第61話「遺し、遺され」
「おい、ユウト、起きろ!ニュース見ろ!」
鼓膜を叩く怒鳴り声と、同時に脳内に直接響く通知音。
俺は泥のような眠りから無理やり引きずり上げられた。
頭が割れるように痛い。
目を開けると、薄暗いリビングの空中に無数のホロウィンドウが展開され、極彩色の光が乱舞していた。
昨日はあの後、直ぐにリビングで寝てしまったらしい。
「……こんな時に、ニュース?また俺らのことでもやってんのか?」
「あぁ、そうだ。大変なことになってるぞ」
「……は?何言って――」
マイケルがウィンドウの一つを俺の目の前に弾き飛ばす。
そこには誰が撮ったか、昨晩の雨の中で、横たわったアートを見つめる俺の写真とハリソン本社の映像が流れていた。
だが、その上に踊るテロップは、俺の理解を数秒で置き去りにした。
『――実行犯は非合法工作員、ユウト・クラシックスと断定――』
『――被害者アーサー・ハリソン氏は友人として本社へ招き入れたが――』
『――未だに遺体は見つかっておらず――』
「……俺が、犯、人?」
「ネットも見ろよ!祭りだ!」
ビルの言葉通り、掲示板のタイムラインは滝のような速度で流れている。
『これこそリアル・ブラック・ヴェンデッタだ!』
『ユウトってあのフリーのユウトだろ?もう伝説だな!』
『“ナカトミ”ってバーに行けば会えるらしいぜ』
『憧れるよな、なんとかしてチームとか入れないかな』
『触れただけで相手の機能を停止させれるらしいぜ?企業製じゃない独自のパーツがあるんだって!』
『犯行声明無しってのがイカすよな、彼にとっちゃ日常って感じで』
『でも彼ら友人同士なんだよな?なら現代の“モードレッド”だ!』
「モード、レッド?……あぁ、あいつが“アーサー”だからか!……くだらない!」
吐き気がした。
あいつらは何も知らない。俺がどんな思いであの扉を開けたか。
どんな思いで、動かない心臓を押し続けたか。
勝手な物語を消費するだけの連中に、殺意すら湧く。
「それに見ろよ。この家の管理権限者」
ビルが別のウィンドウを開く。
そこには、無機質な法的文書が表示されていた。
「……どういう、ことだ?」
『遺言執行:ハリソン・コーポレーションは解散手続きに移行。残された個人資産および不動産は全て、我が兄弟であるユウト・ハリソンへ譲渡す。』
息が止まった。
文字と数字の羅列が、意味を持った質量となって俺にのしかかる。
遺言?
遺産?
……俺が継げってことか?
「なんだよ、意味が分からない!寝起きで立て続けにこんな……」
親友を殺した汚名を着せられ、同時にその親友から全てを託された?
あいつは俺に、この金と力で、地獄の底まで付き合えと言うのか。
このために俺に苗字を?
……いや、まさか。
様々な考えが寝起きの頭を飛び回る中、これでもかという情報をマイケルが出す。
「……後出しになっても悪いから伝えておくが、もう一つ悪いニュースがある」
「まだあるのかよ」
「ヨハンナ嬢が失踪した」
思考が白く染まる。
「なっ!……最悪だ。クソッ、……まずいな」
「まーた余計なコト言ったんだろ?」
「……あぁ、そうだよ。全部、俺のせいだ」
昨晩の自分の罵倒が、呪いのようにリフレインする。
こんなことしてる場合じゃない。
俺は指でこめかみを抑え、直ぐに脳内通信を試みる。
彼女の持っている携帯デバイスに繋がるはずだ。
……だが何度コール音が響いても彼女は出てこない。
次第にどうしようもない焦りが募り始める。
「ちなみに――」
それを待っていたかのようにマイケルが口を開く。
「いる場所は分かっている」
「はぁ!?なんで先にそれを言わない!」
「少し反省してもらおうかと思ってな」
涼しい顔で、マイケルはこちらを見続ける。
「……あぁ、そうかよ。もう十分だ。これ以上いじめるな」
俺は少し胸を撫で下ろす。
「で?どこにいる?」
「黄金郷だ」
「なっ……」
あまりに冷徹な事実の告白に、俺はまた動揺する。
「……何も大丈夫じゃない!」
「腐っても親元だ。身柄は大丈夫だろう」
……確かにそれはそうだ。
なんならこんなチンピラ共といるより、余程安全だ。
「本人がそう言って行ったのか?」
「いや、彼女には発信機を付けている」
……もう、驚くまい。
こいつはこういう奴だ。
それに今回はその用心深さと気持ち悪さに救われている部分はある。
突っ込むのをやめよう。時間の無駄だ。
「……はぁ。それで、エミリーは?」
「準備だと。アートを埋葬するってよ、身体はキレイにしたらしいぜ」
「……頭がパンクしそうだ」
俺は髪をかきむしり、ソファに深く沈み込む。
「寝て起きたら、俺が親友を殺したことになっていて、その親友は相続人に俺を選んでて、ガールフレンドは失踪?おまけに親友をあの世へ見送らなきゃならないんだ!」
沈み込んだソファもそのままに、俺は寝転がった。
「ハッ、俺はスーパーマンじゃないんだぞ!どうしろってんだ!」
叫ばずにはいられなかった。
この窓の外の曇り空のように、胸の中が淀んで気分が悪い。
「荒れてんねェ」
ビルが低い声を出す。彼はソファの隅で、愛用の銃を丁寧に手入れしていた。
オイルと鉄の匂いが、少しだけ俺の神経を落ち着かせる。
「……そっちは冷静そうでいいな」
「オレ達は片方が感情的なら片方が冷静ってのがキャラだろ?」
「……そう、かもな」
妙な説得力に、毒気が抜かれる。
「それに、今は忙しい方が何も考えずに済む。取り敢えずアーサーを埋葬してやったらどうだ」
一理ある。
と、マイケルの提案に頷く。
「……でもなんか、大人しく“埋葬”ってキャラじゃないよなぁ。あいつ」
「まァ、そりゃ同感だな!ジメジメした土の下なんて、アイツぁ嫌がるだろ」
俺は少し考え、ふと思いついた案を口にする。
「……火葬して、それぞれ遺灰を持っとくってのはどうだ?」
ビルとマイケルの手が止まる。
二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「良いアイディアだ」
「全く賛成だぜ、エミリーさえ良ければそれでいんじゃねェか?」
そうだ。
もし姉さんの遺体が手に入れば、俺もそうしたかった。
「あれだ。お前、昨日仇討ちした時の薬莢持ってこいよ。それに詰めよう」
「ウゲッ、またあんな胸糞悪ィ所行くのかよ」
ビルはげんなりとした顔をしたが、その目には光が宿っていた。
自分の空っぽの薬莢が、友を守る棺になる。悪くない話だ。
「私も同行しよう。あの時は犯人もまともに見れなかったが、きちんと分析すればなにか掴めるかもしれない」
「いやァ、それはちっと難しいと思うけどな」
「まぁそれも行けば分かる。さっさと行こう、近辺だと野次馬も多いかもしれない」
「それもそうだな、エミリーが嫌だつったら教えてくれよ、相棒!いってくらァ!」
嵐のように二人が部屋を出て行く。
入れ違いに、エミリーがひょっこりと顔を出した。
「あれ?どっか行くの〜?」
「おう!ちょっと野暮用だ!」
「ふーん。いってらっしゃ〜い」
パタン、とドアが閉まる。
喧騒が去り、重苦しい静寂だけが残った。
「エミリー」
「おはよ〜」
「あぁ、おはよう」
彼女はいつも通りに振る舞っている。
だが、その笑顔の端には、隠しきれない疲労が滲んでいた。
「……」
「……」
「ニュース見たか?」
「うん。見たよ〜、便利屋で生きるのも大変だよね〜」
「その代わりなんの責任も無いけどな。自由なもんだよ」
「手に職付けないなんてアタシには考えらんないね〜」
軽口を叩き合う。
それが今の俺たちにできる、精一杯の“平常運転”だった。
崩れそうな心を、薄氷のような会話で支え合う。
「褒め言葉として受け取っとくよ」
「褒めてませ〜ん。……そういえばハンナは?」
彼女が核心を突く。
俺は一瞬、言葉に詰まった。
「……家出したらしい」
「えっ?ウチを?」
「あぁ。もう一回くらいかけてみようか」
再度、脳内通信を試みる。
……だが繋がらない。コール音すらなくなった。
完全に遮断されている。
「やっぱ、繋がらない。……黄金郷にいるらしいけど」
「実家に帰られちゃったんだね〜」
「……ふふ、ダメなボーイフレンドだな」
エミリーが不安そうに俺を見上げる。
「いいの?行かなくて」
「今行けば、あいつらに怒られるからな。……それに多分、わざとだ」
「わざと?」
「アートの弔いをしなくちゃならない時に消えることで、自分のやりたい事の時間を確保してるんだ。……邪魔されたくないんだよ」
彼女は、俺たちがアートをこのまま置いていけないことを知っている。
だからこそ自分が先に行けば、しばらくは俺たちが追ってこないことを知っている。
その時間で、彼女の成したいことを成そうとしている。
それが何かは彼女しか分からないけど。
「そんなに強かになったの〜?あの子」
「っふふ、あぁ。自慢の彼女だよ」
俺は拳を握りしめる。
口では強がっても、心臓は早鐘を打つ。
どこにいるか、なにをしているかが例え分かっても、心配なことに変わりはない。
「へぇ〜」
「それに、黄金郷に行ってるなら殺されることはない。あそこは文字通り親父の天下なわけだ。こっちから見たら家出だけど、あっちから見たら家出少女のご帰宅なんだからな」
「……それもそっか」
「加えて!」
俺は自分に言い聞かせるように、言葉を重ねた。
「もし黄金郷に行ってなくてもそこらのチンピラには負けないぐらいの強さを持ってる。……昨日の行動で確信したよ」
力強い手でエレベーターの扉を止めた、あの時の彼女の姿。
あの瞳には、もう守られるだけのお嬢様の色はなかった。
「……そこまでガールフレンドを信頼する勇気、彼にはなかっただろうな〜」
エミリーがぽつりと呟く。
確かに、アートはそういう男だ。
だがどちらも形が違うだけの、愛だ。
そこに優劣なんてありはしない。
「……それが、あいつの良いところ、だからな」
優しすぎて、不器用すぎた親友。
「えへへ、アタシ、大事にされてたな〜」
エミリーが笑う。
その笑顔は泣き出しそうで、けれどどこか誇らしげで。
俺の胸を強く締め付けた。
「最期、くらい、ちゃんと、会話したかった……なぁ」
「俺も殴りあって、終わっちまったな。……ちくしょう」
上を見て、俺は沈黙した。
エミリーの息を殺したような嗚咽だけが部屋に響く。
今はただ、この虚しさだけが、俺たちへの罰であり、救いだった。




