第47話「That One Night①」
彼は小さくため息をついた。
「……いや、もうそんなもんじゃ驚かないよ。なにさ、仲良くなったところで裏切って殺すとか?Lord Chunshenみたいに」
「ロード……何だって?誰だそれ」
全く、相変わらずの捻くれ具合いだ。
変な名前の奴まで参照してきやがった。
「あのな、何食ったらそんなに疑心暗鬼になるんだ。金持ちってのは良いもん食ってるんじゃないのか?落ち着けって、俺らはお前をとって食ったりなんかしないって」
彼は肩を竦め、手を広げる。
「へぇ、今回の取引であわよくば商品盗ろうとした奴らが?」
「そりゃァ、ユウトだけだ。オレ様は関係無ェ」
「いや、まぁ、否定はしないけどあん時は敵同士で今はもうノーサイド!腹割って話す時間だ」
もう驚かないはずの男は驚き焦ったような表情を浮かべた。
「え?いや、待って待って、理解出来ない。じゃあ君らは何のためにこっちに喧嘩売ってきたのさ」
「こっちとしてはお前の喧嘩を買ったつもりだけど、まぁ平たく言えばお前と友達になるためだ。さっき言ったろ?」
俺は人差し指を下に机をトントンと指してそう答えた。
するとビルは腕をグルグルと回し始めた。
「随分と疑り深ェヤロウだな。目が覚めるようにもう一発いっとくか?」
「おいやめろよビル」
俺はビルの肩を叩いた。
ハリソンは少し下を向く。
しかし次の瞬間には大きな声で笑い始めた。
「フ、フフフフ、ハハハハハハハハハハ!」
「おぉ、案外怖ェぞコイツ」
彼はおでこを覆うように右手で頭を抑えた。
「こっちは本気で腹立ってけしかけたってのに部下は全滅、最終的には呆気なく負けた挙句、相手の要求は友達になってほしいだって?ハハハ!……はぁ、笑えるね、本当」
半ば諦めの境地にいるように見えた。
しかしその後顔を二度ほど左右に振った。
「あぁもう、分かった分かった。降参だよ、好きにして」
その言葉を受け次の台詞を言おうとした時、横に人影が現れた。
「おら、持ってきてやったぞ」
それはオーダーしたアルコールと料理を持って来たロブの影だった。
タレの良い香りが鼻腔をくすぐる。
「おっ、ヤキトリじゃねェか!分かってんな、オッサン!」
ビルがロブを指さす。
彼は呆れたようにその賛辞を受け取った。
「そりゃどうも」
テーブルに酒と焼き鳥が並べられ、暖かい空気がその場を包んだ。
腹を満たせば会話も良い方向に進むというものだ。
そう思えば周りの笑い声、歴戦のフリーのくだらない高説、そのBGMどれもが今夜の出来事を一層盛り上げてくれる舞台装置に思えてくる。
カチャカチャしたグラスの音も皿の音も、どこかの通りで今まさに事件が起きているようなこの街の雰囲気も、そのどれもが今の俺たちを演出するための助演だ。
そんないい気分で早速食べようかと思っていると、ロブは俺らをジロジロと見てこう言う。
「にしても随分と派手にやったな、ボロボロじゃねぇかよ」
「時には本気でぶつからないと気持ちが伝わらないこともあるんだよ、ロブ」
そう。あんたが教えてくれたようにな。
それに対し、ハリソンはまるでお手上げかという風。
「うん。伝わってきたよ、君らが本気で頭がおかしいってのはね」
彼の平常運転ってのはシニカルさと共にあるのだと分かってきた。
ビルはそれを消し飛ばすようにビンを持った。
「オラ、そんなことより乾杯するぞ!どうせ仲間になるしか選択肢無ェんだ!大人しく従いな!」
「……仰せのままに」
「じゃ、俺たちはこれからは友達。いいな?To Arthur!」
「「To Arthur!」」
俺らは3人、これからの仲間の印とでも言わんばかりに杯を上げた。
一口目を口に含み、その余韻に浸っているとロブが去っていく。
「それ、さっさと食ってさっさと出てけよ」
「オイ!それが常連に対する態度かよ!」
「金も払わねぇ常連なんかゴメンだな」
「出世払いだっていつも言ってんだろ!」
「来ねぇもんは待てねぇんだよ」
ロブの去り際の言葉にビルは打ちのめされた。
一体何度同じやり取りをするのだろう。
くだらないのを無視して、俺はハリソン、いやアーサーに話しかけた。
「それで、アーサー。あー、それかアーティ?アート?……ともかく。俺とお前は似てるんだよ、兄弟かってくらいにそっくりだ。違うのはストリートか企業かって、そこだけ」
「急に何を言うかと思えば、……そっくりだって?HAVESとHAVE-NOTS が?」
「あぁそうだ。自分の生まれを憎んで腐すのも、自分とは違う生活がどうしようもなく輝いて見えるのも、全部同じだ。そこが似てる」
「……」
思い当たる節があるようで、アーサーは黙った。
顎に手を当て真剣に話を聞き始めた。
「でもそれを変えるには自分の意識を変えるしかない。変わらない現実に怒り続けるのもいいが、今の現状を受け入れて楽しむ事の方が遥かに大事だ。そして俺はそれをお前という反面教師から教わった。いつからか、くだらないと思ってた俺の人生に色を取り戻したのはお前だ」
彼の片眉が少し動いた。
きっと身に覚えのないことだろうから、当然だ。
「だから今度は俺が見せてやる。本物の景色ってやつを。良い所も悪い所もぎっしり詰め込んだ本当のストリート生活パッケージをお前に届けてやる。だから着いてこい、アーサー。この街だって多分、そこまで捨てたもんじゃない」
そう言い終わった時、彼は確かに笑った。
敢えて偽物の笑いと本物の笑いという2種類に笑いを分けるとするならば、これは本物の笑いだと感じた。
少し頬が緩んで見えたし、それに俺ならそうすると思ったから。
「……そこまで言うなら見せてもらおうかな。どうせさっき拾った命だし。少しくらい寄り道しても対して変わらないからね」
彼の選択は悲観的な前向きさだった。
だがそれでもいい。
アーサーという鏡と俺が今まさに初めてお互いが似た者同士だと認識した瞬間だっただろうと思うから。
そうした空気を感じ取ったからか、ビルは心機一転といった一拍を打った。
「ッし!辛気臭ェ話はこれで終わりだ!食べちまおう!」
「ったくお前は……って言いたい所だが今回は賛成。友情記念だ、倒れるまで飲んで食おう!」
気分が乗ってきたのか、アーサーはビルに向け見栄を切った。
「僕結構アルコール強いよ。先に潰れないでね」
それを受けビルは立ち上がり、アーサーに瓶を向ける。
「ほーゥ、これオレに酒で喧嘩売るたァいい度胸だ。勝負だ、アーサー!」
「おいやめと……」
――いや、野暮だな。
無礼講!あとでロブに殴られよう。
「……よし、やれお前ら!負けた方が全持ちだ!」
そうしてこの日、人生で決して忘れることの無い夜は始まった。
確かに外から見れば、俺とアーサーの友情は奇妙なものだろう。
だって生まれも育ちも違って、本気で対立した人間同士。
ここまで生き方も違うのなら友達になんて当然、なれるわけがない。
でもずっと言っているように彼は俺で、俺は彼だ。
もしこいつが俺の立場だったら、そんでもし俺がこいつの立場だったら、お互いが乗り移ったようにそれぞれ同じ人生を歩むだろう。
俺はいつまでも表面だけは媚びてくる連中のせいで疑心暗鬼に駆られ、周りの人間を信じられずに生きる。
そしていつかアウトローやストリートの人間が気ままに生き、野垂れ死ぬのを見て羨み、蔑み、妬む。
アーサーはきっと、周りの人間に支えられて生きてゆく。だがそれでも窮屈なこの街、この国、この世界を恨み、やがて周りの人間をも突き放すように世の中に中指を立てる。
この世の仕組みを作りあげたコープのエリート共を見れば怒り、哀れむ。どうしようもないやるせなさと怒りが自身を支配する。
――そしてきっと俺らは衝突する。
どちらにしろ、仮想のアーサーと現実の俺に幸運だったのは周りの人間に信頼できる奴らが大勢いたことだ。
それで立ち直れたんだ。きっと1人じゃ無理だった。
だからアーサーにとってのそれに俺がなるんだ。
今まで見てきた企業人は根っからの性悪だった。それこそ彼らは金のためなら何でもした。
それが彼らにとっての唯一の道だから。後悔も違う生き方も、恐らく考えた事すら無いだろう。
だがアーサーは違う。彼は俺らを妬んだ、羨んだ。
それはつまり、自由を愛し、拝金主義に疑問を持ち、何より優しさを持っている事の証し。
誰にでも笑顔を振りまく見かけの優しさでは無い。
真の優しさを。
……それがストリートの精神。
だから、そう。
ここまで言っても説明は完璧じゃないけど。
俺はアーサーを気に入った。
支えてやろうと思った。
ただ、きっと、それだけ。




