第24話「Back and Forth」
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
未だ恥ずかしがる彼女を降ろして、俺らは横に並び歩いた。
ハンナ曰く、この敷地内に自分の屋敷があるらしい。そこを目指す。
ここにいると、ネオ・フランシスコにいることを忘却しそうになる。
外の景色とは何もかも違う。
幻想的で、確かにそこに存在するはずの何もかもが虚像に見えた。
……向こうに花畑がある。
もしかしたらグレイスの総帥も、こんな街は見たくもなくて、黄金郷を創り出したのじゃないだろうか。
漠然とそう思った。
花壇の方を指し、ハンナが言う。
「あそこのお花達は私がお世話していますの」
「へぇ、あんなに沢山?」
俺には花なんてなんのこっちゃ分からないが、数が多いのは見ればわかる。
「えぇ!」
「どういう花を育ててるんだ?」
花畑の前まで来るというところで、俺はこの質問を投げかけた。
花に興味があった訳じゃない。
だがどういう訳か知りたかった。
彼女が好きな物に興味が湧いたのかもしれない。
それとも過去の記憶からかな。
分からないが、とにかく知りたいという気持ちは本物だった。
彼女はそこで屈んだ。
「説明するわ!」
「よろしく」
そう言うと彼女は咲いている様々な花を説明し始めた。
「手前の黄色い物がスイセン、その奥の白いお花も同じものですわ。そちらの赤や紫の物がチューリップと言いまして――」
そう。見ればわかるが、単一の花や色で構成されている訳ではなく、様々なものが良いバランスで植えられている。
恐らく絶妙なバランスが求められるもので、少し崩れると散らばった印象を受けてしまうだろう。
きっとすごく努力したんだ。
「……綺麗だな」
俺は彼女の顔を見て言う。
「へ?」
「凄く綺麗だ」
「フフ、そうでしょう?私頑張りましたの」
その花に見えたのは努力、笑顔、麗しさ。
そのどれもが美しく見えた。
「どの花が1番好きなんだ?」
「どれも大好きなお花達ですが、私は……こちらのお花が1番好きです」
「えーと、さっき言ってた……。ダリア?」
「フフ、そうです。ちゃんと聞いてくれていましたのね」
少し意地悪な笑みを浮かべた彼女は、その花を1つ摘んだ。
「色にもよりますけれど、花言葉は華麗、感謝、優美などがあるわ。それに……」
「それに……?」
「……ダリアは結婚式にもよく使われるの」
何やら意味深な話にも聞こえてきた。
深い意味は無い。そう信じたい。
じゃあ君と結婚する時はこの花を使おう、とか冗談が言える雰囲気なら良いが、どうもそうでも無い。
そう思っていると彼女は俺の服の胸ポケットに、ダリアを差し始めた。
「何してるんだ?」
「……予約」
「え?」
耳が赤いのが見て取れた。
……聞き間違いじゃないらしい。
なんの?なんて聞くのは野暮だろう。
大胆なのか、無謀なのか、それは分からないが彼女が勇気を出したことは分かる。
「さ、そろそろ行きましょう」
その照れを隠すように、彼女は俺の手を引き、自身の屋敷へと連れていった。
中に入れば、相変わらず豪華な作りの建物だった。
この間と違うのは、使用人が女性しかいないということだろう。
どうやらハンナの為の屋敷っていうのは間違いないらしい。
自室へ辿り着き、向かい合ってソファに座ると飲み物が運ばれた。
その後も大分話は弾んでいた。
話し込んで1時間くらいは経っただろうか。
そういえば、と思い俺から話を切り出した。
「ハンナは何も改造していないんだよな?」
「それはその、ユウトやアーサーの様に、体に機械を付けること……かしら?」
「あぁ、そうだ」
「えぇ、何もしていないわ。お父様に禁じられていますから。特段付けようとも思ってはいないのだけれどね!」
実際のところ、付けないで生活できるならその方がいい。
付けてからの拒絶症は結構悲惨だ。
だが皆、そのリスクを見ないふりして付けているんだ。
急に限界が来るかもしれないのに。
「でも……興味はあるわ!あまり見た事が無いものだから」
……サムで見ているだろうに。
そう思いながら次の言葉を選んだ。
「見てみる?」
「……」
俺は隣へ来るように手で促した。
それに従い彼女は隣へ座る。
「これが最近つけたばかりのヤツ」
俺は手を見せてそう言った。
彼女はその手を両手で触っていた。
その手つきは、なんとも艶やかな気がした。
「これで何が出来るのかしら?」
「まぁ、物騒な使い方しかないよ。ハハハ」
「……お強いのね。……こちらも?」
そう言い、彼女は腹回りを指す。
何やら迷路を歩いている気分だった。
悶々とした気持ちで、全くのゴールがない迷路をさまよっていた。
「あぁ、ボディが撃たれても多少は何とかなるようにしてある」
そう言って俺は少し肌を出すと、彼女は腹にも触れた。
「……やはり男の方ですわ。鍛えてありますのね」
そう呟いた後、彼女は俺の顔を見た。
妙な間があった。
少し赤らんだ彼女の顔は、心なしかいつもより魅力的だった。
そういえば、少し前から距離が近いことに気づく。
呼吸音も聞こえる程に、近い。
そう思うと、彼女の顔もこちらに寄ってきている気がした。
いや、これは気がする訳じゃない。
事実そうなんだ。
彼女の息遣いが、2人きりの部屋の中でひそかに響いた。
期待と戸惑いが胸の奥でぶつかり合い、心拍は早鐘のように鳴り始めた。
彼女の顔が近づくにつれ、理性も熱情に溶かされるようだった。
張り裂けるばかりに心臓の鼓動が早まっているのは、果たして俺の感覚なのだろうか。
はたまた彼女のそれが伝わってきているのか。
分からない。
彼女の事を想ってからずっと、何も分からない。
ただ、自分の気持ちは分かる。
素直になれって、言ったばかりだ。
……。
彼女の唇が、俺の唇と重なった。
こちらから迎えにいくようなキスだった。
お互いの唇が離れると、ハンナは照れるように俯いた。
「こ、こちらから誘っておいてあれだけれど、は、恥ずかしいわ……。ち、ちょっと、急ぎすぎちゃったかしら。ませてる訳じゃないのよ!私は――」
もう一度、彼女の唇を奪った。
……我慢の限界だった。
俺は彼女をその場で押し倒した。
何気ない日の午後、陽も傾くかという刻。
――2人は体を重ねた。
***
「……まだ、日も落ちてないのにな」
「……そうですわね」
「ごめん。ちょっと我慢出来なかった」
「……私、今日あまり良いお召し物じゃ無かったのに、恥ずかしいわ」
「そんなことない。綺麗だったよ。……日も明るいおかげで、よく見えた」
俺がそう言うと、2人でベッドの上で笑った。
「しといてなんだけど、初めてが俺で良かったの?」
「……これから先も、最後も、貴方で無ければ嫌。他の女性は見ちゃ駄目よ」
今のご時世、そういう倫理観がある奴は稀だろうな。アメリカでも、特にこの街は。
「……あぁ」
「……返事に間がありましたわよ!」
へへへと笑い、誤魔化してみたものの、彼女はまだ不貞腐れていたので重ねてキスをした。
彼女は幸せそうな顔をした後、焦って取り繕いつつ、
「そんなもので、誤魔化されませんわ……。全く……。やはり文献通り、殿方は……」
とぶつくさ独り言を言い始めたので、話題を変えてみる。
「……そういえば、通話の時休憩中って言ってたけど、この後何かあるのか?」
俺がふと聞くと、彼女はガバッと起き上がった。
「大変ですわ!!!遅刻してしまいます!!!!」
「え」
ハンナが起き上がった後、俺らは慌ただしく着替え始めた。
幸せなピロートークはおしまい。
女中に手伝ってもらう訳にもいかず、少し難航したが、大まかに着替えは終わり、後片付けもバッチリした。
そして、最後の仕上げに使用人を呼び、服装をチェックしてもらっていた。
「……邪魔になるだろうし、俺もう行くよ」
「あ!ちょっとお待ちくださいまし」
そう言うと使用人を振り払い、彼女はこちらに来た。
そうして、名残惜しくキスをした。
「また、逢いに来てくださるのよね?嫌よ、これで終わりじゃ」
「あぁ、もちろん。また来るよ」
笑顔でそう答え、手を降って部屋を出た。
彼女もまた、扉が閉まるまで手を振り返していた。
その後も1週間に3、4回は顔を合わせる生活が続いた。2、3ヶ月経っただろうか。
その間はビルもアートも各々の仕事で忙しそうだった。最後に会ったのはジュニアの葬式だ。
しかしアートに関してはいつも通り連絡すらない。あいつは本職をやってる時に連絡を全くよこさないんだ。ここまで来ると逆に安心する。
俺はあの片岡本社ビル爆破事件以降有名になったようで、仕事もよく入ったからソロで大分稼いだ。
そんな生活なもんで、エミリーとはナカトミでよく話した。
ハンナのことを話すと終始楽しそうに話を聞いてくれた。
今日も今日とて、エミリーと話していた。
「え〜いいじゃん〜、幸せそう〜」
「そっちはどうなんだ?」
「う〜ん。最近連絡無いね〜」
「あいつ……、どうかしてるな」
「ね〜、こんないい女普通盗られちゃうよね〜」
「エミリーが見た目とは裏腹に一途な女で良かったな」
「あ〜、それどういう意味〜!」
いつもこんな会話をして笑っていた。
だが決まってアートの話をする時、エミリーは寂しそうだった。
本当にあいつの事が好きなんだろう。
あいつもあいつで、こんなに1人女を愛し続けているのは初めてだろう。
しかし、ここ1、2週間は奴から連絡が来ないという。
そんなに忙しいのか。
まさか他の女でも作ったか?
嫌な予感がする中、ロブがこちらに来た。
「おい、おめぇら、アレ見ろよ!ハリソンのとこのガキじゃねぇか?」
ロブの指差す方向を見ると、テレビにアートが映っていた。
「速報です。ハリソン・コーポレーションのアーサー・C・ハリソンが本日付で同社社長に就任しました。本社ビルではお祝いの声で溢れており、祝賀会も行われる見通しです。これに伴い、同社はグレイス財閥との関係強化を――」
……嘘だろ。親父はどうした?
というか、こんなこと事前に言って無かったぞ。
いくらなんでも急すぎないか?
「どういう事だ……」
俺がボソリと呟き、エミリーの方を見ると、彼女は真剣な顔でニュースの中のアートを見ていた。
「なんか……、疲れてるね、アート」
エミリーはいつもの話し方をせず、今までで一番真剣な表情をしていた。
初めて見る彼女の表情に、ただならぬ思いを感じていると、ビルから脳内通信が来た。
「オイ!ニュース見ろ!ニュース!」
「あぁ、今丁度見てる所だ」
「あのヤロウ!どういう事なんだ!」
「そんなの俺にも分からないって」
「こりゃ、一度問いつめなきゃならねェ!明日押しかけに行くぞ!」
「とりあえず落ち着――」
通信が切られた。
「聞こえてた?」
「うん」
「来る……よな?」
「うん」
エミリーの表情からは、なんの感情が彼女を支配しているのかは見て取れなかった。
怒りと哀しみと……、あとはなんだろう。
煙草に火をつけ、吸い始めたロブが言う。
「こういうときぁ、気ぃつけろよ。何か変な事が起こるからな。この歳までこの街で生きてる俺からのアドバイスだ」
彼の言う言葉にごくりと喉を鳴らした。
嫌な予感は……当たるから嫌な予感なんだ。
先に待っている何かも分からない重い不安の中、冷や汗だけがするりと背中を伝っていった。
今回の話で、ついに10万字を超えました。
最近はSF(空想科学)の週間ランキングにも載ることが出来て嬉しい限りです。
(3/8現在も掲載されております)
まだまだ始めたばかりですが、引き続きお読みいただけると幸いです。
感想を書いていただいたり、評価やブクマ等していただけると本当に嬉しいです。
してやってもいいなと感じましたら、この機会に是非よろしくお願いいたします。
最後になりますが、本作を今後ともよろしくお願いいたします。
Mr.G




