第22話「CODE : LOVE&BROTHERS」
「ダッハハハハハ!!」
最悪とも言える笑い声が隣から聞こえた。
普段なら気にならないその笑い声も、酒のせいかやけに頭に響く。
「何度聞いても面白いぜ!……あの財閥のお嬢様となァ!ロミオとジュリエットかっての!!ハハハハハ!!」
バシバシと俺の背中を叩きながらビルは大笑いしていた。
はぁ、こいつもか。
「俺は何にも言ってないんだよ!こいつらが勝手に!」
俺は感情のままにビルに声を荒げる。
「まぁまぁ、落ち着きなよ」
「そうそう~」
ニヤつきながらアートとエミリーが俺を止める。
アートは肩が揺れているし、エミリーは口元を手で隠している。
……俺らはあの後、ビルを連れてアートの家に来た。
この広すぎる家の一角にあるバーカウンターに4人並んで座っている。
この家に常駐している銀色ボディのヒューマノイドが無表情でそこにいる。それは給仕としてカウンターの奥に立っていた。
俺はカウンターに顔を乗っける体勢で、グラスの中の氷が溶けていくのをぼんやり見つめていた。
……俺は今結構酔っている。
こいつらにいじられすぎてやけ酒をしているからだ。
「……くそっ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって」
「あ、これ大分出来上がってる」
「でもよォ、これお互いに気になってたとしても無理じゃねぇか?」
「やっぱ立場とか地位とかあるよね~」
真面目な顔したアートがエミリーに向かって言う。
「うーん。でも僕は立場とか地位とか関係なく、君を愛してるよ。エミリー」
「でもそれって結構めずらしくない~?……なんかハンナ可哀そ~、与えられたものを与えられたまま受け入れないといけないなんて~」
……恋愛を語っているときのエミリーは偉く真剣で、アートとのお約束の茶番も無しになった。
アートは目論見が外れて、あんぐりと口を開け驚いた顔をしていた。
「だけど聞いたら、オレらってグレイス専属になったんだろ?じゃあイケるんじゃねぇか?」
「厳しいと思うなぁ。企業の人間にとって、生まれと稼ぎ、地位の良さを持ってる人以外は全部使い捨ての駒だよ」
目の前で見た事のように語るアートの真剣な目つきは、彼の半生を表すのに十分だった。
「……オメェ、ホントなんでこんな所でオレら相手にしてんだ?」
「さっき聞いたでしょ。僕は特殊なの。……とはいえ最近パパに怒られてるから、そろそろまた戻らないとまずいっちゃまずいよ」
相変わらず俺はカウンターに顔を乗っける体勢でぼーっと話を聞いていた。
「そんな話は置いといて。……駆け落ちってのもありだよね」
「う~ん。逃亡生活ってどっちも幸せになれないと思う~。ロミオとジュリエットのエンディングは現実に起きたらダメ~」
「ぁン?アレってバッドエンドなのかよ!」
「そうだよ~今度一緒に観る~?」
難しい顔をしたビルは、腕を組んだ。
「古い劇だろ?面白いモンかねェ」
「絶対ビル泣くと思う~」
「おいおい!ビル様が泣くワケ無いだろ?」
良い機会だと思って、先ほどのいじりの仕返しをする。
「こいつ家電のCMで泣いたことあるぞ」
「おい!ユウト!余計なコト言うんじゃねェ!!」
アートとエミリーは目を細める。
「まぁ驚きはしないか……」
「泣いてそ~」
「……また話が逸れてるぞ!コイツの恋バナはどこ行ったんだよ!」
俺はそれに勢いよく顔を上げて答える。
「だから!俺は何も言ってないって!勝手な事ばっか言うなよ!」
「ふーん。じゃあ少しも気になってないの?」
「……」
「例えばよ、全部のしがらみをとっぱらっちまってデートしよう、ってなったらしねェのか?」
ビルのその言葉に一瞬怯む。
ハンナのあどけない笑顔が浮かび、胸が苦しくなる思いがする。
それ酒のせいだと言い聞かせつつ、自信の無い言葉が口から飛び出た。
「……する……けど」
「ほら」
「いいね~」
「いや、待てよ!それは……、誰に誘われたって一応はするもんだろ!」
俺は必死の抵抗を無駄に試みる。
「あくまで人として気になるだけで~、恋心かは分からないってこと~?」
「まぁ、……そういう、ことかも」
自分の心も理解できず、歯切れの悪い回答をする。
それも当然だ。最近になるまで人生を腐してまともに生きてこなかったんだ。
女と真剣に付き合うなんてしてこなかった。
だから理解のできない振りをしているが、本当は分かっていた。
これは恋心だ。俺の心臓を取り替えれば、産まれたばかりの赤ん坊も恋を知るだろうに。
「それが恋心かどうか判断するのにいい方法知ってるよ~」
「……どうやるんだ」
そう言うと、俺はエミリーに耳打ちされる。
聞くと信憑性に欠けていたそれは、とてもシンプルなものだった。
少なくとも、言わんとしている方向性は見えた。
「何するって?」
「発散するの~」
「……あぁ」
「……なるほどな」
野郎共はどうにも瞬時に納得した様だった。
「その後に~すぐに意中の人のことを考えるの~。それでもまだ会いたい!って思ったら~、それは恋だよ~」
「……なんで僕らが男なのに、自分らの扱い方をエミリーに教わってるんだろ」
「これが恋愛で男がオンナに勝てない理由かもな。駆け引きってめんどくせぇからなァ」
しみじみしていたのも束の間。
ビルは急に俺の背中を押して言う。
「っつーワケだ。ユウト、行ってこい」
「はぁ!?今からか!?」
「今がそのハンナの事を想ってるピークだろ?だったら善は急げだ!イってこい!」
「……マジかよ」
俺は酔いとめんどくささでうなだれた。
「俺今そんな気分になれないって!」
「いや、そんな日は無ェ」
「僕らがいる限り何を言っても無駄だよ。行きな、ユウト」
……またこいつらこの展開を楽しんでやがる。
「分かった分かった!行ってきてやるけど、どんな結果になっても文句言うなよ!」
……はぁ、めんどくさい。
酔いも醒めてきた気がする。
そんな冷めた思いで、俺はこの家を後にした。
少し経って辿り着いたネオン街でよさそうな店を探していると、エミリーからメッセージが飛んできた。
――生身だよ!
は?生身?どういう意味だ?
――なんだそれ
――女の子!
―ヒューマノイドじゃダメ!人間の美人の女の子!絶対ね!
……あぁ、もう。今日は高くつくな!
そう思いながら、このネオン街一番の店に入っていった。
***
「おい。閃いたぞ」
俺は帰宅と同時にバーカウンターの方に勢いよく声をかける。
「え?なに?」
アートはグラスを置き、こちらを振り向いた。
「お前の苗字を借りればいいんだ」
「ちょっと待ってなんの話?」
なにやらアートの目には不安が見えた。そうなるのも無理は無い。突拍子もないことを言った自覚はある。
「ハッハァ!オレの勝ちだ!正面からハンナに会う方法だろ?」
「あぁ」
俺は恥ずかしげも無く答える。
「え、ちょっと待って、Post-Nut Clarityじゃん!うわー!負けた!」
「ほら~!やっぱり~!」
「おい、アート!寄越せよ!」
「うわー、後で送っとくよ」
「ゼッテー忘れんなよ!」
……どうやら俺がシた後も、ハンナの事を想っているかどうかで賭けをしていたらしい。
アートの不安な顔つきの正体はこれか……。
「いやー、そっかー。あの娘良い身体してたからてっきり下のほうだと……」
アートが悔しそうにくだらない反省をしていた。
それを完全に無視して、ビルがこちらを向く。
「で?何て言ったよ、相棒」
「俺はハリソンを名乗る」
「え?それだけ?」
アートも顔を上げた。
俺は意を決して言う。
「俺は今からアートの兄弟だ。一個下の」
「いや、まぁ年齢的にはいけるけど。ちょ、ちょっと待ってよ!」
「ンだよ、ダメなのかよ」
ビルが呆れたようにアートを見て言った。
「いや!そりゃ駄目!……じゃない……、の……かも」
喋りながら考えたらしいアートは、徐々にその覇気を失っていった。
次の瞬間には驚いたように自問自答の言葉を羅列した。
「え?嘘。これ駄目じゃないの?こんな無茶苦茶なのに?」
「ハリソンでNo.2のお前がOKを出してくれたらもうオフィシャルだ。後は社長の耳に入らなければ良いだけだが……」
「……忙しいパパがそんなもの自分で対処する訳ないし……。いけるか……」
「流石だな!ユウト!これで解決だ!」
「キャ〜、素敵〜!」
「えー。えー。嘘だー」
「って訳で乾杯」
俺はこの流れのまま、スマートに駆けつけ一杯を飲み干す。
ビルは少し真面目なトーンで改まって口を開いた。どうやら真剣な話らしい。
「……解決したところで悪ィんだけどよ。今日親父の所にいた感じ、やっぱり手伝い必要みたいなんだ。だから少しファミリーの手伝いしてきてもいいか?」
今まで手伝ってくれたんだ。ジュニアのこともある。本当はすぐにでもこうさせたかったくらいだ。
「まぁ、でかい仕事も特にないし良いぞ。親父さんによろしくな」
空いたグラスにもう1杯注ぐようにヒューマノイドに頼みながら、ビルに良い返事をした。
「え、じゃあさっきも言ったけど、僕もそろそろ戻らないと本当に怒られちゃうから、その間ちょっと本社で仕事してきてもいい?」
「じゃあ私も落ち着いたって言ってロバートさんの所に戻ろ〜」
俺以外の皆は、ここ以外に帰る場所がある。
それを亡くしてしまった俺としては少し羨ましい。
「ま、一度みんな各々の仕事をするか」
「ユウトは恋路を頑張れ〜」
「フフ、そうするよ。色々ありがとな」
「ウチの名前は好きに使ってくれていいから」
「あぁ、助かるよ」
「それじゃ、一旦解散ってな!ハッハッハ!」
そうした会話を終え、また俺らはアートの家で各々眠りについた。
次の日、また少し会話して、俺らは解散した。
本来このあと暇になる俺の日常も、不思議と寂しく感じなかった。
これから始まるであろう非日常は、心を踊らせる忙しなさをもたらしてくれる予感がしたからだ。




