第50話「一葉の思い」
「なんか元気無くない?平気?」
「いつも通り、ピンピンしてる」
「ふーん。ならいいけど」
すっかり次の日になったわけだが、この通り。
昼休みの時間になるのはあっという間だった。
アーサーは企業人のご多分にもれず洞察力が鋭いようで、まるで昨日の家での出来事を見透かす口ぶりだった。
敵に回すと怖い。
無論、その怖さは体験済みだが。
「お前こそ昨日はどうだったんだよ」
「散々だったよ。だってチップ全部取られてるんだもん!すっかり忘れてたよ、ありゃあ一夜限りの関係だね」
やれやれといったポーズを取ってはいるが全く思っちゃいない事だろう。
「酷ぇ奴」
「誰が言ってんのさ」
愉快さと不愉快さを反復横跳びする会話をして、彼の制服を見るとあることに気づく。
彼の胸元がチラリと光る。
今までは気づかなかった事。
というよりはあまり興味が無くて気づけなかった事だ。
「って言うかお前一個上なのかよ」
「え。嘘でしょ、今更?」
何故気づいたか。
それはこのアカデミーはタイピンをつけることが義務付けられているからだ。
ネクタイをしない場合には胸ポケットにつけることになってる。
それだけじゃ分からない?
まぁそれもそうだ。
実はこのタイピンの模様、その位置で誰がどこに所属しているかが分かるようになっている。
主に学年とクラスが。
彼が初対面の時に俺の制服を見て気付いたように、俺らアカデミー生はそれを見れば「あぁ、こいつは“グリフィンドールの2年生”だ」と見抜けるわけだ。
ここに居る奴らは皆スリザリンな気もするが……。まぁともかくそういうことだ。
外部の人間からは何気ないポイントが内部の人間にとっては大事なことになる。
蔑んだり、蔑まれたりとな。
「進路は?大学行くのか?」
「うーん。すぐにパパのとこで働いてもいいんだけど、どうしようかなって」
「行くとしたらUNF?」
「うん。そのつもり」
「GoodmanはそこのFeederだしな」
政治家、実業家、投資家に凄腕プログラマーに不動産王。
未来のあらゆる経済の魔術師が我がアカデミーを出て、ネオフランシスコ大学に入る。
そしてもちろん、ここにいるアーサーも例外では無いということだ。
「正直僕ならなんの審査も要らないからね。入ろうと思えば今からでも行けるよ」
「あぁ、もちろん。だろうな」
「決めるまでまだあるし、来年のこの時期には卒業して進路も確定してることを願うよ」
やれやれとしたアーサー。
それ以上に切羽詰まった俺は目を細めて明後日を見る。
「俺は出席日数で進級すら怪しいけどな」
「頑張れ〜」
「思っても無い事言うな!」
昼間のアカデミーのカフェテリアに奇妙な関係の2人組の声が響いた。
***
――数週間後、学年末。
「やぁ、ユウト。今日は昼からナカトミ行こうよ」
「いやー!マジでそうしてくれ!今週は死ぬかと思った!」
「学年末テストも無事お疲れ様ってね」
そう。
あれから少ししてやっと地獄の試験期間が終わった。
出席日数の尻拭いも何とか済んだってわけだ。
「これで晴れて俺も来年度は正式にジュニアだ!」
「僕も正式にシニアになりまーす」
「お前はテストなんて受けなくてもなれるだろ、こっちは命懸けなんだよ!」
落ちこぼれの教室の後ろで、また不良と御曹司の奇妙で幾分騒がしい声が響く。
「おー、怖。貧乏人の叫びだ」
「よし、ナカトミ行ったらぶん殴ってやるから覚悟しとけ」
「いや、いいってもう!ロブさんにまた怒られるって!」
この前、俺らはナカトミで騒ぎすぎてロブから鉄拳制裁を加えられたばかりだ。
本当に名前の通り鉄拳だから困る。
「天下のハリソンがあんなオッサンに怖がるなんてな」
「……だってあの人、メチャクチャ強くない?おかしいって絶対」
「それは100%マジでそう」
ロブは自分の全盛期の話を全くしないが、噂によるとNFPD相手に向こうの増援が無くなるまで抵抗し続けたとか、CKSF相手に単独で乗り込んで基地を半壊させたとか。
極めつけは数十年前の“第二次湾岸蜂起”。“血のネオン事件”として名高いあの事件の首謀者の1人はロブだなんて伝説もある。
企業と政治家の癒着が原因となり、ギャングとNFPDと市民が異例に手を組んで対立したあの大暴動の事だ。
最終的にはドラァグコミュニティだか同性愛者コミュニティだかが入り乱れ、全ての組織の利権と文化が絡み合い、三つ巴にも四つ巴にもなったとも言われているが、真相は定かではない。
ただその組織の1つの頭を張っていたのがロブだっていう嘘みたいな話があるんだ。
だがこの件に関しては流石に本人からも“そんなわけねぇだろ”とのお言葉をいただいている。
だからその強さの理由も経歴も結局謎のままだ。
おっと、そんことよりも……。
「よし。さっさと帰ろう、俺の進級祝いだ」
「最悪。それってまた僕持ちって意味でしょ」
「当たり前だろ、腐るほど金持ってるのを消費してやってんだから感謝しろって。行くぞ」
「はぁ。なんかビルに似てきたよね」
アートがため息をつく。
「馬鹿言え、元々結構芯は似てんだよ」
「揃いも揃って酷い人柄」
「誰が言ってんだ」
***
2人してナカトミに辿り着くと、何やら入口が騒がしかった。
そこに居る人物を見ると、良く知った顔が久しぶりに現れた。
「……あれ?帰ってたのか!」
「よう、ユウト。無事進級かよ、ゼッテー落ちると思ってたぜ。ビル!賭けに負けたよ!」
「へへッ!若はギャンブルの才能無ェからなァ」
そう。シルヴィオJrだった。
当初の予定よりも時間がかかったようで今帰ってきたみたいだ。
それほど向こうでの仕事が大変だったということだろう。
「親父さんも久しぶり。元気?」
「おう。お前も相変わらずだな」
「まぁね」
相変わらずの恰幅と威圧感。
俺の幼い頃から全く変わっておらず、これを見るのがすっかり安心する要素の一つとなっている。
このやり取りを横で見ていた金髪の男は、この会話が終わるなり、スルッと俺の前に出た。
「えー、っと。どうも、アーサー・C・ハリソンです。お目にかかるのは初めてですよね」
「おう!また何かあったらウチを頼むぜ!」
「もちろん!いつでもお声がけ下さい。多少は勉強させてもらいますよ!」
「そりゃ助かるぜ!ガッハッハ!」
本心が上の空のビジネスライクな挨拶を交わすのを目の前で見せられ、辟易としているとロブが妙なものを持っているのが目に入る。
「それなに?」
「カメラだってよ。さっき客が寄越していきやがった」
「へぇ、そんな形のもあったんだな」
カメラなんて今どきは小型化され、内蔵され、端末なんてものは見なくなって久しいがこれはまた一段とごついカメラだった。
「面白そうだろ?だからちょっとオレ様を撮ってみてくれって!」
ビルがマッスルポーズの出来損ないみたいな格好をした。
あれにどんな意味が込められているのだろうとかそういうことを考えてはいけない。
そういうものだと思い込むんだ、いつもの事なんだから。
「どうせならみんなで写ってみない?」
確かに面白そうだしアートの言うことも名案だが、1つ問題がある。
「どこに固定すんだよ、浮かすのか?」
そんな事しなくても流石にその辺のブロックでも積み重ねれば、取れるんじゃないかと思い「あの辺の……」とまで言いかけて指を指すと、そちらの方角からまさにドンピシャな人物が現れた。
「ミラ、丁度いいところに!」
「ゲッ、バレないと思ったのに」
そろりそろりとナカトミに入ろうとしていた怪しいこの女の名は情報屋のミラ。
何かとここにいる全員が世話になっている人物だと思う。
いや、ロブだけは世話している側かも。
俺はロブの手からカメラをひったくり、ミラに駆け寄って渡す。
「これのシャッター切ってよ」
恐る恐る持ち上げたミラは引きつった顔でまじまじとその物体を念入りに観察する。
「ひぇー、カメラなんてどこで貰ったのさ」
「客からだってよ。ほら」
俺は頼んだという風に肩を叩き、皆の方へ戻る。
各々がバラバラに横に並び、周りとポジション取りを奪い合う。
「もっとそっち行けって」
「ポーズ決めなきゃだろ!」
「ったく少しくらい大人しくしてろガキ共!」
ロブが一喝すると、大人連中は俺らの肩に手を置いた。
左からビルと俺とアートの順で横に並び、それの後ろにロブがいる。
親父さんとジュニアもその真横にいて、前にはジュニア、後ろから親父さんの構図だった。
それから写真を撮った。
その撮った写真はなんていうか、凄く綺麗だったと思った。
このタイプは現像されるらしいから便利だ。
今どき珍しい事この上ない。
ロブと親父さんの顔はいつもとは違い、微笑みのような顔をしているように見えた。
だけどそれを指摘する奴は誰一人いなかった。
怖かったから?……いや、分からない。
でも言ったらその魔法が解けるような気がしたから、なんとなく言わなかった。
他の奴らも同じだと思う。
……あぁそういえば、その頃からかな、ジュニアはファミリーの仕事に熱心になった。
タホ湖で何か心境の変化でもあったのかもしれない。
だから俺らはアートと多くつるむようになった。
そこから紆余曲折。
大学でも色々あったにはあったが、まぁ。
後半は俺の姉さんの件で地獄だった。
俺らも愉快な話ばかりじゃないってこと。
だからここまでが俺らの青春最高の1ページ。
多分これが人生の転換期ってやつだったんだと思う。
***
写真を机の上に戻し、俺はソファに深くもたれかかる。
「――ってな感じかな、あいつとの馴れ初めは。……ちょうど今ぐらいの時期の話だったな」
「いつ聞いても笑えるぜ。当時のオレらの行動、なにもかも頭おかしいよなァ」
「あぁ、本当にぶっ飛んでた」
俺とビルが思い出のエンディングを語った。
「でもその何もかもが楽しかったな。滅茶苦茶だったけどさ、いい思い出だよ」
そうして良い話だったと締めようとすると、いつの間にか仕事が終わったらしきロブが聞いており横槍が入る。
「今も昔もおめぇら対して変わってねぇぞ」
「えぇ、全く同感です」
マイケルまでそれに乗っかるから良いムードももう台無し。
このままではと思いせめて反撃に転じる。
「少年心を忘れてないと言ってほしいね」
「いいや、普通はこのような大人をピーター・パン症候群と言う」
「ノスタルジックな気分がぶち壊しだ!」
俺が声を荒らげると、ロブが高笑いして部屋を出ていった。
「ハッハッハッ!俺ァ店片付けてくるぜ。気が済んだら帰れよ。……まだやることあんだろ?」
意味深な言葉を置いて彼は消えた。
それにまだ店じまいじゃなかったみたいだ。悪いことをした。
……あぁ、いや、そうじゃない。目的を忘れるな。
「……ったく。どうだった、エミリー?何かこう、少しでも気分は晴れたか?」
「うん。なんかすごく楽しそうだったし〜、私もそこに居たかったな〜、って」
「そう思えるくらい楽しそうに聞こえたなら良かった。話した甲斐があるよ」
いつもの口調といつもの雰囲気が彼女に戻っている気がする。
彼女の眼はまだ死んじゃいない。
気休めだろうが、まずは一安心だろう。
「つまりこの話の教訓は〜、アートが独りよがりになってる時は、助けて欲しいサインって事だよね〜?」
俺は指をパチンと鳴らしてエミリーを指さす。
「あぁ、正しく俺とビルの言いたいことはそれだ。彼の心は独りを望んでいないと思う」
俺はビルを見て、話を続ける。
「まぁただ、もちろん憶測でしかないし確証は無い。だけど……」
「んなモン知るか!ってな。オレらが救いたいと思ったヤツは誰だって救うんだ。どんだけ迷惑がられてもな!」
俺の会話のパスを華麗にゴールに決めたのはやはりビル。
見事なコンビネーションだ。
「そういう事」
バッチリ決めきった所で、そういえば横にいるはずなのに静かなハンナの方を見た。
それを見て少し驚いたが、こういうことにもそろそろ慣れた。
彼女はいつになく真剣な顔でじっと俺を見つめている。
手の拳は力が入り、何かの決意と決心がそこには見て取れた。
言いたいことのおおよそは分かっている。
彼女はそういう人間だから。
重々しく口が開いた。
「必ず――」




