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THE SCRAP DREAM【第4章完結】  作者: Mr.G
第4章-Artist-

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第64話「Stage」

 

「え?」

 俺は思わず、目の前に見えているHUDの文字を読む。


 ……しまった。

 グループ通信をしていたようだ。


「……」


 流れる気まずい空気。

 その尻拭いは手前でしか出来ない。


「……ごめん、エミリー」


 謝罪も虚しく、彼女はじっと前を見つめたまま動かない。


 つくづく乙女心の分からない男だ。

 自分でもそう思う。


 ガールフレンドには逃げられ、親友の女にはノンデリカシー。

 ……だったらもう、とことん彼女の強さに甘えるしかない。


 俺は取り繕うのが苦手だ。

 ビルより多少得意ってだけで、所詮中身はストリート育ちのアウトロー。


 言いたいことは言い切ろう。


「だけど、お前のその覚悟じゃ、アートが悲しむ。俺はただ――」


 必死に言葉を紡ぐ俺の熱を冷ますように、エミリーは一切こちらを振り向かなかった。

 エレベーターの無機質なドアを見据えたまま、彼女の唇から淡々と平坦な声がこぼれ落ちる。


「アートは、もう、死んだの」

「……ッ!」


 予想だにしなかった冷たい響きに、俺は思わず言葉を失った。

 誰よりもアートの死に胸を痛め、彼を想っていたはずの彼女が、こんなにも呆気ない。


「まだ……、まだ、あいつはここにいる」


 縋るようにそう反論し、俺は胸元のロケットを強く握りしめる。

 手のひらに食い込む冷たい金属の感触だけが、あいつが今も共にいるという唯一の証明なのだから。


 だがそれでも、彼女はこう言う。


「ううん。もう、死んじゃったの」


 薄暗い影に覆われ、その顔に浮かんでいたのは、強がりでも冷酷さでもなかった。

 そこにあるのは、今にも飲み込まれそうなほど暗く、ただ起伏のない無表情だった。


「でも、アタシはここにいる」


 その言葉が終わると、何かを祝福したように光が差し込み始めた。

 ぬるりと慣性が止まったのを感じる。

 目的の階に着いたんだ。


 そうして、次の言葉も無く、彼女は先にエレベーターを降りた。

 俺はどうすればよいか分からず、手を伸ばして何かを発そうとした。


 だがそれも虚しく、もうなんの語彙も自分には味方しなかった。

 後ろからマイケルが俺の脇腹を縁頭で小突いて先に降りる。


 小突かれたそこを擦ってマイケルを目で追っていると、大きな影が右横で止まるのが見える。

 右を見ると、真横にビルが立っていた。


 見上げるように顔を見ると、彼はこちらを見てくしゃりと顔を潰し、舌を出して少し笑った。

 “下手くそ”とでも言いたそうな彼もまた、俺を置いて先にエレベーターを降りる。


 何故いつもこうなってしまうのかとため息をつき、追随するように前へと進んだ。

 降りるとすぐに後方で扉が閉まる。


 その音につられて後ろを振り返ると、そこにはもう、入口がない。

 外にもボタンが無い以上、これでもう、本当に背水の陣になった。


 そして先に行った奴らが、窓ガラスに集まってるのが見えると、俺もそこに向かって歩く。

 どうやらこの辺からでも分かるくらいの高さに来たようだと思い、徐々に近づいていくと、まだ見えぬ地面に俺は焦りを覚える。


 板ガラスからやっと地面を見下ろせるようになり、外の景色が鮮明になると、俺は思わず声が出た。

「……最、上階か?」


「恐らく」

「こんな高い所初めて来たかも〜……」

「バカと煙は高ェ所が好きってのはあながち嘘じゃねェらしいな!」


 ネオ・フランシスコを一望できる程の高さ。

 ハリソンの本社ビルや、その他ビッグファイブのビル、名のあるタワーですらそれを凌駕するほどの高さ。


 企業の人間が俺らを普段見下しているのも無理はない。

 まさに絶景と言うべき標高が、目の前には広がっていた。

「いや、これは……どうやったって……」


 “帰れない”。


 その事が喉元に跳ねた段階で、言葉を飲み込む。

 言ったら、叶ってしまう気がしたから。


「怖気付いたか?」

「……まぁな」


 マイケルのくだらない意地の悪い質問に、こちらも皮肉で答える。

 なんと答えようと、なんと思おうと、もう進むしかない。


「オレ様はなんだかテンションが上がってきちまったぜ」

「え〜、なんかアタシも〜」

 この2人はこんな状況でも、ハイファイブを敢行した。


 羨ましい限りだ。

 俺も煙にでもなりたかったよ。

 そうすれば少しだけ、その気持ちを理解できそうだ。


 俺らが初めての景色に圧倒され、しばし時の流れを忘れていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。

「ようこそ」


 その声に俺らは振り向く。

 するとそこに居たのは、サミュエル・スチュワート。

 ハンナの付き人だった。


「久しぶりだな、君たち」

「サム!そっちも元気そうじゃねェか!」

「あぁ、ビル。君もな」


 確かに久しい。

 思えば彼との出会いが運命の転機だった。


 お礼、文句、あれから言いたいことも聞きたいことも山ほどあるが、今は感動の再会を喜べる状況じゃない。


「どうしてここにいる?」

「総帥がお待ちだ。……案内しよう」


 案内役。

 出来るだけ警戒心を解くために知り合いを寄越したか。

 彼は俺の胸元の弾丸を一瞥し、わずか目を細める。


「だがその前に。こっちだ」


 俺らは顔を見合わせ、何も分からないまま、彼の言うままについてゆく。

 もちろん、警戒しないわけではないが、下手な行動をするよりは、まとまって行動した方が良い。


 何より、ここの構造を知れる絶好のチャンスだ。

 もしかすれば逃げ道や、緊急時の経路があるかもしれない。


 マイケルは眼だけを執拗に動かし、俺はキョロキョロとしながら、サムを追いかける。


「ここだ」


 タイムオーバーのようだ。

 何の怪しい点も見つからないまま、部屋の前に立たされる。

 サムがドアを叩く。


「お嬢様、お連れいたしました」

「……入りなさい」


 扉の向こうから声が聞こえると、その声にドキンと心臓が鳴る。


 彼女がいる。


 今回こそ、失敗は許されない。

 何を言う?「悪かった」?「ごめん」?

 それとも、「元気?」?「可愛いね」?


 ついさっき会話で失敗した男が、正解なんて導き出せるものか!

 内心、ものすごく焦り始めたが、いくらなんでも遅すぎた。


 既に扉の隙間から、座った彼女の後ろ姿が見える。


 いや、よし。

 そうだ。まず謝ろう。


 まずはそこからだ。

 昨日の件は100%こちらに非がある。


 何を話すにしろ、まず謝って、それから別のことを伝えればいい。

 そうだ。そうしよう。


 そう決意して、部屋に入ると、彼女が立ち上がり振り返った。


 よし、今だ。


「ご――」


 吹き飛んだ。

 彼女の顔を見たら、全てが吹き飛んでしまった。


 特別何かあったわけじゃない。

 特別彼女が普段と違う何かをしていたわけじゃない。


 だが、止まった。

 彼女の顔を見たら、何かが消えた。


 顔を見つめ、何秒経っただろうか。

 彼女は怪訝そうに俺の顔を覗く。


「ユウト?」


 その旋律で意識が現実へと引き戻される。

 そうだ。何か言わなきゃ。


「あ、あぁ。……えっと、その。ご、ごめん。昨日の夜、俺、酷いこと言った。最低だった。あんな状況だからって許されることじゃない」


 彼女の顔は少し悲しそうだ。


「信じてくれるか分からないけど、俺は本当に君の事は愛おしく思っているし、君の笑顔のためならなんでも出来る」


 唇を噛み締め、彼女は少し照れた表情をする。


「……あの時、かけるべきだった言葉を言わせてほしい」


 一転して、体に少し力が入ったのが分かる。

 彼女は身構えた。


「確かに、この状況になった要因の一つに、君はいるかもしれない」


 彼女は黙って頷いた。


「だけど、じゃあ君がいなければ良かったなんて、俺は思っちゃいない。それじゃ俺は君に一生出会えない。例えこの先どんな困難が待っていても、俺は君に会いたいし、会えてよかったって思い続ける。死がふたりを分かつまで、それを続けたいんだ」


 彼女は涙ぐんで、俺を見つめ続ける。


「愛してるよ、ヨハンナ」


 それを聞くと、ハンナは俺に恐る恐る近づく。

 そして、手を差し出してくる。


 俺がそれを受け止めようとすると、だが彼女は不安そうに引っ込めた。


 「……でも」

 彼女は震える声で、絞り出すように言った。


「私と一緒にいたら、また、貴方をあんな風に苦しめてしまう。私には、貴方のその言葉を受け取る資格なんて……」


 ……そうか。


 俺は彼女の心を芯から砕いてしまった。

 いや、違う。俺の余裕のなさが、彼女に忌まわしき呪いをかけてしまったんだ。


 だから俺は、引っ込めようとしたその手を強引に引き寄せた。


「資格なら、ある。俺が今、君にそうしてほしいと願ってるんだから」


 彼女を支える“資格”は、もう俺には無いのかもしれない。

 それでも、この手だけはもう離すつもりはなかった。


 と考えたのも束の間、彼女は右足で床を大きく蹴ってこちらに跳び込む。


「馬鹿!私だって愛してます!何度だって言うわ!愛してる!愛してるから!」


 それを思い切り受け止めて、強く抱きしめる。

 彼女の温もり、鼓動、匂いが伝わってきた。

 それらを五感全てで包み込む。


 すると彼女は顔を少し離し、息のかかる距離で話す。

「だけれど、私のせいで皆さん危険に晒してしまうことは不本意です。私ももっと、もっともっと、皆さんを、あなたを守れるくらい強くなります」


 俺がそれに頷くと、彼女は照れたように下を向く。

 彼女の頬を支え、目線をこちらに戻させる。


 潤んだ瞳に、困ったような眉。


 そして、彼女と唇を交わす。

 惚けた顔に思わずニヤリとする。


「不安そうな君も可愛かったよ」

「な、なによ。もう。ばか!こんなに長いこと放っておいて!」


「長いって……、一晩だけだろ?」

「ふん。貴方は()()()私と会えなくて平気なようですけれど、私はそんなに長いこと待てません」

 彼女はプイとそっぽを向く。


「あ、また可愛い」

「も、もう!」


 俺らが周りのことを忘れ、とんでもないバカップル加減を露呈していると、外野から声が聞こえる。


「いやァ、あのままおっぱじめるのに500ドルかけるぜ」

「賛成〜、アタシもそれに乗る〜」

「仲直りをする際にシていると、癖になるという。気をつけろ」


 そして、その横には頭を抱えたサムがため息混じりに突っ立っていた。

 これはこれは、とんでもない所をお見せしてしまったようだ。


 俺はそっと彼女を離し、苦し紛れに頭を搔く。

「み、皆さんもお揃いで、来てくれてありがとう!」


「え〜?本当にありがとうって思ってる〜?」

「どうやらお邪魔みてェだよなぁ」

「ちなみにそのままでいると根本的原因が解決されず、別れるケースもあります。気をつけてください」


 あぁ、こういう時の悪ノリは本当に最高だ。

 仕掛けられている側がこちらじゃなければもっと最高なんだが。


 ハンナの狼狽えぶりをからかうように、悪ノリは次第に熱を帯びていく。


 エミリーの容赦ないツッコミにハンナが顔を真っ赤にして反論し、ビルが腹を抱えて笑い、マイケルがやれやれと肩をすくめる。


 そんな騒がしくも温かい光景を見ていると、直前までエレベーターの中で張り詰めていた死の気配が嘘のように薄れ、俺の口元からも自然と笑みがこぼれていた。


 このまま時間が止まればいい。


 ほんの数秒、そんな甘い錯覚に陥りかけた、その時だった。


 わざとらしく、明らかな制止を促す咳払いが部屋に響いた。

 ピタリと笑い声が止み、全員の視線が音の主へと集まる。


 サムだ。

 彼は仕事人としての、どこか冷ややかで事務的な顔に戻っていた。


「そろそろ、良いかな?」


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