第37話「Carpe Diem」
「はああぁ……」
彼の姿が見えなくなり、どっと疲れが出た。
なんだってこんなことに。
これなら家から出るんじゃなかった。
久しぶりにこんなにハラハラさせられた。
そう思いながらビルの顔を見ると、彼はいつも通りヘラヘラしていた。
「おい、よく笑ってられるな」
「だって見ろよ。お目当てのモノが手に入って、金も戻ってきて、オマケに悪党をおシャカにしてやったんだぜ?誇るべきだろ!」
「その代わりにあのハリソンを敵に回したけどな」
「ま!そりゃあそうだけどよ」
ビルは高笑いした。
全くどこがそんなに面白いんだ。
本当にマズいぞ。
というかあいつ、アカデミー生ってことだよな?
だとしたら鉢合わせになる可能性がある……?
「あー、終わった。遺書とか書いとくか」
「オイ!こんな面白いこと、みすみす逃すつもりかよ!」
「どこが面白いんだ!こっから先、生きるのも命懸けだぞ!」
「……なーに言ってンだよ、相棒」
「あ?どういうことだよ」
ビルの言った言葉に俺は戸惑う。
「オレらの生き方なんて、いつだって命懸けだろ?今までいくつ綱渡りしてきたよ。でもまだオレら生きてンぜ?今回も楽勝!なんたって――」
ビルは両手の親指で自分を指す。
「……無敵のビル様だぜ、ってか」
「そういうワケ!」
まぁ確かに。それもそうか。
こんな街で生きてられてるんだ。
少しくらい危険が増えたところで誤差、ね。
誤差誤差。
……本当に誤差だろうか。
「なら、それで納得しとくか」
「オイオイ、まだ納得しねェのかよ!」
「いや、したって」
「してねェだろ。……ッたく、そんなら言うけどよ」
勿体ぶったようにビルはやれやれと仕草した。
「なんだよ」
「最近、退屈だったんだろ?毎日毎日同じコトしてるだけー、って感じか?ま、オレにゃよく分かんねェけどよ!……でも――」
「今はスゲェ楽しそうだぜ、ブラザー」
ビルに言われてハッとした。
あぁ、そうだ。
確かにさっき暴れた時は清々しい気持ちだった。
いや、もっと言うと取引がスムーズにいかなそうだと分かった時、確かに胸が高鳴った。
そうか。
人には非日常が必要なんだ。
世の中何もかもつまらない、つまらないと思っていたがそうじゃない。
つまらなくしてたのは他の何でもない、俺だ。
あーぁ、ビルに教わることになるなんてな。
一生の不覚かな。
「……フッ、そうかもな」
俺はケースの上に無造作に置かれたキャッシュの束を半分ビルに投げた。
「照れんなッ……て。お、なんだよ」
「取引、滞りなく成功したな」
「おう、大成功だったぜ。さっきも言ったろ?ブツも手に入って、金も戻ってきて――」
「いやいや」
俺はビルの言葉を遮る。
不思議そうな顔をした彼に告げる。
「大成功じゃない。俺らはただ“成功”したんだよ。なんのさしたるイベントも起こらずに、な」
ニヤつきそう言うと、ビルは斜め上を向き考えた。
数秒経ってから片眉を上げ、嫌な笑みを浮かべた。
「あー、そうだな。この金は“たまたま拾った金”ってヤツだな。こことはなんの関係もねェ」
「そういうこと」
「親父にバレたら殺されんぜ?」
まぁそれはその通りだ。
一理ある、確かに一理あるが……。
「だけど俺達、生きてる」
「ダッハハハ!やっとチョーシ戻ってきたぜ!それでこそだ!」
背中をバシバシと叩かれ、身体が揺れる。
それが終わるとケースと現金を持つ。
「ッしゃあ、行くかァ!」
「あぁ」
俺はポケットからタバコの箱を出した。
それを少しだけ見つめ、放置車両のボンネットにそっと置いた。
「いいのか?」
「いいんだ」
また不思議そうにするビルの顔を見る。
「もっと面白い事、見つけたからな」
俺らは笑いながらその場を後にし、そのままの足でSHINERに戻った。
挨拶をして、結果やらなんやらを報告。
ケースも渡した。
「おー、上等じゃねぇか。よくやったなガキ共」
「任せとけよ、親父!」
ドン・シルヴィオに向けて胸を張るビル。
まぁ確かに、それだけの事はした。
「またユウトが暴れて終わりかと思ったけどな」
ジュニアが俺を茶化しに来た。
「馬鹿言うな、相手は企業の坊ちゃんだぞ。んな事するかよ」
まぁ、したんだが。
「やっぱり来たろ?ガッハッハッ!お前と同じ所通ってるってからよ。仲良く出来んじゃねぇかってな!」
シルヴィオに背中を叩かれる。
仕草が年々ビルと大差なくなってきてる。
どっちも勘弁してほしいな。
「えぇ、まぁ。……仲良くなれそうですよ」
「なーら良かった!良い顔になったな。俺のおかげだ!ぶわっはっはっは!」
隣でビルが笑いながら俺を見た。
ったく。
どいつもこいつも。
んな言う程最近の俺は嫌な顔してたかよ。
「……どうも」
「よし!じゃあ遊びに行くか!お前ら!」
ジュニアが俺ら2人の肩に手を乗せる。
「お!さすが若!行くかァ!」
「どうせ拒否権もない事だしな」
「機嫌よくてもノリの悪さは変わってねぇじゃねぇか、こいつ!」
ジュニアは俺の頭を叩いた。
「やめろ」
俺は彼の手を払い除けた。
そうやって盛り上がりながら3人仲良く外に出ようとすると、「ちょっと待て」と親父さんから声がかかる。
「ユウト、ビル。このパーツはお前らが付けるブツだ。付けてこい」
葉巻を吸いながら彼は確かにそう言った。
「え?」
俺とビルは聞き返した。
「2度も言わすんじゃねぇ。これはお前らが付けんだ。行ってこい」
そう言うとさっきのアタッシュケースが手元に投げ込まれる。
「あ、あぁ、了解」
「おう」
戸惑う俺らを横目に、ジュニアはヘラヘラとしていた。
「なぁ、親父。んなもん明日でいいだろ?今日は久々にこいつらと遊びてぇんだよ」
「じゃ、明日取りに来い」
「……分かった」
俺はケースをバーカウンターに置いた。
ジュニアに肩を組まれ、3人でSHINERを出た。
俺らが外に出て、やる事は決まっていた。
それはまず、ビリヤード。
「よし、これで俺の勝ちだ」
「若、手玉のスポットはダメだって何度言ったら分かんだ?」
「……やれやれ」
お次にダーツ。
「おっしゃァ!ハットトリックだぜ!」
「おー、流石だな。ビル」
「よし、じゃあ、次は1のシングルじゃなくてブルを狙ってくれ、ビル」
ゲーセン。
「どうだ!これが俺の実力だ!ビル!」
「やるな!若!だけどオレァしこたま練習したからな、負けねぇぜ!」
「2人とも、それデモプレイだぞ」
とまぁ、大体はこの順で巡っていく。
そして最後にはクラブに行くのが定番だった。
なぜ最後か?
それは勿論、ここで解散するからだ。
大抵はここで引っ掛けた女と夜の街に消えることになる。
この日もそうだった。
いやぁ、でもこの日は最高だった。
なんて言ったってビルが――
***
「ストップですわー!!!」
「おわっ!」
ハンナの突然の大声で、時が今に戻された。
「な、なんだよ」
「私!私!ダーリンの過去の女性の話なんて聞きたくありません!!飛ばしてくださいまし!」
彼女はもうかなり酔っていた。
「そ〜だそ〜だ〜!乙女の気持ち分からないなんてユウトってば最低〜!」
「こりゃ一本取られたな!相棒!」
「やはりモテないわけだな」
もう言いたい放題だった。
「いや、でもこれ話さないとこの次が……」
「嫌ですわ!」
ハンナは立ち上がって俺の前に来た。
「嫌!」
膨れ上がった頬がなんとも愛らしい訳だが、この状況を納めなければ進めない。
どうしたものかと彼女を見つめていると、腕が大きく開かれた。
「え」
「ぎゅってしてくださいまし」
恥も外聞も無かった。
「いやいや、みんな見てるし」
「んー!」
強情な彼女のことだ、ここまで来たらするしかない。
こちらも腕を開き、彼女が飛び込んでくるのを受け止めた。
背中をさする。
「これで落ち着いてくれるか?」
「んーーーー」
胸に顔を埋め煮え切らない返事のハンナだが、俺はみんなのニヤついた顔が見えているわけで。
恥ずかしいので、早々に終わりにする。
「隣座ってていいから、な?」
そう伝え隣に座らせるが、彼女は駄々っ子のように首を横に振り続ける。
「俺の話聞いてくれない?」
「聞きたい、けど……」
頬を膨らませたまま下を向く。
そして数秒後、上目遣いになって肩に寄り添ってきた。
「……もう、他の女の子の話しない?」
「……分かった、しないよ。約束する」
俺はハンナに手を回し頭を撫でる。
「……じゃあ、聞く」
「ありがとう」
次いで俺は彼女の頬を撫でた。
……見られていることも忘れて。
「……なんかアタシたちお邪魔かも〜」
「オイオイ、ここでおっぱじめるのだけはやめてくれよ!」
「Love Birds」
「ッ……。話戻すぞ」
***
次の日、寝不足のまま俺はアカデミーに行った。
ジュニアとビルはSHINERに帰っていった。
昨晩のビルは諸事情で寝れず、早く寝たかっただろう。
早急に帰っていった。
悪いがその“諸事情”はいつか本人に聞いてくれ。
先程思考に制約がかかったもんでね。
アカデミーに着き、いつもの席に座る。
今日も高性能AIやらヒューマノイドやらの教師が教鞭を執った。
最近はヒューマノイド教師と言えど、小賢しく小話などを挟んでくる。
案外きちんと聞けば、授業って面白いよなーなんて考えていたころ。
この時俺は既に忘れていたことがあった。
さて、そうして休み時間になると、教室前の廊下が騒がしくなった。
またくだらないことでも起きてるのかと思ったが、思い直した。
そうだ。
日々をつまらなくしているのは自分自身。
何事も冒険、だな。
そう思いガヤガヤしている廊下に野次馬に行くと、俺はすぐに後悔した。
「あ、いたいた!この前の不良くん!」
彼は俺を指さす。
「……ハリソン」
あーぁ、冒険なんてクソ喰らえ。




