第6話「Bar, Bill, Butt」
「しかしクラシックスに有益な情報なんてあるのかね?」
アートが不安そうに話した。
ネオ・フランシスコ周辺では、ここ最近ギャングは増えている。
当たり前と言えば当たり前だが、自身の身を守るためにチームやコミュニティ、自警団を作るやつは後を絶たない。
中にはチンピラにも満たないような集団や、キャンディマンのコミュニティも存在する。
その中でもそこそこの知名度があるのが、ビルの所属するクラシック・ボーイズ、通称クラシックスだ。
設立理念は、古き良きアメリカの精神を取り戻すこと。訳が分からないが、ノーシェル、ノーサイバーみたいな事だ。
え?ビルはサイバー化してるし、人工皮膚も付けてるって?
ビンゴ!その勘の良さなら、ここでもやっていけるだろうな。
最早クラシックスの理念なぞ守ってるメンバーはどこにも居ない。時が経つとチームってのは腐っていくもんさ、ゴッドファーザーでも居ない限りな。
だから今はただの変人共の集まり。良い奴も悪い奴も、まぁまちまちだ。だが、幸いにもビルってのは運の良い奴で、ここの善人に拾われたんだ。ストリート育ちなんてそんな生まれの奴が大半だろうけどな。
……ともかく当初から作戦の2本目に期待していない理由はここだ。望みが薄すぎる。
ここで情報を集めた所で何にもならない可能性が高い。
しかもここ最近のギャングの増えようには警察も頭を抱えているらしい。結構大規模な摘発も行われているとか。
だからそっちにばかり力が入って、電子ドラッグなんか耳にも入ってない可能性がある。
アートが心配している理由もこれ。その辺もまぁ、行ってみれば分かる事だ。
「あ、そういやァよ」
ビルがおもむろに静けさを割った。
「なんだ?」
「スミスがくれるって言ってた移動手段どうすんだ?」
「あー……。こっちが情報嗅ぎまわってるのは薄々感づかれてるだろうしな。ちょっと貰いに行きづらいな」
「だよなぁ。シクったな」
「だけどビル。ジョンが言ってたアレはまだだぜ」
俺は薄ら笑いを浮かべ答える。
「アレ?……あー、アレか!」
「え?なになに?なんかくれるって言ってたの?その名無しの人」
「それがよ!純正サイバーパーツならいくらでもくれるンだってよ!返さなくてもいいってよ。流石だよなぁ。こんだけやっても痛くも痒くもねぇってワケだ」
「確かに、どこの企業様だってこんなに豪華な支給品は無いな。寧ろ無いことの方が多いくらいだ。そう考えると財閥ってのは本当に……」
俺は上手く回る舌に釣られて乗り出した言葉が喉に引っかかる思いがして、口を止めた。
「本当に……失敗は出来ない」
ため息交じりに出たそれは本心だった。
「こんな奴ら相手じゃシクジった時、最悪殺されるぜ」
「うん、そうだねぇ。僕もそう感じるよ。……っていうか、そんなことしなくても僕に声かけてくれればうちの製品ならあげるのに」
「そりゃあ、そうかもしれないが……。俺らだって俺らで掴んだ物で自分を語りたいだろ」
「キャー、ユウト君カッコイイー!アタシーちょっとタイプかもー♡」
「おい、茶化すなよアート!……ったく」
「……まぁ冗談は置いといて、多分うちで用意するよりも遥かに良い製品がズラっと並んでるだろうしね。いいなー僕も見てみたいや」
「確かにな、これが終わったら連絡してみるか」
「オマエら、盛り上がってるとこ悪いけどよ!そろそろ……着く……ぜ……」
ビルが何やら怪しげに奥の建物を、いや、その手前を眺めた。
目の前に見える建物はBAR『SHINER』、名前からも分かるかもしれないが、古来アメリカで行われた密造酒の密造所をモチーフとしたBARだ。
まぁこれが奴らの言う古き良きってヤツ。ここを経営してるのかクラシックス。表の顔はBAR、裏の顔はクラシックス本部みたいな事だ。
周知の事実だからどちらも表の顔だが……。今はそんな事はどうでもいいか、……何やらワケありだ。外に警官が10人は立ってるし、パトカーに待機してる奴もいる。
まずいな、大規模摘発の手がここまで来てるのか?
「Aye Carumba、なんか大変なことになっちゃってない?」
「オイオイオイ!どういう事だァ!?これは!このビル様を差し置いて揉め事起こそうってンじゃねぇだろうな!!」
「おいビル!待て!……ったく」
「あーあ、ありゃ止めらんないね」
勇み足で啖呵を切ったビルは堂々とそのNFPDの一団に突っ込んでいく。
「誰だ?……ここの連中の1人か?」
「そうだ!オレはビル!ビル・クラシック!俺の仲間に何か用か!」
「ハァ、あのな。俺たちだって好きでこんな辛気臭い所来てる訳ねぇだろう。市民から通報があったんだよ。こいつらが騒がしいってよ」
確かに良く見ると店の中が荒れていた。まるで嵐が去った後の様だった。
「ビル!俺らが悪いんだ!余り刺激せんでくれ」
「何ナマ言ってやがんだ親父!さっさと追い返すぞ!」
今ビルに声をかけた恰幅の良い男、NFPDの連中の矢面に立たされている人物は、クラシックスのトップ、ドン・シルヴィオその人だった。
「ユウト!アート!オマエらは引っ込んでていいぞ!コイツはファミリーの問題だ!」
「おい!ビル!手を出す出さないじゃなくて、争わない方法を考えろって!」
「ホント、ユウトに全面的に同意だね」
俺らがこんな押し問答をしていると、何やら1人の警官が、1番上の警官に耳打ちをし始めた。どうやら俺らを見て話している。なんだ?……何かやらかしたか?
「……おい、クラシックスさんよ。あんたらも程々にしとけよ。おいお前ら!今日のところは帰るぞ」
そこにいる警官のまとめ役は、どうやら急に帰る選択肢を取ったらしい。
一体何だ?……まさかとは思うが……。と考えていると更にビルが煽る。
「オイなんだ!!ここまで来て帰るってのかよ!!腰抜け共が!!」
その声を聞いて呆れながらNFPD共が車に乗ると、1人の若い警官が声を上げた。
「巡査部長!なぜ帰るのですか!!奴らをここで叩きましょう!!今なら逮捕する事も出来ます!!このチャンスを……!!」
「おい、マイケル。俺ら下の者にはどうにも出来ねぇこともあるんだよ。帰るっつったら帰るんだ」
「くっ……!……分かり……ました」
そう言い、彼らはビルの罵声を背に浴びながらこの場を去った。
「おい、ビル。あんまり無茶すんなよ」
「ハッ、あの腰抜けどもに無茶もクソもあるかよ!」
「荒れてんねぇ。ファミリーの事になるとすぐこれだもんな」
「全くだ!ったく……あんま俺の面子を潰すなよ。ビル」
そう言って割って入ってきたのはドン・シルヴィオだった。
「親父さん、どうも。お久しぶりです」
「おう、ユウト。最近エライ暴れてるらしいじゃねぇか、えぇ?あんま派手にやりすぎんなよ。ウチの若ぇのがお前に噛みつきに来るぞ、ガハハ!」
「ハハハ、頭に入れときます。もし本当にそうなったら返り討ちにしてもいいっすか?」
「あぁ、そうしてくれ。そうでもねぇと収まんねぇ奴らだらけだぜ……世話の焼ける……」
「シルヴィオさん!僕もいますよ!色々とお世話になってます!」
「おぉ!ハリソンの所のドラ息子か!元気か!」
「たはは、相変わらず手厳しいなぁ。今後もうちをよろしくお願いしますよ!」
「お前には何も頼まねぇが、お前の所では今後も世話になるつもりだから心配ねぇよ。もし切るとしたらお宅がウチを切るってのが現実的な所だな!ガハハ!」
「そうはさせませんよ。僕が継いだら特にね」
この相変わらずの竹を割ったような性格!これがこの大きな集団をまとめる胆力って所だな。
今の会話でのアートの周到さ、狡猾さもそうだが、同じくシルヴィオも敵にしたら怖い相手だ。
そして、ビルを拾ったのも何を隠そうこの人。
まぁ裏社会での俺の親もこの人みたいなもんだ。とにかく、ここにいる誰も足を向けて寝れない人物であることに違いない。
これはクラシック・ボーイズの規模の力ではない、この人物のその人となりがそうさせているのだ。
「おい!そんなことより親父!一体何があったってんだよ!店の中もあのザマだしよ!」
確かに。店内にはクラシックスのメンバーがぞろぞろといるが、多くは争った形跡のある者ばかりだ。ただ、壁の傷を見る限りこれは……。
「店内の荒れは奴らの所為じゃねぇ。……俺らの内部抗争だ。ちょっと派手にやり過ぎちまってな、サツを呼ばれたみてぇだ。」
「何があったんです?」
「……中で話そう」
そうして俺たちはボロボロの店内に入った。
***
「こいつらに酒を出してやれ」
「へい」
「そンで何があったんだよ!親父!」
「ったく、おめェは酒も待てねぇのか」
「さっきの話聞いたらそりャあそうだろ!」
「……」
ウイスキーがショットで皆の目の前に出された。
「Salute」
そう言いながら全員で飲んだ酒は、これからを象徴するような重々しい味がした。
「……ドラッグだ」
「え?」
「今の若ぇ衆をまとめてる奴がよ、ドラッグを売り捌いてたらしい。俺ぁそれだけはやめろって言ってよ、それでこのザマだよ」
俺らは絶句した。これはマズイ、この組織の分裂に発展する危機ですらある。
それ程までにこの状況は逼迫したものだ。なぜなら……。
「いや……、親父さん、だってそいつ」
「……シルヴィオjr、息子さん、だよね」
「マジかよ……」
こりゃあ大変な事態になった。余程エンジェルなんて言ってる場合じゃないらしい。
「そのドラッグってのは現物?それとも電子?」
「両方だ。とにかく利益の出るもんは何でもやるって言ったな、あの馬鹿。ドラ息子ってのはお前さんの事じゃなくて、どうやらウチの息子の事の方だったって訳だ」
「親父……」
「……エンジェルって電子ドラッグに聞き覚えありますか?」
「いや、ねぇな。……あぁ、なるほどな。それを聞きに来たのか?」
「はい。少し情報集めをしたかったんですけど……」
「悪ぃな、力になれそうにねぇ。この有様じゃな」
「どうやら、そうみたいです。すみません、大変な時に邪魔してしまって」
「ガハハ!またいつでも来い、お前らもファミリーみたいなもんだ」
「……ありがとうございます」
「オレは少し残って、ここを片付けてから合流するぜ」
「あぁ、ビル。それでいい」
「うん、その方がいいね」
「心配らねぇよ。お前らはお前らのしたい事してろ」
「なら手伝っても問題ねぇな、親父?」
「ったく……好きにしろ」
そうして俺とアートはその場を後にした。
***
俺らは、ビルを待つ為にナカトミに行こうとしている道中だった。
「まー、でもしょうがないね。こうなったら情報屋に聞くしかないや」
「はぁ、コストのかかる仕事だな」
「でもいいじゃん。それよりも莫大な利益が待ってるでしょ」
「まぁそれはそうだが……。そんなことよりアート、気づいたか?」
「あー、あれ?」
「ビルは気づいて無さそうだが……」
「だろうね。ずっとうるさかったしね」
「……グレイスの後ろ盾がNFPDにも及んでるな」
「だね。僕たちの名前を聞くや否や、退いたもんね彼ら。今や君たちを邪魔する公共物はありはしないよ。信号は必ず緑!車は必ず退くし、政治家はお辞儀するだろうね!」
「ホント、アウトロー以外は何でもござれだな」
「だからこそ、エンジェルみたいな裏情報の話が入ってこないってのは本当なんだろうね。企業とアウトローの対立構造の溝は思ったより深そうだよ」
「それか、そう思うように仕向けられてるかのどっちかだな」
「相手が相手だ。そう考えることも考えすぎじゃないと僕も思う。ただまぁ、今は彼らが味方であり続けてくれる事を願うしかないよ。手も足も出ないもの」
「……むずがゆいな」
「珍しく、ね」
なんて言ってる間にナカトミに入った俺らは腰を据えてカウンターに行こうとする。
「……じゃあここからは情報屋にエンジェルの情報を聞くこと、ジョンにサポートを頼むこと、この2つを経てからスミスの所に向かうとするかな」
「そうだね。……あ!……ちょっと予定変更!」
「え?なんかあったか?」
「そこのウェイトレスのお姉さーん!君綺麗だね!お名前なんて言うの?」
「あぁもう……アート!!」
俺らは皆、何があっても平常運転しか出来ないみたいだ。