第51話「Comedy in Long-Shot」
「必ずお助けしましょう。……お話を聞いて分かりました。アーサー様にとっての皆様も、皆様にとってのアーサー様も、なくてはならない存在だと。……私、ここに誓います。皆様の平穏を取り戻すためなら全力を尽くす、その覚悟です」
明け透けな宣言。
彼女を見たその誰もがそう思うだろう。
手前の酔いはどこへやら。
マイクロチップも入れずに代謝の良いこと。
ビルは頭をかいて困った表情をする。
「……なンつーかよ」
それに続いてマイケルが淡々と話す。
「本当に外の世界で初めて会うのが私たち以外でなくて良かった。こんなに純朴では何度騙されてしまうことか」
「なァ?」
ハンナはその意味が上手く飲み込めないようで少し考え込んでいた。
余計な事に気づく前にすかさずフォローを入れた。
「フフッ、ありがとなハニー。俺らも頑張るよ、必ずあいつを取り戻してみせる。皆であの馬鹿に一言、言ってやろう」
「はい!」
満面の笑み。
満点の返事。
彼女を包むその全てが輝いていた。
「あ。待ってください!もしかしてさっきの私のこと馬鹿にしていましたか!?」
「違う違う。純粋で良い子だねって言ってる」
「こ、子供扱いは馬鹿にしているのに十分抵触しますわ!!」
俺が思わずそれに笑うとエミリーが釣られて笑った。
するとそれに呼応して周りは皆笑った。
最後にはその雰囲気に押されてハンナまで笑いだした。
今この瞬間だけは、ここに“ネオ・フランシスコ”なんて無かった。
世の中の不条理なんてまるで最初から無い楽園みたいに。
このまま世界が緩やかに終わりに向かえば人類の歴史は万々歳だろうが、そうは問屋が卸さない。
現実は非情だ。
ひとしきり笑い飛ばしたあと、またしこたま飲み始めた。
なんせ明日にはアートの所に行って、奴を問い詰めなきゃならない。
それを思うと一悶着ありそうだが、そう思いたくはない。
誰も不安を口に出さないが、そういうことの表れだろう。
今、皆の笑顔に似つかわしくないものが一つだけこの場にあるとすれば、それはエミリーの顔の痣だ。
これの理由が如何にせよ、俺はともかく彼を一発殴ってやらなきゃならない。
無駄な一悶着?
あぁ、分かってる。
奴は今、自分の中で雁字搦めになって自分を制御出来ないんだろう。
それをエミリーに見せるくらいなら殴ってでも自分の所から追い出したかったんだ。
それは彼なりの優しさ。
出会う前の彼も、その優しさの暴走で世の中を辟易としていたんだ。
そんなのを全て分かった上で、俺は殴る。
必ず殴らなきゃならない。
そうすれば彼の責任は俺の責任にも、ビルの責任にも、マイケルの責任にだって分散出来る。
でなきゃ彼の独りよがりを止める奴は世の中にいなくなってしまう。
俺らはこの拳で友情を結んだんだ。
いつだってこの方法が一番。
でももちろん。
ただそれだけでハッピーエンドってわけにはいかない。
だけど俺らは兄弟だ。
またいつもみたいに喧嘩して、時間が経って……。
時にはすれ違うことがあっても最後には仲直り。
なんたって今は本当に苗字まで一緒なんだから。
あれからふとした時に自身の戸籍の情報を見ることがあった。
そしたら俺には本当にハリソンというラストネームが付いていたのを確認した。
戸籍上、まぁ今戸籍なんてもんがどれ程の効力を発揮しているのかは知らないが、それでも戸籍上、正式に俺のラストネームはハリソンになってたんだ。
あん時は驚いた。
まぁでも、そんな事もあいつならやるかって逆に安心もした。
例え当初のようにやさぐれてても、俺は絶対に奴を見捨てない。
“あの時”を上回ってたって絶対に更生させてやる。
……だと言うのになんだろうか、この胸の騒めきは。
エドワードの事か?それともCKSF?まさかハンナの事?
俺は周囲が楽しく過ぎてゆくこの間にも何か大事な事実を見落としている気がしてならない。
今、心を包むのは、もう既に歯車は回っていて、知らぬ間に走り出してしまっているような感覚。
アートはやさぐれているだけで無事のはず。
だからそれ以上は何でもないんだ。
……でもそれもエドワードの言うように全て作られたシナリオだったらどうする?
彼はこの出来事を予測していたかのようなメッセを最後に残した。
となればこの件でも俺らは踊らされている可能性が高い。
彼の計画と言葉がもし本当だとするならば、俺らの意思が外界からの影響を受けていない純粋たる俺らのものだっていう保証は誰がしてくれる?
いや、そもそも自分の意志や意見なんてものが本当にあるのか?
全て先人達の受け売りで成り立っているのがこの世界なんじゃないのか?
もしそうでなく、俺ら個々の思考のアイデンティティの保証を超越的な神が担保してくれているとしても――。
今やこの街でその鍵の大半を握っているのはエドワード・グレイスに他ならない。
それは決して逃れられない輪廻の中にある。
奴らはいつだって俺らの先を回る。
そこに少しでも権益がある限り。
これから俺らが起こす行動は、じゃあ何もかも無駄なのか?
俺らがこれからすることは全て奴の掌の上で、俺らは機械式人形にすぎない?
車内では考えないようにしていた思考が、事ここにあってはみるみると膨らんでいく。
周りの盛り上がりとはかけ離れるように自分の中で、その不安が、大きく、大きく膨らんでいく。
その恐怖に駆られ、呼吸が乱れる。
冷や汗が頬を伝った。
服の胸元を引っ掻くように強く手で掴む。
――マズい。
感情制御装置が効かない。
このまま支配されて終わり?
ただ無知で、自分では何も分からないまま、このまま死んでいく?
あぁ。呼吸が、出来ない。
嫌だ。
駄目だ。
……そんなの、嫌だ。
息が、苦しい。
助けて。
……助けて!姉さん!
俺は、まだ――!
――瞬間、目の前が真っ白になる。
ハッとして前を見ると、マイケルがこちらを見ていた。
じっと俺の目を見つめた後、視線を俺の横に向ける。
俺は何も分からず乱れた呼吸のまま、ただ彼の目線の先を虚ろに追った。
そこにはビル達と楽しそうに笑うハンナの姿が見える。
それを数秒、じっと見つめていると不思議と呼吸が落ち着いてきた。
胸元から手を離す。
そうだ。
……気丈に振る舞ってはいるが、父親の事も、急にこのような事態に巻き込まれた事も、さぞかし心細いだろう。
それでも彼女は「なんの心配事もありません」と言わんばかりの笑顔と会話を繰り広げている。
だったら俺の悩みなんてのは本当にミクロなものかもしれない。
……あぁ、そうだ。
単純なんだ。
何があってもアートには一発くれてやるし、エドワードの野望も全て打ち砕いて白日の下に晒してやる。
ただそれだけ。
それさえ分かれば後は夜が明けるのを待てばいい。
俺はマイケルの方に視線を戻し、静かに首を縦に振った。
マイケルはそれを見るとフッと笑い、グラスの中身を一気に乾かす。
それと同時に俺の胸のつっかえも何やら取れた気がした。
そうだ、複雑に考えるな。
俺らは正しいことをしたいんじゃない。
ただしたいと思ったことをするだけだ。
自由意志型のヒューマノイドだって、外から見たら俺らと変わりない。
奴らだって自ら思考している点では俺ら人類と何ら変わりないし、人もアンドロイドもそこに自我があるか無いかなんてのは些細な問題だ。
外から見たら自分以外は人形だって言われても誰も分からない。真偽も確かめようが無い。
ただその中でも自身で完結する信念と意志さえあれば、そこには確かに“それ”が在る。
意味が生まれる。
だから俺らはただ信じればいい。
アートの心、仲間たちの笑顔、この街のくそったれさ、このバーの喧騒。
何もかもがコントロールされていても、これだけは嘘じゃないって。
俺らには何者にも侵されることのない聖なる領域がそれぞれにあるんだって。
それを信じればいい。
その決意と同時に、俺は立ち上がる。
「どうかしたの?」
それを見たハンナが俺に声をかけた。
「飲みすぎたみたいだから、夜風に当たってくる」
「ンだァ?随分と弱くなったじゃねェか?」
「うるせぇ、言ってろ」
「いないうちにハンナに色んな事聞いちゃお〜」
ビルとエミリーの鬱陶しい絡みが続く。
今はそれを邪険にして躱す他ない。
「……はいはい、好きにしてな」
「ノリ悪〜い」
「肌寒いですよ。お気をつけて」
「ん」
何も無いポケットに手を入れ、そのままバーを出た。
店のすぐ前にあるベンチにドカッと座り、腕を背もたれにかける。
そのまま上を見て、夜空を見上げた。
メインストリート裏の様な場所にここはあるため、見える夜空は少なく、また星の輝きはネオンに負けている。
建造物に挟まれた夜空と星々を見て、狭苦しい一筋の安寧を見出した。
「はぁ」
溜息をつき、しばらくぼうっとしていた。
いつもより少し遠い星空は、なんだか寂しげでいつでも手に届くようだった。
そうしていると店の出入口から見知った人物がやって来た。
マイケルだ。
彼は黙って隣に座ってきた。
それを一瞥し、俺は上を向いたまま。
彼は明るく照る店の方を眺めていた。
「……怖いか?」
満を持した様にマイケルの口は開いた。
その彼の意図を汲み取ることは出来ない。
俺は怖いのか?
怖いなら一体何に対して?
誰かに人生を支配される事か、また誰かを失うかもしれない事か。
それか長々と過去の話をしたから、ただ少しセンチメンタルになっただけかもしれない。
今が幸せであればある程、何かを失うっていうのは相対的に……。
……いや。
「……分からない。何も」
「……そうか」
「あぁ」
分からないさ。
今は何も。
世界ですら明日の事すら知る由もない、況や。
だが俺の心とは裏腹に、マイケルはいとも容易く言葉を吐き出す。
「あまり深く考えすぎるな。ここにはお前が心の支えになっている奴が沢山いる、そのお前が沈むということは皆に余計な心配をかけることになる」
「なんだよ。プレッシャー与えに来たのかよ」
分かったようなことをペラペラと言いやがる。
頼られる事はいつだって嬉しいが、こんな状況ではそれも慰めにならない。
全く意地の悪い男だ。
「フッ。仲間の重圧に気圧されるような質か?」
「あのな、俺だって人並みに恐怖くらいあるんだよ!」
まるで心を見抜いたかのように彼は質問を投げかけてきた。
そしてそれは更に続くようだ。
「カタオカ幹部の専属になり、そうかと思えばそれを裏切る。そしてグレイス財閥と渡り合い、そこの箱入り娘を誘拐した男が恐怖?この数ヶ月で今やこの街で名前を知らない者はいない程の伝説のフリーだ。今更怖気付くことなどこの男にあるものか」
聞けば事実。
だがその裏でその男が何を思っているかなど仲間も世間も、本人すらそれを知らない。
世の中には知らなくて良い事もある。
ヒーローのプライベートってのは見ちゃいけない。
憧れの人間にも会っちゃいけない。
それをしたが最後、一目で夢は崩れる。
恐怖に負けず、策を弄して頑張ろうと努力してる俺の姿なんか、仲間にこそ見せられない。
そんな男が主人公の物語なんて……。
「……だけど、その結末は誰も知らない」
……知りたくもない。
だがそれでも俺はマイケルの目をまっすぐ見て答えた。
半ば期待の眼差しで。
彼なら答えを知っているかもしれない。
そんなはずもないのだけれど。
「結末は決まっている」
まさか。
本当に?
真面目な顔して、また同じく真面目な顔したマイケルを見た。
「前々から言っているだろう?優秀な警官に捕まって呆気なくこの物語は終わりを迎えるって」
全くの不覚だった。
思わず笑ってしまった。
初めは呆れたような笑い声だったのだが、徐々にツボに入ってしまい、最後には2人して馬鹿みたいに笑っていた。
こいつの笑いは案外面白い。
コメディアンも夢じゃない。
笑いの余韻で少しの静寂が流れると、マイケルはまた何事も無かったように立ち上がった。
「よし」
「なんだよ、もう行くのか?」
「……あまり“トイレ”に長居するのも不自然なのでな」
「ヘッ、そうかい」
「あぁ」
そう言ってナカトミに戻ろうとするマイケルは、一歩目を刻む前に上を向いてボソリと一言残した。
「綺麗な夜空だ。まるで太陽だな」
彼が去った後、俺はまた夜空を見上げた。
先程とまるで同じ構図のその夜空は、なんだかとても強くて暖かい気がした。
……まるで太陽、か。
……。
……おっと。俺もそろそろ行かなきゃな。
俺は元気よく立ち上がり、先程まで2人でいたベンチを見る。
そうして直ぐに目の前のネオンに向かって大きく歩きだした。
いつもお読みくださりありがとうございます。
お久しぶりです。Mr.Gと申します。
これにて第3章の幕を閉じさせていただきます。
いかがでしたでしょうか?
早いもので気づけば50話、文字数にして20万文字を突破いたしました。
過去編を経て彼らの生い立ちも深みを増し、物語の裏に潜む大きな陰謀の足音を感じ取っていただけていれば嬉しい限りです。
今後も彼らの物語は続きます。
いよいよ後半戦。恐らく5章か6章で終章になると思いますので、長い目でお付き合いいただけたら幸いです。
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Mr.G




