第42話「報痛」
まだまだ。
ダメだ。
諦めるな。
どれだけ痛くとも諦めることはあってはならない。
俺を受け入れてくれたシルヴィオ、ジュニア、ビル、ロブ、それに姉さん。
彼らに俺がどんな悪態をついたって、決して見捨てることはしなかった。
だったら目の前の俺が殴ってこようが、蹴ってこようが、俺は耐えなきゃならない。
それがこの街に救われた俺が通すべき街への筋。仲間への道理。
俺に良くしてくれた皆へのせめてもの恩返しになる。
それにアカデミーの外でならやり返せる。
だから今は耐えろ。
じゃないと俺は俺を許せなくなる。
最初から最後まで求めるのはただ1つ。
全てが円満なハッピーエンドなんだから。
「……くッ。はぁ、はぁ」
俺はよろよろと立ち上がる。
産まれたての子鹿だってもっと綺麗に立つ。
でも俺は再び立った。
それだけでいい。
「フフッ」
喜びからの笑みが零れる。
楽しい。
だって、終わってない。
まだ始まってもいないのだから。
歯を見せ、笑みを浮かべながら俺はハリソンを睨んだ。
彼は俺を見る。
それはどんなブロンドガールにだって予期できる反応だった。
「なんなんだよ、その目……!」
彼は怒りで満ちていた。
「何が!何がそんなに楽しい!どこまで僕を馬鹿にすれば気が済む!生まれつきの負け犬が!この僕を!そんな目で見るな!」
それを聞いた俺はまた笑う。
「……フフッ、親の七光りは許せない。でもその威光で人を見下す。そんなコンプレックスと自己矛盾の塊、笑うに決まってるだろ」
そうだ。お前もそれを受け入れて、前に進め。
どうにもならないことをいつまでも眺めていたってしょうがない、配られた手札で勝負しろ。
自分を邪魔する全てを憎み、蔑み、悪態をつくのは簡単だけど、それだけじゃ人生つまらないだろ?
だから――
「……お前も笑えよ」
その言葉を発すると、返ってきたのは腹へのブロー。
彼の怒りは最早言葉を必要とはしていなかった。
また俺はうずくまる。
だが今度は間髪入れずに顔に足が飛んできた。
次いで背中を踏まれた。
脇腹も蹴られる。
何度も、何度も。
端々からの痛みが身体の芯に届く。
熱を帯びた痛みはやがてそれを麻痺させる。
殴り返せず腹ただしいこの状況も、ロブやシルヴィオ、姉さんの血のにじむような苦しみを思えば何ともない。
それらに比べたら今までの俺はぬるま湯に浸かっていたみたいなもんだからな。
だがそろそろ苦しいか。
万能な補助骨格もパーツも、完璧なわけじゃない。
溜まったダメージは徐々に、だが着実に皮膚を通り、肉に浸透し、心に到達する。
頭では理解していても、結局理性というものは本能には勝てない。
それは心の最奥に差し掛かり、ついぞ蝕む。
終いには折れるかやり返すかの2択を迫ってくる。
それに気づかないよう、必死に誤魔化そうとするが、そのレベルはとうに過ぎ去ったようだ。
そしてそこに怒りが芽生えた。
明確な相手への敵意が。
やり返そうという意思が。
俺はハリソンの足を掴む。
力強く。
骨が折れるほどに。
彼は一度それに驚き止まったが、振りほどこうともがいた。
「離せッ!」
なおも俺は力を入れ続けると、ハリソンは息を漏らした。
痛みが耐えきれないのだろう。
本当にこのまま骨を折ろう。
こいつのスキンやパーツなど知ったことでは無い。
まるごと破壊してやる。
そう考えた矢先のことだった。
「何をしているのですか?」
その声で俺らのアクションは止まる。
教師のヒューマノイドだった。
「今すぐにやめなさい。アーサー君、ユウト君」
どう考えても俺は被害者だろうに。
そう思いながら俺は手を離した。
だが彼は俺を踏み付ける足に力を入れ続けた。
「アーサー君、やめなさい。それ以上は警察を呼びますよ」
「……チッ」
そう言われると彼は足を離した。
「何があったのですか?」
教師がそう聞く頃には、ハリソンは後ろ背に去っていった。
特段誰も、彼を追おうとはしなかった。
誰がどう見たって関わるべきじゃないから。
それが権力者なら殊更。
「ユウトくん、大丈夫ですか?保健室まで案内します。立てますか?」
「……」
俺はそのまま黙って立ち、言われるがままに教師についていった。
保健室でナースボットに治療されている間、俺は反省した。
危ない危ない、退学になっちまう。
一時の感情で全ておじゃんにするところだった。
気をつけないと。
しかし、俺もこれくらい周りに迷惑かけてたのかな。
いや、正確には今もかけ続けてるんだろうな。
なにやってんだか……。
なんて間に応急処置が終わる。
ボット曰く今日は帰っても良いとの事だが、生憎今日からは真面目に通う必要が出てきたもんで教室に戻った。
そして午後はクソ真面目に授業を受けた。
頬が腫れてたり、擦り傷だったりはあるが今はもう見た目ほど痛くもない。
問題はこんなもん姉さんに見せられないところだな。
まぁどうせ今日も会うこともないが。
とは思いつつも念には念をだと考え、SHINERに泊まることにした。
許可?いや、貰ってない。
今勝手に決めたからな。
授業も終わり、アカデミーを出る。
これが俺にとっちゃいつも通りで当たり前の行動だった。
しかし周りを見て思う。
よく考えたら放課後ってのは、まさに学生の本分じゃないか?
もしかして俺も友人とのダベりやクラブ活動に勤しむべきなのか?
と考えたところで重要な事に気づく。
いや、よく考えたらそもそもアカデミー内に友人もいないや。
若干余計なことを考えたダメージを食らっていると、宙に浮いた新着の文字が目に飛び込んできた。
「お」
思わず声が出る。
中を確認するとビンゴ、ハリソンからだった。
――承知しました。
―では明日の6:30PMに先日の場所でお待ちしておりますので現金は忘れずにお願いします。
―彼らと会えるのが楽しみです。
―A.H
「っし、やりぃ!」
思惑通りだ。
これで殴られた甲斐もあったというもの。
ヘイトを溜め、こっちにケジメをつけさせるように仕向けたわけだ。
うーん、しかし明日ね。
ちょっと急だ。
兵隊集め間に合うかな。
明日俺がアカデミー行ってる間にビルに頼めばそこそこは数も稼げるか。
俄然やる気が出てきた。
よし、ビルに報告しに行こう。
俺は浮かれ足でSHINERに向かった。
***
「おー、荒っぽい作戦なのによく通ったな!」
「うーん。まぁ正直言って向こうもちょっと気づいてると思う、その上で乗っかってきたんじゃないかな」
「ハッ、なんでもいいぜ!暴れられるならコッチのもんよ!」
「――で、肝心の人集めなんだが」
俺はあまり手伝えないことを申し訳なく思いつつ、ビルに一任することを伝えようとする。
しかしビルの方が話し始めた。
「おう。50人くらいには声かけといたぜ」
「明日はお前に全部任せ……、は?」
「やっぱ足んねェか?声かけたつってもそこらのチンピラ、アウトローばっかりだからな。半分くらいは来ねェだろうし、もっと必要だよなァ」
その言葉はまさに衝撃的という他無かった。
「嘘だろ、いつそんなに集めたんだよ」
「オマエがガッコー行くって言うからよ。ヒマだからそこら辺のバーに昼間っから入り浸ってるヤツらに声掛けたんだよ」
ビルは得意げに語る。
「カウンターの上に立って演説したあと『ついてくるヤツいるか!金もやるぜ!』って大声出したら結構集まったぜ。酔った勢いで連絡先交換したヤツだらけだから実際に来るのは半分以下ってトコだな。ホラよ」
ビルは空中で俺に向かって指をスワイプする。
そこには確かに48人のグループチャットの画面が存在していた。
「ったく、もう抜けてるヤツがいやがるな!3軒も周って集めたのによ!」
ビルはテーブルを叩いて笑った。
確かに人数は減ってるかもしれないがこれは大手柄だ。
流石兄弟。
「うん。持つべきものはビルだな」
「いつも通り、ビル様大活躍ってな!」
「今回ばかりは反論無し!それでその伝説の演説内容は?」
俺は気を良くしてビルの肩を叩いた。
「お?気になるか?いいぜ、教えてやるよ。えー、オホンッ。『よく聞けオマエら!オレ様はこれからハリソンのとこのガキを殴りに行く!コープのエリートに恨みがあるヤツらは――』」
開いた口が塞がらない。
もうこの時点で俺から反論無しだという信念が撤回された。
やはり馬鹿だ。
行動力のある馬鹿が一番厄介なことを思い出した。
何故こうも毎度毎度オチをつけたがるんだこいつは。
「んなこと言って話題になって向こうに情報が行ったらどうすんだ馬鹿!」
俺が大声を出すとビルはニヤリとして確かに言った。
「ハッ、上等よ!」
――あぁ。至らないのは俺の方だ。
これ以上は何も思うまい。




