第52話「I am」
思えばもう、少し前から壊れていた。
たとえ偽物だとしても、僕は肉親を撃った。
その時から……。
いや、幼少期からだ。
平凡に生きる事は許されず、人生という歯車は徐々に軋んでいった。
――だから楽しかった。
彼らと居る時は自分も普通なんだって思えたから。
だって彼らは本気でぶつかってきてくれる。
そこに欺瞞は無い。
本気で他人を思いやり、本気で好き勝手やって、本気で馬鹿をやる。
いつからか彼らと会うのが楽しみで仕様がなかった。
アカデミーの時も、大学の時も、今こうしてウチを継いだ時でさえ、僕の居場所はいつだってあそこにある。
僕の所属は“ここ”なんかじゃない。
本当の家は“あそこ”なんだ。
それを心から願い。
彼らもまた、それを受け入れてくれた。
でもきっと、それもまやかし。
一度現実に帰ればクソみたいな企業人の一員なんだ。
夢は儚い。
一瞬、光を灯せば僕らはそれを追い続ける。
追い続けても手に入らないとしたって僕らは追うしかない。
それはとても辛いけれど、その夢追い人の時だけは僕は僕でいることを忘れられる。
だって一度夢から覚めれば、時に化かし合い、時に落とし合い、時に殺し合う。
そんな汚い連中と一緒になってしまう。
……だからこそね、世の中の人たちをこんな世界に巻き込むわけにはいかないんだ。
例え僕が世界中の人間を不幸にしていたって、それを知らずに生きてもらう。
そうした方がこんな世界を知らずに籠の中の幸せを知れる。
僕には全く得られなかった幸せってやつ。
世界が暗闇だってのなら、せめて皆にはそれくらい味わってもらわなきゃ。
じゃなきゃ、僕ら企業は消費者に仮初の生活すら与えることの出来ない本物の悪だ。
僕にも僕なりの信念ってやつがある。
多少は錆びて、廻りも悪いかもだけど、それでもその駆動系が止まることはありえない。
そりゃあ確かに、他の歯車と協力した方が先に進めるけど、あの歯車たちに錆び付いて欲しくはない。
だから僕は手を借りない。
例え、彼らが何度も僕の手を借りても。
例え、地獄に落ちるとしても。
例え――
この世界が全てまやかしだとしても。
***
気づいたのはごく最近だった。
もちろんきっかけはパパの事だった。
考えればキリがない。
……でも、だからってこの思考を止められるならどれほど楽か。
いつから?いつからあの人はパパでなくなった?
何故僕はそれに気付けなかったんだ?
いやまって、そもそも本人は気づいていたの?
その人物の完璧な人格をもし再現出来るとしたら、本人は自分が作られたと考える事が出来るのか?
意図的に無意識下で飯を食わないような、あるいは排便を行わないようなプログラムを組んでいれば、そのアンドロイドは自分の事を本物と思い込むんじゃないの?
そんな事を考えているうちに僕の体は自然と動いていた。
真実を知るために。
……別に知らなくたっていいのに。
この世界は絶望だらけだ。
少し外に出るだけで治安の悪さは馬鹿でも分かる。
でもそんな事に心を病んでいたらキリが無い。
できる限り自分を麻痺させて正常にならなきゃいけないんだ。
そんな中でおいそれと真実を追うなんてのは実に愚の骨頂。
誰もがやらない、やる必要の無い事だ。
でも僕は手を出した。
……何に感化されたのか。
もちろん、正義や正しさなんてものには興味が無い。
じゃあ何故?
それももうじき分かる。
――“市民監視システム”。
NFPDだか企業だか、そいつらが手を組んで作られたこのシステムはその名の通り人々を監視するためのシステムだった。
だけどこれは表向きの話っぽかった。
もちろん表向きの話自体が陰に隠れている。
一般人はそれこそ、監視なんて当たり前にされていることは分かっているけど、それが事実かどうかの確認は出来ない。
そんな力は彼らに無い。
で、そんな表にすら光が当たらないほどの代物の、裏向きの話は何かってことだけど。
それこそがパパの件と関係がありそうな事だった。
――Operation〔MAGNUM OPUS〕。
偶然、その文字と出会った。
悪事があれば、グレイスを辿ればいい。
どうせ全てはそこに繋がっている。
そう考えた。
それが本当にBingpot。
機密情報が見れた時は頭がどうにかなりそうだった。
だって全く知りたくない情報まで見れたしさ。
皆知ってた?
5大企業が文字通り、全部グレイス財閥のものだったって。
そう。はっきり書いてあったよ。
僕らはプロキシ。プロキシ・カンパニーなんだってさ。
実はビッグハンド5社の全てが子会社になってて、そのマザーカンパニーはグレイス財閥なんだって。
目を背けたくなるのは分かるけど、これは悪夢でもなんでもない、本当の話らしい。
……社長である僕が知らないんだぞ?
こんなことグレイス財閥の他に誰が知ってるって言うのさ。
カタオカ、サカモト、ハイブリッジ、マクミラン、他所の事情なんて詳しく知らないけど、きっと奴らも知るわけが無い。
あぁ、全く笑っちゃうよ。
フフフ。
何も知らずに競争させられて、誰が勝っても自分の利益。
争ってくれれば争ってくれるほど、利益も跳ね上がる、ってね。
……何もかもが自分たちのものだってのかよ、クソが!
何がムカつくって、この情報、やけに見つけやすかったんだよ。
まるで“かくれんぼ”みたいに、最後には見つかる事が予定調和みたいな玉手箱だった。
多分それもこれもMAGNUM OPUSってやつのせいだ。
どうやら僕らの世界では知らない間に人の入れ替わりが起こっていて、そいつらに僕らはいいように操られてるんだってさ。
SFの話じゃないかって?
君らはそう思うだろうさ。
でも僕はそうは思わない。
なんたってこの目でハッキリと見ちゃったからね。
自分の父親がそうなってる様を。
……見つけて欲しかったんだろ。
僕にこの情報をさ。
そうだろ?
それで僕の絶望が見たかったんだろ。
この悪魔共が!
あぁ、簡単だろうさ。
ちょっとこの情報が見つかるような性格に僕を育てればいいわけだ、ちょっと疑り深くて勘が冴えてるイケてる男にね。
……じゃあ僕の人生に起きた良い事も悪い事も全てグレイスが握ってるってのか?
ハッ、神様にでもなったつもりかよ。
エドワードってのはどれだけ強欲なんだ!
ふざけやがって!
何がMAGNUM OPUSだ!
このクソみたいな計画自体のことか!?
それともこれを実行してる技術のことか!?
本人そっくりのアンドロイドの事を指してるのか!?
何にしたって気に入らない!
芸術家にでもなろうってのか!
何が!
何が……!
……何が、MAGNUM OPUSだ!
僕らは作品じゃない!
お前らに操られて、ただ踊るだけの人生じゃないんだ!
人間ってのはそれぞれが!
僕達は各々が!
ただ人生を美しく作り上げていくんだ!
僕はお前らの為の芸術作品なんかじゃない!
僕は自分の人生を自ら作り上げる芸術家なんだ!
……クソッ!
こんなくだらない事を脳のRAMに割いてるおかげで毎日寝不足だ!
……だけど一番怖いのは、この先だ。
一体僕はなんのために操られている?
奴らのふざけた気色の悪いお遊びの為だけにこんな大規模なことをするわけが無い。
つまり彼らは何かの思惑があって、僕を操ってるんだ。
こればっかりは悔しいが何も分からない。
あぁ、もちろん。これがただ会社の利益のためだけならなんだってしてやる。
操られてたって、正直どうだっていい。
でもこれがユウトやビル、ましてやエミリーに関することなら僕は正気でいられない。
巻き込むわけには絶対にいかない。
でもこんな事、伝えるわけにもいかない。
……だから喧嘩するしかなかった。
エミリーと決別するしかなかった。
彼女は強情で、とびきり優しい事を僕は知っている。
だから殴った。
最近の僕の惨状を心から心配してくれた彼女に、僕は手をあげた。
これで僕に愛想が尽きてくれればそれでいい。
……したくなかった。
君とずっと一緒にいたかった。
でも無理だった。
僕にはどうすることも出来なかった。
僕は弱いから、君の幸せを願う事しか出来なかった。
隣で守りきるなんて事は、到底出来そうになかった。
……あぁ、エミリーは今頃何をしているだろう。
急に暴力を振るう男の事を割り切ってくれてるかな。
……順当にユウト達の所に行くかな。
助けを呼ぶかな。
……出来ればやめて欲しいな。
僕の決断が揺らいじゃうから。
助けを、求めちゃうから。
彼らだけは巻き込みたくないのに。
何があっても彼らに危険が及ぶことは避けたいのに。
絶対に、彼らを頼っちゃいけないのに。
……ユウト、ビル。
……頼むよ。
お願いだから。
来ないで。




