第54話「[I/We] think」
ドアが開くその刹那、マイケルが重力を無視したように壁を蹴り、エレベーターの天井の隅へと張り付く。
完全にドアが開いた。その向こう側、待ち構えていたのは四、五人のスーツ姿の男たち。
全員が小銃を構え、銃口はこちらの身体を捉えていた。
目が合い、思考が凍る。
引き金に指がかかっているのがスローモーションのように見えた。
――間に合わない。
だが、俺たちの絶望よりも早く、頭上から紫色の死が降り注いだ。
「――!!」
静かな殺気と共に、マイケルが天井から落下する。
彼の手には、いつ抜いたのか、お馴染みの超高周波ブレードが握られていた。
キィィン、という心地の良い耳鳴りのような駆動音だけが鼓膜を打つ。
男たちが反応し、銃口を上げようとした瞬間にはもう遅かった。
ただ一閃。
空気を裂く音と共に、男たちが持っていた小銃の銃身が、飴細工のように斜めに切断され、ゴトッと床に落ちた。
ただ、それだけで止まればまだ彼らにとっては幸運だった。
目の前の男達の上半身は今、その飴細工と同様に転がっているのだから。
断面からは火花が散り、身の電気回路が見える中、その体は全く動かなくなった。
「オールクリア」
マイケルが刀身についた血と油を振るい落とす。
その間、わずか三秒にも満たなかった。
「よし、褒美は何がいい?」なんてふざけている余裕があれば言いたい所だが、生憎そんな時間は無い。
なぜなら、その奥にある広大なオフィスフロアのパーティションの向こうから、怒号と共にさらなる増援が雪崩れ込んできたからだ。
「ビル!ハンナ!二人も前線だ!エミリーはどうにかしてエレベーターを動かしてくれ!」
「「「了解!」」」
「……ハッキング完了まで3分くらい!死ぬ気で守って~!」
エミリーが操作パネルに端末を接続し、勢いよく仮想キーを叩き始める。
俺たちはエレベーターホールから飛び出し、近くの柱やデスクを遮蔽物にして滑り込んだ。
「久々の運動だぜェ!オラオラオラオラァ!」
ビルが雄叫びを上げ、二丁の愛用サブマシンガンが火を吹く。
ドラム缶を叩くような重低音が連続し、無数にばら撒かれた薬莢が金属音を立てて床に降り注ぐ。
ビルの弾幕を受けたオフィスの一角、洒落たガラスのオブジェや観葉植物が、瞬く間に粉砕され、破片と粉塵となって舞い散った。
だが、敵の数がおかしい。
倒しても倒しても、奥の部屋から湧き水のように黒服が現れる。
「くそっ、制圧射撃がきつい!顔も出せねえぞ!」
俺が隠れている太い大理石の柱が、敵の集中砲火を受けてガリガリと削られていく。
石の破片が頬を掠め、熱い痛みが走った。
マイケルは応戦するハンナを庇いながらブレードで弾丸を弾いているが、ジリジリと後退を余儀なくされている。
――いや、待て。
違和感がある。
俺は柱の影から一瞬だけ顔を出し、すぐに引っ込める。
だが、俺の頭があった空間に弾丸は飛んでこない。
代わりに、足元の床や、隠れている柱の縁ギリギリを削るような射撃音だけが激しくなるばかりだ。
……何故だ? さっき顔を出した瞬間、今のタイミングなら、確実に眉間を撃ち抜けたはずだ。
奴らの腕なら造作もないはず。
こちらの急所ではなく、足元や、身を隠している遮蔽物の縁だけを正確に狙っているように見える。
まるで、俺たちをここから動かさないことだけを目的としているような。
殺そうと思えば殺せる距離で、奴らは決定打を避けている。
目的は威嚇か?制圧か?
そう考えると、受付での出来事もこの違和感を助長させている。
アートは俺らが入ってきたことを当然認識している。
そうであるならば当たり前に起こるはずのことが全く起こらない。
一流のメガコープともなれば最高峰のセキュリティを誇らなければならないのだ。
俺らをのこのこと入れるわけがない。
あぁ、つまりこれは誘導。
俺らはアートに導かれている。
俺らに助けに来て欲しいってのは当たりかもしれない。
あいつ風に言うなら大当たり、ってな。
……だが、例え誘導ってのが大当たりだとしても、それはこれを除かない理由には全くならない。
「エレベーターが動く度に止められて、毎回こんなことされてたら終いには腱鞘炎になる!エミリー!まだか!」
「頑張ってるから〜!あとちょっと、ファイアウォールが思ったより分厚いの〜!もう少し耐えて〜!」
「もう結構耐えてます!」
ハンナにしては珍しく、エミリーに言い返すことをした。
それ程までに仲が縮まったか、切羽詰まっているのかのどちらかだろう。
恐らく両方だと思うが、それにしみじみできる環境を今どれだけ望んでいることか。
だが鋭い一声で流れを止めたのはマイケルだった。
「私が殿を務める。君たちは先に行け!」
「馬鹿言え!こんな中置いてけるか!」
「だがこのままでは一生辿り着けない!」
浴びる弾幕をチラリと見ながら、またマイケルに視線を戻す。
「だけど……!」
彼と押し問答をしているとエミリーが大きな声を上げる。
「やった、天才かも〜!皆、動いたよ!来て~!」
「3人とも行け!」
マイケルが手を後ろに仰ぐ。
自分を置いて、先に行けということだろう。
「……くそッ。……死ぬなよ」
「そちらもな」
俺はマイケルを横目にエレベーターに向かい走る。
最悪這ってでもすれば銃口はこちらを捉えられない。
ハンナもビルもそれに追随して向かってきた。
かなり動いたので彼らにも疲れが見える。
「よっしゃァ!さっさと行っちまおうぜ!」
「……」
3人仲良くエレベーターに乗り込み、エミリーの方を見る。
「エミリー!」
「は〜い!」
何とか凌ぎきった。
息も絶え絶えにエレベーターのドアが閉まりかけた時、ドアの縁を掴み、強引に止めた華奢な手があった。
その手の主はハンナだった。
「マイケルを置いてはいけません。私も残ります」
それは今までの彼女を見ていれば信じられないような、衝撃的な発言だった。
「なっ、いや。ヨハンナ、落ち着け。お前まで……」
彼女はじっと俺の目を見つめた。
「……だからこそ、行くの」
そこから伝わるのは覚悟と意志。
その美しい亜麻色の髪を切り落とした時と同じ、あの繊細で豪胆な鋼鉄の精神が今、目の前にあった。
これを無下にするのは彼女をここで失くすよりも残酷な事だ。
直感で俺はそう思った。
「……分かった。マイケルを頼む」
「えぇ。必ず」
ハンナに向かって俺は拳を突き出す。
ハンナもそれに即座に応じ、グータッチをする。
揃ってエミリーとビルとも律儀に拳を交わすと、ハンナはエレベーターの外へと勢いよく飛び出した。
彼女の細くたくましい背中を最後に、エレベーターのドアは再び閉まった。
今日の初めとは全く違う、重たく、熱い空気がエレベーター内に充満した。
「良かったの~?ハンナを行かせて」
「……行かせないより、よっぽどいい」
「強くなったなァ、相棒も。あのお嬢サマも」
「……」
俺は目を瞑って、エレベーターが到着するのを静かに待った。
全身に上昇する重力がのしかかるのを感じる。
今はただ、目的のみを考えよう。
他の事は全てただの雑念に過ぎない。
仲間が作ってくれた道だ。
それ以上何も考えるな。
無駄にしちゃいけない。
「どれだけ外から操作されてもアートのいる階に辿り着くようにしたから安心してね〜」
「ッし!そろそろご対面ってワケだな!」
……待ってろよ、アート。
こっちも遊びじゃなくなってきたぞ。




