第31話「罠②」
――あぁ、気分が悪い。
ハンナの方が辛いだろうから、あまり考えないようにしていたが、……あんなのを聞かされると流石にな。
もちろん、分かっている。
まことしやかに囁かれていたことが現実になっただけのこと。
アンドロイドやヒューマノイドが普及してきた黎明期、いずれあなたの隣人がすり替わるだろうという記事やニュースが当時は散見された。
そして、ほどなくしてそのような記事を書いた記者やライターは失踪した。
企業にとって邪魔な人間は消えるのみだからな。
あいつは自分のことを創造主だなんて形容していたが、世の中に悪魔ってのがいるなら俺には今日その正体が分かった。
エドワード・J・グレイス。
あぁ、彼の事だ。
他にはありえない。
……奴の話を聞くに、俺らが監視されていたのは俺らを鍵と表現したことに繋がると推察出来る。
正直、何のキーパーソンになったつもりもない。
でも、ここ最近で身に降りかかった事柄を思い浮かべると、確かに何かに巻き込まれている。
そう言われた方が納得できる。
彼の言った“予想通りの動き”が俺らのどの期間をどれを指すかは分からない。
だが、少なくともCKSFに監視された期間はそれに該当しているはずだ。
全部、予想通り、ね。
面白いことを言う。
総帥からコメディアンに転向するといい。
きっとすぐに大スターだ。
……ただ、今この状況自体は全く面白くはない。
今すぐにハンナのフォローもしたいし、これを片付けたら総帥の下にも行かなきゃならない。
平穏な暮らしはまだ遠そうだ。
まぁ、今は目の前の事に集中しよう。
走って辿り着いたCKSFの門の前で、守衛所の様子を伺う。
……誰もいない。
ついでに頭上にあったセキュリティカメラがオフになっている事を確認して、屈む様にして侵入する。
前方に目を向けると隊員達は慌ただしくマイケルのいる本部棟に集まってきている。
奴らの持っているものは軍用小銃の新型AKMだろうか。
自然と持っている銃を強く握りしめる。
当たり前だが、こちらとは制圧力が違いすぎる。
これを正面突破するのは至難の業だ。
だが、あくまでこちらは陽動。
とにかくマイケルに集まってきている奴らを少しでも減らせばいい。
よし、ごちゃごちゃ言ってても仕方ない。
始めよう。
2発。
本部棟に集まっている隊員たちに向けて発砲する。
「おーい!お前ら!こっちにもいるぞー!」
手を振って奴らにアピールする。
途端に見えている隊員がこちらに向き、一斉射撃が開始された。
「やべっ」
咄嗟に滑り込み、車をブロックするための障壁に飛び込んだ。
腰ほどの高さのコンクリートブロックの冷たい表面に背中を押し付け、息を殺した。
銃声が耳元で鳴り響き、コンクリートに当たるたびに小さな破片が飛び散った。
この間もすごい勢いで銃撃の音が聞こえてくる。
一定間隔で鳴り響くそれは、物に当たり散らしながら演奏するオーケストラの様だ。
この音が体を貫かないだけマシだな。
ひとまずはここで何とか持つだろうが、全く顔を出せる気がしなかった。
俺はすっかり相棒となったスマートガンだけをやつらに向け発砲する。
しっかりと狙わなくとも基本的には弾道が勝手に奴らにフォーカスされる。
結構楽だろ?
まぁ、だからと言って……。
一瞬だけ顔を出して、相手の様子を伺う。
当たったには当たっているが、彼らのパワードスーツの前では全く歯が立たない。
やっぱりこうなる。
銃声で辺りがうるさい中、俺は通信先に向かって声を荒げる。
「おい!マイケル!一応こっちにも引き付けたけど、早いとこそっちからやってくれないと俺が死んじまうぞ!」
「君の外骨格ならハチの巣にされても3秒は持つだろう」
「おい、悠長な事言ってる場合か!俺じゃ突破できないって!」
「まぁ見てろ」
「はぁ?」
彼がそう言った後、奴らの方面から鋭い音と彼らの悲鳴が聞こえてきた。
こちらへの弾幕が止む。
恐る恐る顔を出してそちらの方を見る。
パワードスーツを着たまま、真っ二つになった彼らが横たわっている。
奥を見ると、建物の中から出てきたのであろうマイケルが刀の様なものを持って華麗に暴れていた。
「マジかよ……」
驚きもほどほどに、奴らの方へ走る。
奴らが落とした小銃を拾い、ハッキングする。
やっぱこの手のパーツ便利すぎるな。
アートに感謝しなきゃな。
そしてマイケルを援護するように、奴らを狙って撃ち込んだ。
貫徹はしないが、衝撃はあるようで彼らはよろめいた。
それを見逃さずマイケルは彼らを切る。宙に飛び、回転しながらも刀を振るう。
刀身が光を反射し、まるで曲芸師の演技のように華麗だった。
刀が一閃するたびに、パワードスーツが悲鳴を上げ、真っ二つに割れる。
敵が次々と地面に崩れ落ちる。
1人、また1人とマイケルの刀が敵のパワードスーツを切り裂く。
スーツが火花を散らしながら真っ二つに割れる。
敵は悲鳴を上げる間もなく、地面に倒れ込んだ。
スーツの断面からは煙が立ち上り、金属の焼ける匂いが漂っていた。
先ほどまで威圧的に立っていた男たちが、今は無残にも地面に散らばっていた。
刀で切り裂かれ、火花を散らしながら彼らはゆっくりと機能を停止してゆく。
あんなにいたゴツい男どもが今や原型も留めずに散乱している。
戦闘の喧騒が一瞬で静寂に変わった。
「ヒュウ、やるじゃん。それどこで手に入れたんだよ」
俺の質問に、CKSF隊員服を着たマイケルが鞘にそれをしまい答える。
「地下に武器庫があった。どれもガラクタだらけだったが、これは使えそうだった」
近くで見る限り、それは高周波ブレードと呼ばれるものだろう。
硬いものでもスパスパ切れるアレだ。
「っていうかどんな戦闘モジュール入れてるんだ?いくらお前が強いからって、……これじゃあ1人で一個師団分あるって言われても不思議じゃないぞ」
「そんなものに頼っているからこいつらは弱いんだ。ただ鍛錬あるのみ。日々の積み重ねこそが力だ」
真っすぐと見つめてきたその綺麗な目は、圧倒されるに十分な力を有していた。
「はぁ、……恐れ入った。本当、敵じゃなくて良かったよ」
「フッ、いつか敵になるぞ。必ずお前らのような悪党は捕まえるからな」
そう彼が言うと、俺らは互いに笑い合う。
「……そうだ。ビル!聞こえるか?こっちは終わっ――」
「ユウト!」
マイケルの声が聞こえた瞬間、首元に冷たい腕の感触が走った。
硬い物をこめかみに押し付けられ、身体が一瞬硬直した。
『動くな!』と後ろで男が叫び、さらに強くこめかみに押し付けられる。
……油断した。
「お前は通信を切れ。……そこのお前もだ!武器を捨てろ!」
後ろにいる人間は俺に銃を押し付け、マイケルに対し武装解除を要求した。
言うとおりにするしかない。
俺は脳内通信を切る。
身体の後ろに当たる感触に頼ると、どうやら彼はパワードスーツを装着してないようだ。
今の今まで隠れてこちらの様子を伺っていたのだろう。
「……すまん」
「いや、私のせいだ」
「いつまでうだうだしているんだ!早くそれを捨てろ!」
男は耳元でうるさく騒ぐ。
恐らく俺は何をしても殺されるだろう。
だがマイケルがやられるわけも無い。
マイケルは冷静な表情で敵を見つめ、刀を握り直していた。
この目を見れば分かる。
俺とこいつが死ぬか、こいつだけが死ぬかの二択だ。
「マイケル、俺は無視しろ。やってくれて構わない」
彼は合理的かつ冷静な判断の出来る男だ。
俺ごと切り伏せられる。
だが、それを口に出すと途端に死が近づいたように感じた。
心臓の鼓動が早まる。
体中に巡る血液が冷たく感じた。
ビルもハンナもいる。アート、エミリーだって。
これからのことも奴らに任せていれば平気……。
だから大丈夫だ。
最悪俺が死んでも。
いや、嘘だ。
嫌だ。
死にたくない。
例えこんな状況になっても、俺はまだ。
あいつらと一緒に居たい。
ハンナの笑顔をもっと見ていたい。
……あぁ!くそっ、考えろ。
人は考える事を止めた時に初めて死ぬ。
考えろ、考え続けろ。
ダメだ、打開策が思いつかない。
……使えない脳みそだ。
こんな生活を続けていると分かる。
世の中は映画じゃない。
人は撃つ。
抑止力なんてものは存在しない。
頭を駆け巡る様々な問答。
だが、その全てを置き去りにして、目の前のマイケルが銃と刀を地面に投げ捨てた。
俺は目を丸くする。
「……何してるんだ。マイケル」
「お前を見捨てるわけにはいかない。言っただろう、必ず私がお前を捕まえる。必ずだ」
「……馬鹿、お前」
「ほら、手ぶらだ。そいつを放してくれ、私が代わりに捕まろう」
そういうと彼は両手を挙げた。
「よ、よし、じゃあ手を頭につけて後ろを向け!そのままこちらに向かって後進するんだ!」
そうして目の前に来たマイケル。
緊張感が漂う。
後ろにいる男が、俺を放す。
そうして代わりにマイケルの首元を腕に回そうとする。
……今しかない。
ここで行動を起こさなければ――。
そう思った刹那、マイケルは俺に向かってタックルをしてきた。
「今だ!」
彼は大声をあげる。
銃声が1発分響く。
男が倒れた。
そして同じく地面に倒された俺には何が起こったか理解できなかった。
何だ。何が起きたんだ。
俺は状況を確認しようと銃声の方を見る。
「ハンナ!……来たのか」
彼女がこちらに走ってくる。
マイケルは既に立ち上がり、武器を取ろうとしていた。
「ユウト!」
上半身だけ起きている俺に、ハンナが抱き着く。
先程まで首に回っていた腕の感触とは違い、この腕の感触は心地が良い。
安心する。
驚きつつも、俺は片腕を彼女の背中に回す。
「ハニー、大丈夫か?」
「それは貴方の方よ!怪我は無いかしら!?痛い所は!?」
ハンナは抱きしめるのを止め、俺の身体のあちこちを見始めた。
俺よりもパニックになっていそうな彼女を見て、少し笑ってしまう。
「ちょっと!笑い事じゃありません!本当に心配したんですから!」
「ハハ、悪い悪い。君の顔を見れて少し安心してさ」
「……もう。本当に貴方は……」
先ほどよりも強くお互いを抱きしめ合った。
彼女の温もりが伝わる。
冷たい血が温まっていくようだった。
「……本当に大丈夫か?ハニー。人、撃ちたくなかっただろ?」
彼女の腰元にあるLCタイプのルガーを見る。
「……貴方のためならいくらでも撃ちます」
そう言いながらも震えている彼女の手を優しく握る。
「ありがとう」
「えぇ」
2人で照れくさく笑い合う姿を傍から見ていたマイケルが言う。
「アツアツの所悪いんだが」
「なんだよ」
「追手が来ているようだ。急ごう」
「も、もっと早く言え!」
「邪魔したら悪いからな」
「思っても無いくせに……」
悪態をつきながら俺らは立ち上がり、砂ぼこりを払う。
目の前でマイケルがハッとした表情を見せた。
途端に彼は叫ぶ。
「まずい。走るぞ!」
マイケルの合図で、俺らは出口に向かって一気に走り出す。
しかし、正門入口の守衛所前には、応援要請で駆け付けたであろう隊員達がちらほらと集まってきていた。
銃口がこちらに向く。
……遅かったか。
絶体絶命の状況の再来と思っていた矢先、意外と早くにそれは打開された。
轟音と共に近づくエンジン音。
その振動が地面を揺らし、タイヤが地面を蹴り続ける。
それらが近づくと同時に、CKSFの連中がはじけ飛ぶ。
紛れもない。
ビルだ。
「ッしゃあ!ハッハァ!待たせたなァ!乗れ、オマエら!」
俺らはその声を目掛けて、再び走っていった。




