。
そこに“座席”は鎮座していた。
だが、それをただの椅子と呼ぶには、あまりにも残酷すぎた。
クロムメッキのフレームに、複雑に絡み合う配線とチューブ。
人が座るためのシートはあるが、その上部には、頭部をすっぽりと覆い隠すような巨大なヘッドギアが懸架されている。
ヘッドギアの内側には無数のセンサーらしき突起が密生し、そこから伸びるケーブルの束が、まるで人工の神経網のように背後の柱へと繋がっていた。
一目見ただけで、背筋が粟立つような代物。
あれで人の脳を調べて、何をしようというんだろうか。
「一体、何なんだ。ここは」
「まるで街全体の制御室みたいな……」
「ソレを見せつけながらくたばらせる拷問器具みてェな装置もあるぜ」
エミリーやビルが言うことは正鵠を得ている。
この空間は正しく新鋭の拷問部屋の様相を醸し出している。
異様な光景だ。
趣味の悪いディストピア映画を観ているような、そんな気分にさせてくれる。
すると、途端にモニターが背後からブラックアウトし始める。
これは映画が始まる高揚感とは違う。
今、心臓をうるさく鳴らすのはグレイスへの怒りと恐怖。
静かな暗闇から、声が聞こえる。
エドワードだ。
「ようこそ、聖杯の間へ。君たちを歓迎しよう!」
突如映し出されるエドワードの顔。
暗い部屋に、彼の顔だけが鮮明に印されている。
一切のノイズが除去された合成音声のように滑らかで、内臓を直接揺らされるような不気味な声。
「……お父様」
ハンナが小さく呟く。
エドワード。あぁ、そうだ。
会いたかったよ。とても。
出来ることならば、対面で。
この距離では、お前を殴れないから。
「嫌な予感がする。賢者の石に、聖杯。これから起こることはもしかすると、拷問の方がぬるいかもしれない」
「まァ、いざとなったらあの扉ぶち壊して出りゃあいいンだろ?」
マイケルへの返答代わりにビルは左腕を叩く。
恐らくあのブラスターのことを示唆しているんだろう。
ここを出た後、結局袋小路で逃げられないという事実を捨て置けば、それもアリだ。
「ハハハハ!まぁそう急くな。我々は君たちに危害を加えないよ」
見えぬスピーカーから響く笑い声には、微塵の焦りも感じられない。
むしろ、余裕とでも言うべきか。
「そりゃ安全そうだな、どうも」
俺は皮肉で返しつつ、周囲の状況から目を離さない。
「我が娘には特に、ね」
「……」
視線を向けられた先で、ハンナは唇を強く噛み締めていた。
「元気だったかい?ヨハンナ」
「お父様……、何故です?何故こんなことを!」
悲痛な叫びが、冷たい部屋に反響する。彼女の肩は微かに震えていた。
だがその両足が後ろに退くことは決して無い。
「おっと、愛娘にも私の行動が理解されていないとは。父親というのは難しいものだね」
モニターの中のエドワードは、大袈裟に肩をすくめてみせる。
その仕草には、娘を案じる親の情が含まれているものだろうか。
「誤魔化さないでいただきたい。貴方の真の目的は何ですか?本当に世界を己が自由に操りたいがための計画なのですか?」
マイケルが一歩前に踏み出し、画面越しの総帥をきつく睨みつける。
「……どうやら嫌われているのは娘にだけではないらしい。実に悲しいね」
白々しい溜息をつきながら、エドワードは薄く笑う。
「まぁ、いい。もちろんこれも大いなる計画の一つだ。十分に説明をしてあげようじゃないか」
彼の目が、徐々に狂気めいた光を帯び始める。
「一昨日の話を覚えているかい?そう、民意ってのは実に厄介で素晴らしいものだ。私はそう言ったね」
空間全体を覆う湾曲モニターの映像が切り替わり、幾千もの人々の顔がノイズと共に浮かんでは消えていく。
「時に生物というのは素晴らしい。その小さなひとつの生命に、無限の可能性が遺伝子コードとして組み込まれている。……そしてその最上級が人間。少なくとも私はそう思っている」
演説をぶつエドワードの顔が、画面いっぱいに拡大される。
「人間というプリマ・マテリアは産まれたばかりの頃、様々な不確実性という果実を持っている」
またも一部の画面が切り替わると、無数のデータが胎児や赤ん坊のホログラムのように投影された。
「だがそれも長くは続かない。成長するにつれ、彼らは現実を知り、理想を諦め、個性は定まっていく」
彼は肩を竦める。
「定まった個性というのは酷いもので、全く変わる事をしない。民意や人間の限界というのは所詮その程度だ。こんなにも良い素質を持っているのに、人はそれを上手く有効活用出来ない。それは何故か分かるかい?」
彼の言う“有効活用”。
それが達成されるには、あのおぞましい座席を使う必要でもあるのだろうか。
問いかけの形をとってはいるが、それが修辞疑問文なのは明らかだ。
俺たちはただ、その気味の悪い陶酔を黙って見つめ返すしかない。
「それはね、人間が不確実だからさ。不確実だからこそ、その揺らぎを真に支配下に置くことができないんだ!あぁ、実に惨たらしく、惜しいと思わないかね?」
モニターの中のエドワードは、まるで舞台役者のように両腕を広げた。
「私は持つ者だ。人類の進歩に寄与出来ないか、それを必死で考え続けたさ。そんなわけがない、人類のデザインがそんな間違いを犯すわけがない!とね。……それでやっと辿り着いたんだよ。この計画に」
彼の視線が、画面越しに俺たち一人一人をねめ回す。そして、ゆっくりと口角を釣り上げた。
「さて、勿体ぶってもしょうがない。君たちには、真実を教えよう」
部屋を包んでいた淡い光が、ふっと揺らいだように見える。
「ま、単刀直入に言うと、君たちに伝えたMAGNUM OPUSの内容は嘘なんだ」




