表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
THE SCRAP DREAM【第3章完結】  作者: Mr.G
第4章-Artist-

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/62

第59話「Hero」

 

 理解を拒んだ。

 脳が何も機能しなかった。


 今、俺の目の前では何が起きた?

 何を、分かればいい?


 ただ一つ、反射的に「ビル!」とだけ叫んだ。次いでマイケルが「あの窓だ!」と言ったはずだ。

 ビルは見た事もない怒りの表情をして、血眼で銃声の方向に走っていった。


 目の焦点が合わない。

 瞳孔が開く。


 そこから先は何十秒、何分、突っ立っていたままだったか分からない。

 マイケルが急いでアートに近づいた。


 雨の染み込んだ道に、アートの頭から出た血が絶えず混ざり合う。

 揺すらないよう慎重にマイケルがアートの首元や胸元を調べる。


 口元に耳を近付け、最後には自身のコードをアートのコネクタに繋いだ。

 その後彼は重々しく、口を開いた。


 少し躊躇ったように口を閉じ、意を決したように再び俺らの方を向く。

「……救急信号の断絶。……駄目だ。特殊弾だ。緊急生命安定(EVS)インプラントも停止している。……もう、間に合わない」



「……嘘だ」



 ――全ての音が遠のく。



 雨の音も次第に聞こえなくなった。



 嘘だ。

 アート。

 ……嘘だ。


 なんでだ。

 なんで。


 ……何故お前が。

 こんなにも……、こんなにも苦しんでいたお前が!


 何故!

 なんで、救われないんだ……!


 なら、残された俺たちは、一体どうすればいい?


 俺は……また、何も、救えなかったのか!


 姉さんも!ジュニアも!果てはアートすら!

 俺は救えないのか!

 ……俺には何も、救えないのか!


 なんでだ。

 なんで俺の大事な人間ばかりを……!


 何が目的だ!

 神か!エドワードか!

 誰がこいつの命を奪った!


 誰の恨みだ!

 何のために!

 何のためにこいつが死ななくちゃいけないんだ!


 ……この世界では金が全てなんだろ?

 なら救え!救ってくれ!


 誰でもいい!

 神か?名医か?

 悪魔でも、蛇だってなんだって構わない!


 こいつを救える奴がいるならいくらだって払う!


 ……何が特殊弾だ!


 そんなもので世界有数の富豪が死ぬってのか?

 この世界で最も持つ者(HAVES)の最期がこれか?


 ……何が、希望の街だ。

 希望だけを夢見て死ぬことが一番幸せだとでも言いたいのか!

 

 ……ふざけるなよ。

 こいつはまだ、まだまだ生きて。

 俺らと笑い合って、ふざけ合って生きていくんだ!


 なぁ!アート!そうだろ?

 目を……覚ましてくれ。


 頼む。


 もう他には何も望まない。


 ……ただ目を、開けてほしいだけなんだ。




 ――静寂が止む。

 雨の音、それをかき消すようなエミリーの泣き声。

 その全てが聞こえた。


 マイケルは俺の隣に立ち、エミリーはアートに覆い被さって号泣している。

 先程の言い合いよりも遥かに大きい声、大粒の涙。


 俺の感情を凌駕するような悲鳴。


 あぁ、そうだ。


 きっと、そうだ。

 まだ、まだ助かるかもしれない。


 「どけ!」

 俺はエミリーもマイケルも押しのけ、アートのそばにかけつける。


 死戦期呼吸……無い。

 EVS……、停止確認。


 ……っ、胸骨圧迫を、開始。

 彼の体は波打つように揺れ、手から伝わる冷たさが俺の心に響く。


 だが、やめない。

 やめる、わけには……。


「……アート!俺を置いて死ぬな!俺はまだ話したいことが山ほどある!」


 何度も、何度も、何度も彼の胸骨を押し、押しては戻す。

 こちらの呼吸は徐々に上がってゆく、しかし彼の息は一向に吹き返さない。


「なぁ、アート!……俺ら、初めて会った時も散々だったよな!……殴りあって、罵倒しあって。今だってそうだ!……ロブん所でも殴りあって怒られた事もあったよな!」


 届かない。

 彼の耳は確かにそこにある。

 だが届かない。


 今触れている身体は、彼を彼とたらしめるには決定的な何かが足りないのだ。


「……何か悩みがあるなら聞くって、俺ら、兄弟だろ!辛いことがあるなら、なんでも巻き込んでいいって!こんなことに、なる前に!……なぁ、アート、なんでだ。……なん、でだ」


 どれだけ涙が流れても、雨と共に流され落ちる。

 腕に力を込め、どれほど丹念に彼の心臓へ働きかけようとも、その努力は届かない。


「ユウト……。もう」

 マイケルが後ろから俺の肩に手を置く。

 

「……うるさい!黙れ!まだこいつは助かるかもしれないんだ!」


 肩にのった手の力は強くなる。

「……君が心を乱せば、他の者はどうなる?今は、今だけは堪えろ」


 その言葉にハッとして前を見る。

 声にもならない声で泣きじゃくるエミリー。


 まるで先程の俺のように呆然と立ち尽くすハンナ。

 それぞれが今、自身の心を喪失している。



 ――そうだ。


 ……悲しいのは俺だけじゃない。

 今は、俺がしっかりしなくちゃ。


「エミリー、とりあえず安全な場所に戻ろう。ここに居ちゃ……、駄目だ」


 俺が動きを止めると、アートの下に再び覆い被さって泣いているエミリーの背中を軽く擦る。


 マイケルに目線を配る。

 彼はエミリーを立たせて、背中を支えた。

 そのままアートを担いで、彼らは用意していた車の方へ向かう。


 彼らが行った後、血溜まりの中にあった写真を拾った。

 あぁ。この頃は……。



 ……ハンナにも声をかけなければならない。

 胸ポケットに写真をしまい、俺は振り向く。

「ハンナ。一旦、向こうに行こう」


 そうして声をかけると、彼女は口を震わせ、目は一点を見つめるばかりだった。

 半ば放心状態の彼女からは生気が感じられなかった。


 だが確かに何かをボソボソと呟いているのが分かる。

 全く動かずにその場で震えっぱなしの彼女を心配して、顔を覗く。


「ヨハンナ?」

「私の……せいだ。私の……。私が……。なぜ?どうして?」


 ……まずい。

 彼女はネイキッドだ。


 もちろん感情制御装置はついていない。

 このままでは精神的な負荷が大きすぎる。


「ヨハンナ!ヨハンナ!」

 俺が目の前で大声を出すと、彼女はハッとしてこちらを見た。

「ユウト!ユウト!アーサー様が――!」

「ダメだ。今は何も考えるな。とにかく、こっちに」


 俺が彼女を支えてマイケルの背中を追う。

 女性陣を席に着かせ、自分も座席に座った。


 今は何も考える気にならない。

 考えてもならない。

 せめて、家に着くまでは。


 車内でどれ程の時間が経ったか。

 何故、この周囲はこれほどまでに雨の響きを許したままなのか。


 ルーフに当たるその音が、鬱陶しく、蹴り上げたくなる衝動に駆られるが、その煩わしさは無を思い出させるのに精一杯だった。


 黙って下を向いて、ただその事実を受け止め続ける。

 やがて、増してずぶ濡れのビルがバンのドアを開けた。


 「どうだった?」そう聞こうとしたが、その前に彼の怒りの震えが見え、俺の口を噤ませた。


「……自殺してやがった」

 ギリギリと口を噛み締める音が聞こえた。

 ならば無理もない。怒るに決まってる。


 彼の腰には愛用の銃。

 少し、硝煙の匂いのするそれの弾倉が見当たらない。


 恐らくその死体は今頃見るに堪えないのだろう。


 何故?犯人の目的は?

 考えればそんな疑問が次々と浮かぶが、今はそんなこと、どうだっていい。


「……そうか。行こう」

 重く激しい雨の中、俺らはただ、車を発進させる。


 そうして車内の俺たちは、その目的地となるアートの家に辿り着くまで、遂に一言も喋ることはなかった。


 その間、ただ胸ポケットに入れた写真の端だけが密かに反射していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ