第53話「Therefore」
天気が悪い。
もうそろそろ雨が降りそうな雰囲気だ。
くもりガラスに鈍色の空が映る中、その反射に呼応するように胸元の写真が顔を出す。
昨夜の話の発端となった集合写真を、俺はここぞとばかりに持ってきていた。
ロブ曰く予備もあるらしい、1枚くらいならやるって言われた。
アートに見せれば感傷に浸れるかもしれない。
念の為。
御守りみたいなもんだ。
それを胸ポケットの奥へ押しやり、ハリソン本社を見上げて、目を細める。
「久しぶりだな、ここも」
「来る度に言ってる気ィすんな」
「摘発以外でビッグハンドの一指に訪れる日が来るとはな」
ビルの台詞には同意出来るものの、マイケルの言葉には顔をしかめるしかない。
「警察がメガ・コープの摘発なんてした事ねェだろ」
全くビルの言う通りだ。
にも関わらず誰の制止も耳に入らないようで、まだマイケルはうわ言のように続ける。
「……あぁ。これが初めてだ」
「だから摘発じゃねぇんだって、アートの目を覚ましに行くの!大体お前、今はNFPDにいないだろ!」
「現行犯であれば私人逮捕も可能だ」
「……ったく付き合ってられるか」
堪らず突っ込んだ俺も、これにはお手上げだった。
もう勝手にしていてほしい。
「お嬢様は緊張しねェのか?外にも連れ出してもらったこと無ェなら、企業も緊張すんだろ」
「えぇ、こちらからお伺いした事はありません。でも、ハリソン社様には何度かお会いして、面識のある方々がいます。とても良い人達でしたのでまたお会い出来るのが楽しみです」
こっちの会話はまともかと思いきや、社会科見学のような気持ちでここに臨んでいるお嬢様もいるようだ。
その“良い人”ってのは俺らの前でもそうしてくれるのかな?
「……大変だね〜」
隣でそう言うエミリーの声を聞いて一安心だ。
本当に、彼女が居なければ俺はそろそろ過労死しているだろう。
「勢揃いで来るべきじゃなかったかもな……」
「でも待たせるのも、それはそれで難アリだもんね〜」
まさしくその通り。
ここまで思ったことをスラスラと言葉にしてくれると気持ちの良いものだ。
「それもこれも全部アイツのせいだ。さっさと行って責任とらせよう」
「賛成〜!バッチリ決めちゃお〜」
立ち止まってばかりも居られないわけで、エミリーのそのかけ声で俺らは本社の入口に向けて歩き出す。
しかしその一歩二歩というところでビルがボヤいた。
「だけどホント、スーツってやつは動きづれェな」
「お前が言い出しっぺだろ」
「いいだろ?『ブラック・ヴェンデッタ』みたいで」
他人事みたいに文句を言った彼が出したタイトルは、最近巷で流行っている映画のものだ。
確かに最後は主人公達がスーツ姿で悪徳企業を潰すという爽快アクションがテーマの人気作だ。
ただまぁ結局、そんな映画もエンタメとして企業が作ってるわけで。
「ほら、こういうのが好きなんだろ?現実では全く敵わない我々を壊滅させる妄想で耽って、お前らは金だけ払ってるんだな」って言われてるんだから無抵抗で受け入れたくはない。
しかしビルが影響されるように、エンタメ作品として完成されているのは事実だ。
最近流行りのリバイバル映画をダラダラと見るよりはよっぽど良い。
「あぁ、スーツ買った時からおかしいなと思ったんだ。あれに感化されたってわけか」
「これなら屋上でド派手なアクションもいけるぜ!」
「……お前ら本当、ここに何しに来たんだ?」
言いたいことは分かるがそれをメインにしてもらっちゃこっちも幾分困る。
今から企業に乗り込んで社長にカチコミに行くなんて成功する方が少ないに決まってる。
例えそれが友人の会社だとしてもだ。
本当にこいつらは今の状況を分かっているのだろうか。
そう永遠に愚痴る事は尽きないわけだが、俺は既に彼らの強さを知っている。
言いたいことはもちろん言っていいが、その分やることはきちんとやってもらう。
……じゃないと困る。
そんなこんなで受付の前に立って、もはや見慣れた受付のアンドロイドを相手に話すと、どうも埒が明かない。
こちらの言うことを理解できないわけでもないらしい。
ただ通せないと。
「いやだから、俺。ユウトだってば。アートの友達。何回もここで話してるだろ?」
「アーサー様は多忙のため、本日はお受け出来ません。お引き取りください」
……受付拒否ね。
早速イレギュラーってわけだ。
俺は悪態をつき、エントランスを隅々まで見渡してからその視覚データをビルに転送する。
大手テック企業にも関わらず、誰も客のいないフロントロビーに、やけに静かなセキュリティカメラという“格好”のデータを。
「……あーはいはい、そうかよ。なるほどね。……ビル、マイク」
「あいよォ!」
俺の言葉に反応したビルがまず、エントランスに仕掛けてあるセキュリティカメラを瞬きの速度で全て壊した。
二丁の銃声が次々と連続で鳴り響くがそんなものはお構い無し。
「警察だ。一時的に契約を破棄し、こちらに主導権を渡してもらおう」
「……承知しました」
ビルの番が終わるとマイケルはNFPD時代のバッヂを受付嬢の目の前にかざした。
するとアンドロイドは返事をした後、即刻動かない人形になった。
「お、これぞ人権の冒涜だな。目の前で初めて見たぜ」
このようにNFPD職員にはヒューマノイド及びアンドロイドの全権限を奪えるようなコードが与えられている。
WILL型だろうがNO-WILL型だろうがそんなものは全くお構い無しだ。
昨今では彼らにも人権が与えられている中、これが侵害に当たるという声は多い。
その声が本部に届くかはまた別として。
大企業様がそれに対策してないわけが無いって?
あぁ、もちろん。その通りだ。
じゃあその次も分かるだろ?
NFPDが企業スパイを送って無いわけがないってことも。
――さて、そんな事よりあれが見えるか?
カメラが起動中で一台残ってる。
ビルの奴が取り逃したのかって?
いやいや、そうじゃない。
というか皆もこうするのをおすすめする。
もし真正面から何かの施設に侵入したり、どっかの組織と争う機会があって、そこにカメラがあるなら尚更。
そう、このためにな!
俺は受付カウンターの上に土足で上がり、天井の隅を見上げる。
稼働しているレンズの奥にいるであろう親友に向けて、堂々と中指を立てた。
「アート、見てるだろ?待ってろよ。直ぐ迎えに行ってやるからな」
俺がそう言い終わるやいなや、背後からこちらの眼前に向かって、掠めるように銃弾が飛んできた。
それと同時に目の前のカメラは壊れ、俺は仰け反る。
小さく声が漏れ、宙返りをする。
着地に成功した後、後ろを振り向きビルを見た。
「危なっ!もっと離れてから撃てよ!」
「寝てる時にこの距離で撃った時あったろ?お返しだぜ」
「……思い出させるんじゃなかったなぁ」
思い出話には良い面と悪い面があって、これが悪い面。
今となっては忘れていたはずのムカつく事を思い出して、無性にやり返したくなる時がある。
それでもまたぞろぞろとエレベーターの中に入り、アートのいる階を目指してボタンを押した。
長い時を要する高層のエレベーター。
窮屈な原因は人数か、スーツか。
先程よりは幾分かピリッとした状況で長く待たされる中、ハンナが不安そうな顔をする。
「……これってもしかしますと、安全に入る手立ては無くなりましたか?」
不安そうに訊ねる彼女にエミリーが笑う。
「ないね〜」
俺はため息をつく。
「天下のハリソン・プラザで社長室まで戦いながら目指せってことか。あぁ、考えうる限り最高のシナリオだな」
「全く同感だぜ、相棒!」
もはやお得意の皮肉にすら対応しなくなったビルを見て、ため息は今後飲み込むことを決意する。
「駄目だ。今日こいつらと会話するのは諦めよう」
「機密保管室の場所が見当たらないな」
その隣でエレベーター内にあるマップと階数をじっと見ているマイケルの肩を叩く。
「いいから集中しろ!じゃないと途中でエレベーターが止まって――」
言葉ってのは嫌な時ほど現実になるものだ。
エレベーターが意図しない階で止まり、ドアが開き始める。
「ほら見ろ来るぞ!」
その隙間から見えたのは、無数の銃口と、冷徹な黒服たちの姿だった。




