第2話「信じるべきモノ」
「着いたな」
昨日言われた通りスミスの居るオフィスビルに来た。
オフィス街のビルディングには慄くばかりだ。
天辺が見えないばかりの建物が立ち並ぶジャングル、こんなところで人を見下ろしながらする業務ってのはさぞ気持ちの良い事だろう。
「入るか」
「……こんなこと言っちゃ何だが、酷いところだぜ。人の嫌な部分を煮詰めたらこの建物が出来上がるんだろうな」
「俺らも似たようなもんだ、ビル。俺らには奴らの野心も、クソみたいな理想も知ったこっちゃないし、くだらなく感じる。だけど俺らにはくだらないそれが、奴らには命をかける価値があるもので、逆に俺らの事なんてまるで分からないんだよ」
「くだらねぇシーソーゲームだな。どっちかに永久的に価値が積まれる限り、オレらと奴らは分かり合えないだろうな」
「もしかしたら事は単純で、もう分かり合えてるかもしれないぞ、ビル」
「そうかもな。オレらは一応こうして雇われてるわけだしな。スミス……様によ」
ビルはエントランスのセキュリティカメラに一瞬目をやり、言葉を正す。
「こんな話しといて今更だぞ。敬称なんて。聞かれたくないなら最初から脳内通信で話しとけよ」
「お前はある程度慣れてるかも知れねぇけどな、オレは緊張するんだよ!」
「別に慣れちゃいないが……」
そうして俺らは受付の前に立つと、案内のアンドロイドが出迎える。
「こんにちは、お客様。ご要件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「俺はユウト、こいつはビル。スミスさんに用があってね。話は通ってるはずなんだけど」
「承知致しました。少々お待ちください。……確認が取れました。どうぞ、そちらのエレベーターにお乗り下さい」
「ありがとう」
「恐縮です」
そうして案内されたエレベーターに2人で乗り込む。
ボタンも押さずに動き出したその箱は、どうやら自動でお目当ての階に着くらしい代物だ。
「……しかし、金ってのはそんなに大事なモンかね。そりゃオレだって、そのためにこうやって仕事しちゃいるがよ。なんつーか、その先のために必要だから稼いでるだけでよ。金自体には価値は感じてねぇんだよ。意味分かるか?」
こいつはたまに考えさせられる事を言う。
言語化はあまり得意じゃないのだが、世の中の不和や不条理には敏感なんだ。
これがこいつの根の部分なんだろう。
純粋で無邪気なんだ、きっと。その気持ちに答えてやらねば。
「金ってのはわかりやすいんだ。ゲームと同じさ、スコアがあると頑張ろうと思わないか?そのスコアを取るためにはゲームスキルが必要だ。でもそのスキル≠スコアじゃない。本当に価値があるのはそのスキルだ。努力して得たか、才能によって得たスキル。だがそれを測るのはスコアの数字。つまりそこで齟齬が起きる。そのスコアが高ければチートを使おうとも、バレなければスキルが高いように見えるだろ。金も一緒さ、みんなその先のモノを欲している。でもいつしかその何でも交換出来る手段に価値を感じてくるんだ」
「なるほどな。やっぱ学校に通ってただけあるなブラザー。お前の授業はためになるぜ」
「おい、やめろよ、茶化すな」
「おい、オレは本気で言ってんだぜ」
「なら尚更やめろって」
「照れるなよ、ブラザー」
「……」
そんな話をしているとエレベーターはお目当ての階に辿り着いたらしい。ドアが開いた。
そして俺たちはスミスのオフィスの入口に立ち、ドアの前でスキャンされる。
それを待っているとドアから入って良いとの声がした。俺たちはそれに従いその部屋に入る。
「こんにちは、Mr.スミス。お疲れ様」
「ユウト、それにビル。お疲れ様、掛けてくれ」
「あぁ」
そうして座り心地の良い椅子に座る俺らの顔を交互に見た後、スミスは話し始めた。
「ご苦労だったね。早速で悪いんだけどチップを渡してくれるかい」
「これだ。どうぞ」
そうして渡すと、彼は首元のコネクタにそのメモリーチップを挿した。
彼はその情報を読み込んだ後、俺らに向かって話す。
「うん、これだ。ありがとう。君たちの仕事の完遂具合には尊敬するばかりだ」
「ありがとうございます」
「任せとけ、スミスさんよ!」
「スミス“様”とは呼んでくれないのか?」
「おい!あん時の会話聞いてたのか!なんだよ全く!」
「ハハハ、すまない。少しからかっただけだ」
「ところでそのチップなんなんです?」
「うん。これはね、私の情報なんだよ。正確には“私たち”。彼が握っている自分の仮想敵の全てのデータが入ってるんだ。その性格、技術、成果、使っているシェルアーマー、そのブランドとかね」
「はぁ、なるほど」
「せこいヤツだな。正々堂々勝負すりゃいいのにな」
「情報ってのは力を持つ。それが敵の情報なら尚更なんだ。これを取りに行くために私も君たちに彼の家の間取り、彼の情報、その全てを教えた。必要だからだ。情報ってのは何よりも勝るからね」
「……関係ない話だが、彼は親友だった。この地獄の環境をどうにか乗り越えようと切磋琢磨した戦友だったんだ。周りは何かに巻き込まれて消えてゆく、文字通り消えていくんだ。出世競争を勝ち抜くには、相手を出し抜き、殺すこと。それをたった2人で耐え抜いた友情があった。そんな友情がいつしかこうなった。」
「……彼は私が憎いらしい。だから彼は復讐をしに来るだろう。その時はまた君たちに頼みたい。」
「……そうですか、分かりました。」
「とにかく、君たちに報酬を渡そう。今回は何が欲しい?」
「あー、特に決めてなかったな。……ビル、なんかあるか?」
「前々から思ってたんだが、移動手段が欲しいよな。スカイシップとか用意出来るのか?」
「あぁ、そんなもので良ければいつでも」
「いいなそれ、冴えてるじゃないか、ビル」
「ハハッ!だろ?1回やって見たかったんだよ」
「では後日用意が出来たら君たちに連絡しよう。それといつものお礼で送金もしておく。そういう訳だ、今回もありがとう」
「あぁ、またいつでも呼んでくれ。俺らはMr.スミス専属だからな」
「あぁ、期待しているよ」
「期待ついでなんだけど」
「他のクライアントの仕事を受けていいか?スミスさんの不利になるものは受けたりしないからさ」
「あぁ、構わないよ。君たちの知名度が上がるのは良い事だ。それが私の専属となると私の力も上がるからね」
「そう言ってくれると思ったよ、それじゃ、また」
「あぁ」
そうして俺とビルが立ち上がり背を向けた時、後ろから声がした。
「それと、もう一つ」
彼は続ける。
「私も金自体にはなんの価値も見出さない。君と同じ意見だ、ビル。だけどね。金ってのに従う人間は多い。こんな馬鹿な概念に付き従う者のなんと多いことかと思う。これをチラつかせると思い通りに事が運ぶんだ。私にカリスマがなくてもね。そして、だからといって私はキューバに行きたいとは思わないし、ましてやソ連もありえない。誰かが何かを選択、または労働をした時にそれに対する報酬が無いってのはなんともつまらない事だよ。欲深い人間にとってはね」
「……アンタは他のエリートとは違う気がするぜ。ありがとよ、スミスさん!」
「だが1個だけ間違ってるな。Mr.スミス、あんたには魅力はあるよ。金なんかで言わさないでもその魅力で着いてきてる奴も多いと思うぜ」
「フッ……。どうも」
そうして俺らはそのオフィスを後にした。
「腹減ったな、飯でも食うか」
「そうだな、ダイナーでも行くか」
「そうしよう」
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「しかし、信じるモノってのは人それぞれなのかもな」
ファストフードを食べながら、ビルが切り出す。
「どういう意味だ?」
「人によっちゃ金だったり、友情だったり、神様だったりよ。オレには違いは分からねぇが、こんな時代のこんな街じゃクソの役にもたたない気がするんだよな。全人類が目指すべき終着点?みたいなのに興味は無いけどよ、何が人間を駆り立ててるのかには興味があるぜ」
「お前はなんだ?ビル。お前は何を信じて、何に駆り立てられてる?」
「オレは……、毎日が楽しけりゃそれでいい。家族なんてものはいねぇし、お前がいなけりゃとっくにくたばってる。だからお前を信じて、今を精一杯生きて楽しみたいんだ。やれる事は全部やってよ」
「なるほどな。じゃあ信じるついでに俺の仕事を手伝ってくれないか。」
「どういうことだ?」
「……俺は、姉さんの死んだ真相が知りたい。ただの自殺じゃない気がするんだ。……もちろん、調べた結果それが自殺なら納得する。だけど、やれるだけはやって、自分の目で確かめたいんだ。俺の信じるモノは姉さんで、駆り立てるものも姉さんだ。だからビル、もし人生を楽しみたくて、やること全部やりきりたいなら……」
「俺の夢も手伝ってくれないか?」
意を決して放ったその一言はなんとも軽く、それでいて重い一言だった。
だからこそ、その相棒の彼もまたその重量感で応える。
「……よし、乗った!お前の夢、オレに手伝わせてくれ!」
この台詞もまた、俺を俺たらしめてくれるモノの一つだ。俺は彼を信じている。
例えこの言葉が偽りだとしても、それは関係ない。
信じるという行為はそれ自体、事実とは絶望的に相性が悪いのだから。
「よし、じゃあチーム名はどうする?特別部隊か?それともBAD BOYSか?いや待てよ、自殺の原因を調査する無謀な部隊?ハッ!自殺部隊か!」
「おい、真面目にやれよビル」
そんな冗談で笑いながら俺は、心の奥で厳粛で情熱的な決意した。
必ず真実を見つける。
例え何があろうとも、必ず。