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THE SCRAP DREAM【第4章完結】  作者: Mr.G
第4章-Artist-

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第63話「仮面」

 

 心中で大見栄を張ったは良いものの、素顔を表で晒せるほど街は大人しくない。


 そりゃそうだ。

 世界を股にかけるビッグファイブの一柱が崩れ、世界はこれからどうなるのかという所。

 アートの遺言通り、一夜で崩壊するとなると社員もその関連企業も含め、パニックだ。


 これまでからも分かる通り、ハリソンってのは一族経営によるところが大きい。

 このままいけば本当に解散ってこともあり得る。


 つまりその渦中の犯人がいけしゃあしゃあと街に繰り出して素通り出来るほど、ここは甘い街じゃない。

 だからパーカーのフードを出来るだけ深く被ればOK。


 というわけにもいかないので、仕方なくマスクを拝借した。

 マスクと言っても精巧なラバーマスクなんてのでも無く、拝借と言ってもあの家の物は全て俺の所有物となったので厳密には拝借ではないのだが。


 ともあれ本題に戻ると、今俺が顔につけているこれは“ノウメン”と呼ばれている物だ。

 日本の伝統芸能で“能”というものがあるらしく、それに使うマスクを能面と言う。


 これをつけるとあら不思議、「え?お探しの人は私じゃありません(NO-MEN)よ」ということで付けられた名前だ。

 まぁ、ふざけたジョークで付けられたような名前だが、性能はお墨付きだ。


 ナノ構造で出来ていて、周囲の光源に合わせて影を作り出したり、消したりしてくれる。


 本来は無いような位置に、頬こけを作ったり、一重にしたりと、全く別人になれる代物だ。

 まさに“役”になりきれる。


 廉価版の粗悪品だと境目などでバレたりするが、そもそもの値段が高いので手を出す人間は結構少ない。

 こんな薄っぺらい素材に何個センサーを組み込んで、どれほど密なレンダリングが必要かを考えれば当たり前のことだけど。


 たまに安物を掴まされた馬鹿がその辺でやらかして、逮捕されたりする。

 こんなもん、着けてるだけで「これより法を犯します」という自己申告だからな。


 そう思うと珍しい。

 俺は悪いことをした後にこれをしているんだから。


 実際、ここまで辿り着く道のりは決して平坦ではなかった。

 街のメインストリートは早々に封鎖され、ハリソンの私兵と市警のドローンが血眼になって“渦中の犯人”を捜し回っている。


 つい先ほども、路地を抜ける際に低空飛行のスキャナー・ドローンと鉢合わせた。

 赤い走査レーザーが網の目のように空間を舐め回し、俺の顔面を真正面から捉えた瞬間は、流石に背筋が凍った。


 だが、ノウメンは完璧な仕事をした。

 レーザーの光源にナノ構造が瞬時に反応し、俺の骨格に偽の陰影を落とし込む。

 ドローンの認識センサーには、ただのくたびれた無関係な男の顔面がレンダリングされていたはずだ。


 奴は数秒の照合ののち、興味を失ったように飛び去っていった。

 この薄っぺらい素材一枚がなければ、今頃問答無用で蜂の巣にされていたところだ。


 ――そして今、その濡れ衣を着せたであろう元凶に辿り着く。これでこいつもお役御免だ。

 来るのは何度目になるか。黄金郷だ。


 門の前で、俺らは立ち止まる。前はサムが居たその場所。

 目の前にそびえ立つ仮初の景色を見て、ハンナを口説きにここに来たことを懐かしく思う。


 今回も彼女を連れ戻すことが目的の一つに入ってるから、あながちその時の状況と完全に違う訳じゃないってのが何ともこそばゆい。


 その仰々しい門の前で声が聞こえる。

 忌々しい、エドワードの声が。


「入りたまえ。中で娘も待っている」


 言わば強者の余裕。


 その場に響く彼の声を聞くだけで怒りが湧いてくる。

 流れる汗と共にそれを必死で収める。


 怒りに身を任せたら最後、全てがダメになる。

 スミスの時もそうだった。感情に流されてはならない。


 感情の支配者はこちらだ。

 決して飲まれるな。敵はそこを突いてくる。


「……いよいよってヤツか」

「世界の支配者とご対面だな」

「……」


 エミリーがそっと、胸のロケットを握った。

 皆の胸にはアートもいる。

 それを改めて意識して、俺らは黄金郷に足を踏み入れる。


 何度見ても別世界。

 幻影写像(ファントムマッピング)のおかげでここが如何に理想郷なのかを思い知らされる。


 舞うように飛ぶ小鳥、池の水を揺らす錦鯉、蜜を運ぶ蜂、外では見ることの出来ない全てがここにはある。


「もう敵の懐だ。……相手はグレイス。もし何かあったら帰れる確率は限りなく低い」

「それでも……、こんなの止めなくちゃ。少なくとも、こんなバカにされたままでアタシは終われない」


 全くその通りだ。

 帰れるのか、帰れないのか。

 これは罠か、否か。


 そんな問題はとうにどうでも良い。

 何があっても一矢報いる。

 それだけだ。


 マスクを取り、俺はついに素顔を晒す。


「彼女に賛成。こんな所まで来たら作戦もクソもない。各々、自分勝手に生きることだけを考えとけ」


 それに皆が頷き、少しずつ前へと歩いていく。

 ビルはこの黄金郷の中央、今から目指すグレイス・タワーを見てボソリと呟く。


「……悪趣味な建物だぜ」

「まるで現代のバベルの塔だな」


 マイケルの言う、バベルの塔。

 グレイス財閥の自己評価ってのは概ねその通りなんだろうな。


「だけど、ゆっくりと胡座かいて神罰を待ってる暇なんてない。あれを倒すのは特別でもなんでもない市民だ」


 ハリソンの本社とは違い、セキュリティカメラを壊すわけにもいかないし、見る限りあちこちに護衛がいる。

 上空にはドローンまで巡回しているし、そう簡単に暴れられそうにない。


 無事に逃げられるなんて事があれば、それこそ……。

 奇跡が起きた時だ。


 だが皆願いは同じ。

 刺し違えてでもエドワードを排除する。

 それだけだった。


 今の俺達にはそれだけの理由がある。


 アートは間違いなく英雄だった。

 命を賭して、信念を抱いたまま死んだ。


 だったら俺はそれに応えなきゃいけない。

 この街に巣食う最大の夢は、自由。


 俺たちの自由は復讐にだってなれる。

 なんだって出来るさ。

 自由(フリー)ってのはそういうことだ。


「……よし」


 タワーを目の前にして、俺は首が痛くなるほど上を向いた。


 空を突き刺すようにそびえ立つその摩天楼は、全面が鏡面ガラスで覆われ、偽りの太陽を不気味なほど乱反射している。


 まるで天からこの街のすべてを見下ろす、巨大で無機質なオベリスクのようだ。

 地べたを這いずる俺たちなど歯牙にもかけない絶対的な威圧感が、物理的な重みとなって頭上からのしかかってくる。


 見るだけでそれなら、入るとそこはまさに別世界。

 外とはまた違う輝きが、俺らを出迎える。


「ハリソン御一行様ですね。あちらのエレベーターよりどうぞ」


 のっぺらぼうの華奢な受付アンドロイドに促されるがまま、奥のエレベーターに向かう。

 幾つもの花、荘厳な柱、ガラス細工、流れる水、そんな数え切れぬほどの装飾を無視して、その箱に乗り込む。


 エレベーターの中にボタンは無い。

 自動で目的地に辿り着くものらしい。

 何から何まで、こちらの主導権を握らせない造りだ。


 帰るのもこちらの意思では出来ないってことか。

 ……またいつでも飛び降りられる覚悟をしないとか。

 それでも無事に出られるかと言われると確率は低そうだ。


 端的に言って、“決死”。

 少なくとも無事には帰れそうにない。


 ……やっぱりダメだな、こうやってエレベーターで静かに居ると悪いことばかりを考える。

 そう思えばアートんところ行った時は騒がしかったな。


 こいつらはわざとそうしてくれてたのかもしれない。

 静かなのは、俺らに似合わない。


 それを察知したのか、エミリーが口を開いた。


「……ねぇ、あのさ」

 エミリーは一瞬見せた不安そうな顔を押し殺した。

 重々しい口調だ。


 何を言うのか。

 考えるに易く、聞くに難い。


 俺がそう思った時には、彼女の言葉を遮っていた。

「駄目だ」


「え?」

「言わないでくれ。何も」

「……」


 エミリーは驚いて口を閉じた。

 俺は少し顔を上げる。


 言葉にしてはいけない。

 言葉にすれば、それは“準備”になる。

 いずれ起こる先の事への準備。


 アートはそれを言えなかった。

 言うならば止めていた。

 そんなことは起こさせない。


 ……形だけでも、信じる事を諦めて欲しくない。


 そうは思うが、エミリーだって意志の固い女だ。

 俺が何を願ったところで止まるタマじゃない。


「……そんなの嫌だ」


 彼女は俺の要求を拒否した。

 当然とも言える。


「言わせてやれ、ユウト」

 腕を組んで壁に寄りかかるビルの視線が、静かに俺の顔を射抜く。


 彼は正しい。

 言わせることも優しさだ。

 だけど今、こんな状況で()()を言えば、俺らは止められなくなる。


 ……気づかれぬように奥歯を噛み締める。

 これからエミリーが発する言葉を食い殺すように強く。


「生きて、帰ろうね」


 聞いて直後、息を飲んだ。


 ――そんなわけない。

 彼女の言いたかった言葉が“希望(それ)”なわけがない。


 こんな時に、「生きて帰ろう」なんてわざわざ言うことはない。

 だって、その言葉は言わなくても当然のことだから。

 何も言わなければいつも通り、生きて帰るから。


 つまり真逆。

 本心はそれと別の事を思っているからそんなことを言うんだ。


 ――もしエドワードを殺せたら自分も死ぬ。


 それが真意。


 ……はっきり言って馬鹿だ。

 アートがそんなこと望むわけがない。


 しかし、面と向かって止めることは出来ない。


 姉さんが死んだ時、俺にも同じ気持ちが渦巻いたから。

 だから、止めることが悪手だってのは俺だって分かってるつもりだ。


 ……だから?

 だからって諦めろってのか?


 いや、そんなの……、駄目だ。


 すぐさま脳内通信を起動し、目の前のマイケルにコールする。

 即座に接続され、彼は応じる。


「なんだ」

「エミリーの命を最優先に守ってくれ」

「待て、ユウト――」


「あぁ、分かってる。もちろん、こんな所じゃ自分の命を守るだけで精一杯――」


 俺がマイケルの言葉を遮って、今伝えるべきことを全て話そうとすると、横にいるビルが肉声を出した。


「……聞こえてんぞ」


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