第40話「Once Upon a Comeback in the Diner」
次の日、俺は朝起きて直ぐにSHINERへ向かった。
いつもは俺より早く起きる姉さんよりも早く起きてまでそうした。
もちろん怪しまれたが、今後のためアカデミーに勉強しに行くのだと言うとむしろ喜ばれた。
まぁ、そこまで大層な嘘じゃない。
セーフセーフ。
俺の今後のアカデミー生活がかかってるのは本当だ。
というわけで見慣れたクラシックスの拠点に到着した。
早速裏口から入ると、既にドン・シルヴィオが起きていた。
「あれ、朝早いな」
「よぉ、ユウト」
「おはよう。ビルとジュニアいます?」
「そんなことよりお前、昨日来なかったろ」
「あー……」
すっかり忘れていた。
そういや、受け取りに来いって言われてたっけ。
「アカデミーが忙しくて」
「ハッ!もっとマシな嘘つけよ!」
「ごめん、忙しかったのは本当なんだよ」
「あー分かったよ、おら。受け取れ」
昨日のアタッシュケースをそのまま渡された。
中身もそのままらしい。
「これ、中に結構な量のパーツ入ってたけど、どれを誰が付ければいいんですか?」
「それもビルと相談して決めていい、2つ入ってるのは2人でつけろ。お前らもそろそろ命のやり取りする事もあるかもしれねぇ。俺からのプレゼントだ、ありがたく貰え」
「おー、流石太っ腹。ありがとうございます」
「ま、その代わりに働いてもらうことも増えるけどな!ガハハ!」
「ハハ、喜んで。……それで奴らは――」
俺がそう言いかけると横から人影が現れた。
「お、なんでいるんだ。お前も行くのか?」
その人影はジュニアだった。
「よう。いや、行くってどこに?」
俺の疑問には親父さんが答えた。
「ちとこれから数日野暮用でな、若ぇの連れてエル・ドラドまで行かなきゃならねぇ」
「黄金郷ってグレイス財閥の、あれ?」
驚いて聞き返すと、今度は笑いながらジュニアが答えた。
「バカ、違ぇよ。タホ湖だよ」
「え、避暑地の?なんでそんな……」
言いかけたところで俺は口が止まった。
「あー。カジノか」
「そういうこと。留守中はこの街任せたぞ」
「なんで外部の人間に任せるんだよ」
そんなやり取りをスルーして、シルヴィオが続ける。
「どうやら向こうでトラブったらしくてな。ま、ここ最近は大してドンパチも無ぇからな!コイツ連れて旅行がてら行ってくるってこった」
「それはそれは。楽しんで」
「おう、何かあったら知らせろ。ビルにも言ってあるからな。……おい、そろそろ行くぞ」
「あいあい。じゃあな、ユウト」
やかましい2人を見送り、彼らの背中を見てボーッとしていた。
そして急に本来の目的を思い出した。
ジュニアがいないとなるともうビルしかいない。
そう思い彼の部屋に行くと、まだぐっすりと寝ていた。
「おい、ビル。起きろ」
体を揺らすが、効果は無い。
「……ったく」
呆れながらも良いことを思いついた俺は、彼の部屋のタンスから銃を取った。
弾倉を確認し、セーフティを外す。
そして寝転がった彼の顔の上を目掛けてトリガーを引いた。
大きな音と共に、ビルは飛び跳ねた。
「ウオオッ!!なんだァ!!」
パンイチで変なバトルポーズをした大男を前に、俺は笑わずにはいられなかった。
寝ぼけながらも状況を確認したビルは、少し冷静になりこちらに言う。
「んぁ?ンだよ!脅かすんじゃねェよ!」
「起きろ。やることが出来たぞ」
「……なんだって?」
***
「――エラい気に入ったモンだな。アイツのこと」
「まぁな。面白そうだろ?」
ビルはポテトにホットドッグ、俺はクラブハウスサンドを食べながら話していた。
「にしても数日前までの相棒とは人が変わったみてェだな。ホントに」
「まぁ……、だからそれをハリソンにも喰らわせてやろうぜってこと!」
ビルは口を動かしながらも頷く。
「オレはブラザーがやりたいことにはなんでもついていってやるけどよ。あんまり大事にするとマズイぜ?」
「なんだよ。前回と違って今度は俺が説得しなきゃならないのか?」
言い終えると、ドクペでサンドを流し込む。
これが堪らなく美味い。
「小競り合いなら向こうにもメンツがあるから大事にはならねぇけどよ。あんまりにも表沙汰でやったらクラシックスとハリソンで戦争になりかねねェんだぞ?」
「いや、奴が企業を頼ることはまず無い。あのアウトローごっこの取り巻きだけが奴の味方だ。それが奴が自分で得たアイデンティティ、プライドなんだ」
「分かる、分かるぜ。でもだからってよォ……」
ビルは頭を掻いた。
「んーでもま、折角相棒がやる気になったんだ。その源が泥舟だろうがなんだろうが、乗ってやらなきゃ男がスタるか!」
「よっしゃ!決まりだ!」
俺とビルはグータッチをした。
これで勝ったも同然だ。
俺たちは失敗しない。
今までもそうだった。
だからこれからもそうだ。
「にしても、朝っぱらからダイナーで飯食って秘密の会合。ヘヘッ、これこそアメリカ!夢の国!気分はレザボア・ドッグスだ」
「……耳切り落とすぞ」
「おいなんでだよ!」
ビルは軽く跳ね、前のめりになった。
「せめてハッピーエンドの映画を言えよ!失敗して2人とも死ぬ気なのか!?縁起悪いだろ!」
「……ダイナー、ダイナー。おっ、じゃあパルプ・フィクションならいいか?」
「……あれも片方死ぬだろ」
「したらタランティーノで例えられねェだろ!」
「そもそもなんでタランティーノ作品で例えたいんだよ!」
「好きだからだろ!」
俺は手を顔に当てる。
こいつと組むのは失敗だったかもしれない。やれやれ。
だがそんなことにはへこたれず、ビルはケロッとしている。
「んで、具体的な作戦は考えてンのか?」
「まぁ、ボヤっとは」
ビルはワクワクしながら聞いてきた。
「どんなんだ?」
「まず、親父さんを装って奴に連絡する。取引の申し出をしよう」
「おー、もう危ねェな」
ビルはヘラヘラと笑っていた。
「で、多分バレる。俺が騙そうとしてることに気づくだろうけど、多分乗ってくる。俺を逆にはめ返してやろうってな。で、そうしたら予定通り取引場所に行く」
「お!コレはまさか……」
ビルが俺を軽く指さす。
「部下を引き連れてきたハリソンをまるごと蹴散らして奴を連行!」
「ヒュウ!……いや、流石に多勢に無勢じゃねェか?」
その言葉、待ってました!とばかりに俺はキャッシュをテーブルの上に置く。
「そこでこいつの番だ」
「この前の金!それで手下を買収すんのか!」
「それも考えたけど、向こうはケツ持ちが企業人な訳で金払いでは負けるだろうからな。それになりより面白くない!」
ビルの顔はこちらを訝しはじめた。
「ンじゃ、どうすんだよ」
「いるだろ?安く雇えて、暴れたくて、どうしようもない奴らが」
ビルは指を鳴らす。
「フリーの連中か!」
「当たり!ナカトミやらなんやらに集まってる安いチンピラを雇ってひと暴れだ!幸い、奴らは大抵エリートを恨んでるから喜んで雇われる」
我ながら無茶苦茶な作戦。
だがハリソンのやつと腰を据えて話すには、まず奴を叩きのめさなきゃならない。
不良なんてのに話し合いは通じない。
戦って負けて、そこで始めて大人しく話をする気になるのがあぁいう奴らだ。
だからわざと総力戦に持ち込んでこっちが勝つ。
それでやっと無抵抗のあいつを捕まえられる。
そしたらナカトミにでも行って、じっくり話し合えばいいさ。
「ウオオオ!なんか燃えてきたぜ!暴れられるなら尚更な!」
「これは俺の復帰祝いの景気づけも兼ねてるからな。派手にいこうぜ」
「……確かに最近のオマエは暗かったけどよ。復帰祝いつッたって今までも動いてたじゃねェか」
「いーや、今までの古いユウトは死んだ」
俺はわざとらしく間をあける。
「ここからは、ネオ・ユウトの誕生だ」
俺が満を持して決め台詞を放つと、ビルと俺は盛り上がってシークレットハンドシェイクをした。
「でもネオ・ユウトはダセェ」
「やっぱりか」
話も終わったところで、俺らは席を立つ。
テーブルの上にきちんと金を置いてダイナーを出てすぐの事だった。
「でもさ」
「ぁン?」
「クラシック・ボーイズってのも十分ダサくないか?だからクラシックスって呼んでるわけだし」
俺が言い終わる頃には、ビルの口があんぐり開いていた。
そして直ぐに大声を出す。
「ハァァァァ!?相棒!今すぐ訂正しろ!これはむしろ風情のある壮大な名前で、凡人には理解できない崇高な――」
俺は耳を塞いだ。
……これからが楽しみだ。




