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THE SCRAP DREAM【第2章完結】  作者: Mr.G
幕間-Intermission-

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18/46

「未来」

 こちらはサイドストーリーとなります。

 本筋には関係ありませんが、世界観の理解を深められると思います。

 お好きな方は是非。

 ……刺激がある。

 生きていくには困るほどの刺激が。


 アメリカ合衆国。この国はもう、国としての機能を失った。

 国旗の星の数は今いくつだろうか。

 ただ漠然と”アメリカ”という名前が大きな塊として独り歩きしているだけだった。

 新世界の覇権は消滅した。


 既に州としての体制も崩壊している地域も存在する。

 テキサスはもうメキシコとの国境線も曖昧で、州法があると言っていい状態とは言えない。

 その東、フロリダとかルイジアナはアメリカ連合国として存在している。

 この時代の文明国とは言い難い国家だ。


 西海岸でも北の方ではソ連の影響を受けている。革命のニオイが漂っていた。

 そんな中、カリフォルニアはマシだった。

 マシと言っても酷い有様だが……。


 ここはサン・フランシスコ……。

 いや、今はネオ・フランシスコだったな。

 この州では宗教的な物は退廃的なものだとされる傾向が強い。

 だから今は新生(ネオ)フランシスコ。


 私はメガコープやBIG5に牛耳られたシリコンバレーを通り過ぎ、この街、この都市に着いた。

 企業の影響下が強い西海岸の中でも、特に企業の影響にあるこの都市は異例の経済効果を生み出していた。


 金の為なら誰もが法を犯し、犯罪に手を染める。それは公的機関も企業も例外は無い。金こそがものを語り、金こそが人の味方だった。


 この体制で1番得をしているのが企業群である事は火を見るより明らかだ。

 ……だが同時に、そのお陰で他の都市よりも教育水準も高く、雇用率も高い、生活水準も引き上げられている。

 この街でも貧民をよく見るが、他の都市に比べれば屁でもない。


 あちこちで響く銃声、あるいは人を品定めするかのようにフラフラと歩く不審者、路地裏のヤク中などから自分の身を守れるならば、アメリカでこれ程住みやすい所はないだろう。


 もっとも、海外に行ける金があるならば今すぐにこの国から出て行くことをお勧めする。

 だがここで富豪になったものがここを抜け出すことはない。富裕層は永遠にこの国を出て行くことは無く、故に消費者は搾取され続ける。

 この負の螺旋が解消されるのはもっと先の話になりそうだ。


 そうと分かって何故この街に帰ってきたのか。

 それは私が情報屋だから。

 こういう混沌とした街で力を得るのに必要なのは情報だ。

 情報が金を生み出し、権力を生み出す。


 だからこそ売れる。必要とされる。

 その分危険が伴うが、そんなのは当たり前の事。


「……久しぶりだな」

 私はバイクを止め、エンジンを切る。

 少しズレたサングラスをかけ直し、ライダースジャケットに手を突っ込みながら、昔馴染みのバーに入る。


 入った所でスキャンされ、難なく通った。スキャンした後に、なんか喋ってた気がする。


 相変わらずしみったれた店内だ。

 こんな所が安全な場所として、現役の奴らの住処になってるなんて未だに信じられない。


「いらっしゃい」

 暗めのピンクのモヒカンに、小さな丸メガネを掛け、黒いベストにシャツの首元を開け、腰エプロンを掛けたオッサンがこちらに向かってそう言った。


「よっ、久しぶり。バトラーさん」

 私がそう答えると向こうは怪訝な顔をしてきた。

「……誰だ?」


「えー、酷いな。忘れちゃった?」

 私はマスターの真ん前の席に座りながらそう言い、サングラスを頭にかけた。


「……!おぉ!えーと……ミラか!久しぶりだな、帰ってきたのか!」

「そういうこと」

 私はウィンクで彼に答えた。


「大体、ここマスターの審査通らないと入れないんだから知らない人来ないだろ?見ない奴だなって思ったら久しい人じゃないの?ビール大で」

「……最近はあんまちゃんとした基準でやってねぇんだよ。それに大勢いるから誰が誰かなんて覚えられやしねぇ!自分を呪うぜ……ったく。……はいよ」

 悪態をつきながらジョッキが出てきた。最高だ。

 この店はこうじゃなきゃ。私は煙草を咥え、火をつけた。


「いる?」

「今ぁ要らん」

「あっそ」

「というかよ。何ヵ月振りなんだ?」

 ……正確には何年この街を離れていたんだろう。3年くらい?


「3年とかじゃない?」

「そんなにか?つい最近の気がするがなぁ」

「ハハッ!年取ったな」

「ガッハッハ!老兵は労わるもんだぜ」

「そうかよ」

 ビールを半分くらい一気に飲んだ。


「なんでだ?」

「……なにが?」

「最初から戻ってくる予定だったのか?」

 ……この質問は鋭いな。老いてもこの街で生きているだけはある。


「ここより良い街見つけたら戻るつもりは無かった」

「こんな酷ぇ街より良い所なんか沢山あんだろ?」

「……そう思う。でも、なんとなくここに人が集まる理由が分かる気がする」

「そういうもんかい」

「あぁ」

 ジョッキはこの時点で空だった。


「じゃ、そろそろ行くわ」

 私は席を立った。

「なんでぇ、せわしねぇな」

「仕事があるんでね」

「そうかよ、また来いよ」

「じゃあなー、ロバート・バトラーさん」

「なんだそれ」

 私は高笑いしながら、この店を出て行った。


 バーを出た後、ミラはサイバーアイで依頼人の情報を確認していた。

 正直、受けるつもりは全くなかった。だが、この街は腐ってる。向き合わなければならない、今度こそ絶対に目を背けないように。

 それにこの依頼元、依頼理由、なにより真実が気になってしまった。

 だから掴んだ。その情報を今から伝えに行かねばならない。


「行くか」

 バイクのエンジンを入れ、跨る。

 そのまま夕暮れのネオン街に消えていった。



 ***



 指定された場所は中心部からは少し外れたビルの屋上。

 そこのフェンスに寄りかかり、煙草を吸う。

 先程まで居た向こうの方に綺麗な夜景が広がっていた。

「綺麗なのは灯りだけだな」

 あそこで行われている現実を知ると、あの光の1つ1つが悪事に見えてくるから不思議だ。


 後ろでドアが開いた。

 来たか。私は振り返った。

「君がミラ?」

「あぁ」

 深くフードを被ったその人物は用心深くこちらを伺ってきた。


「……日本人か?」

「……何か不都合でも?」

「いや……、そういうことでは……。すまない。少しピリついていた。依頼が依頼なものでね……」


 遺伝子改良技術が進歩し、ある程度の金があれば肌の色も目の色も変えられる。

 MODSやサイバーパーツの力があれば、人間離れした能力を得られる。

 そんな中、未だにレイシストも存在する。いや、なればこそルーツを重視する奴も出てくるのかもしれない。


 だが、まぁこいつはそんな気はないのだろう。

 今回の情報はこの街の政治に関するものだ。彼は私が企業側の人間ではないか気が気でないのだろう。

「安心しろ。企業とは何の関係も無いし、関係があったとしてもこの情報をお前に渡す時点で私も終わりだ」

「確かに。それに、この依頼をこの金額で受ける人間に限ってそんなことは無いよな……」

「え」

「最近の情報料の値上げには困っていた所だ」

「……」


 やってしまった、こんな初歩的なミスをするなんて。

 私の情報屋としての知名度や情報の信頼度からすると相場より高くても良いものだ。

 この数年間でここの情報料の相場はそんなにも跳ね上がったのか。


 ……まぁ教えてくれた礼だ。ここは負けてやろう。

「よし、あと何か疑問点はあるか?無いなら情報を渡したいんだが」

「あぁ、問題ない。頼む」

「よし、まずこれを送ろう。ローカルで繋げるか?」

「あぁ」


 便利な世の中になったものだ。基本的なMODS、サイバーパーツをつけている人間同士は、個人間で通信する事が可能だ。同じ技術でネットを介せば脳内通信(ブレインコール)も可能だ。

 と、これで全部送れたか。


「よし、確認してみてくれ」

「あぁ、受け取った」

「うん。その中に全部含まれてる。後から確認してもらえばいいが、それがNFPDとCKSF(Cyber Knight Security Force)、企業が連携して現在開発中の”市民監視システム”。その全容だ」

「まさか本当にこんなことが起きているとは……」


 別に驚きはしない。そんなもんだろう。

 むしろまだ開発段階ってことに驚きだ。


「開発段階と言っても、もうある程度は使用されている痕跡も見られる。あんたが何をしたいかに興味は無いが、気をつけろよ」

「……これを白日の下に晒す。そうして世間に見せつけるんだ。この街がどれほどの地獄かってことを」

「……それを見せつけてどうするんだ?」

「……それは世間が決めることだ」


 そうか。では何も起こらないだろうな。

 そんな事で市民蜂起が起こるなら、この街がこうなるまでに既に起こっていただろう。

 いや、正確には過去にそのような騒動は何度もあった。


 だがその度に失敗してきた。

 これが広まっても同じだ。いつも変わらない。この街はもう、誰も気づかないように緩やかに朽ちていくだけだ。


 そうなった後は、やがて他の街がその毒牙にかかるだろう。

 いつか全てが更地になる。

 法に縛られない資本主義ってのはそういうもんさ。


「そうか。精々頑張ってくれ」

「……あんたも協力しないか?」

 へぇ、こういうナンパは久しぶりだな。

 私にこんな事を言ってきたのは、この街を出る前にいたどこぞの少年以来だな。

 そういやあいつ、元気にしてるだろうか。


 ……若い頃の自分を見ているみたいで少し入れ込んでしまった。

 血気盛んな世間知らずの若者って感じだったし、とっくにおっ死んだかもな。

 ……奴には顔向けできないが、会わなきゃな。この街を離れたきっかけだから。


「フフ、悪いな。私は命が惜しくてね」

「……そうか。残念だ」

「じゃ、生きてればまた頼むよ。今度は高いかもしれないけどね」

 そう言って私はこのビルの屋上から飛び降り、ふわりと着地した。


 違法に着けたスカイシップだが案外使い勝手がいい。反重力(アンチグラビティ)技術を使ったホバリングシステム。

 それが何故かスカイシップって名前がついた。大層なネーミングだ。

 てっきり空飛ぶ車でも出来たかと思ったものだ。


 実際の空には大型の人輸送ドローンが飛んでいて、あれには人が乗っている。

 法整備もあまり進んでないし、例えあっても意味がない。一応今のところはDMVの管轄らしい。

 そういう理由もあって大型ドローンの数はあまり多くないが、それでも地上の車の1/4くらいはいる印象だ。価格は車とあまり変わらないしな。


 さ、一仕事終わった所だし、ナカトミに戻ろう。

 いつだって古巣が一番だ。あの灯りの方角を目指そう。



 ***



「ただいまー」

「なんでぇ、すぐ戻ってくるんじゃねぇか」

「戻ってこないなんて言ってないからな」

「ハッ、そうかよ」

「ところでバトラーさん、奥の部屋借りてもいい?」

 私は店の奥の方を指さした。


「もちろんいいぜ!っていいてぇところだが、お前、また居座る気だろ」

「やだなぁ、持ちつ持たれつでしょ?」

「チッ、払うもん払うならいつまでも居な」

「やりぃ」

 私は低い声で喜んだ。


「だが、前回の2倍は払ってもらうぞ。相場上がってんだろ?」

「……今はそれ言わないで」

 そう言いながらバトラーさんの前を通り過ぎて奥に歩いていった。


「あン?……もしかして、相場上がってんの知らずに安請け合いしたのか?」

 私は立ち止まり、彼を睨んだ。

「ハッハッハッハ!そりゃあいい!ハッハッハ!」

 意地悪く笑う彼を無視して、私は奥の部屋でふて寝した。



 ***



 あれから2週間くらい経っただろうか。

 もうここにも慣れてきた。

 相場が上がった分、依頼の数が減った気がして、以前と収入は変わらない気がする。

 ……ま、文句を言ったって状況は好転しない。

 私はこの生き方しか知らないから。


「ウイスキー!」

 私はカウンターの方に向かってそう叫んだ。

「横着すんな!朝くらい顔見せろ!」

 毎朝恒例になったやり取りをして、半ば自室と化した個室でテレビを見ていた。

 ぼーっと見ていると、気になるものが目に飛び込んできた。


「昨晩、CKSFに対し虚偽の情報を流布したとして、十数名が射殺されました。彼らは、市民が監視されるシステムが政府と自治体の間で開発されていると喚き、市民を煽っていたとされています。なお、罪状は公務執行妨害及び扇動罪との事です。……次のニュースです。本日より大統領は―」


 ……。

 くそっ。


「は~い。どうぞ~」

 個室のドアが開き、店員がいつも通り瓶のままウイスキーを持ってきた。

「あー、エミリーちゃん。デートの件考えてくれた?」

「え~、だってミラさん~結構遊んでそうだし~」

 うーん。いつも通り可愛い。私のにしたい。


「そんなことないよ!真面目一筋!」

 すると奥から声が聞こえてきた。

「だったら飲んでねぇで少しはこっち手伝え!というかウチの従業員をナンパするなよ!」

「自由恋愛でーす」

「テメェには従業員に手ぇ出させねぇよ!」

「ちぇっ」


「そういうことだから~バイバ~イ、ミラお姉さん~」

 とてもかわいく手を振る彼女にニヤニヤしながら、私も手を振り返す。


 ……はぁ。

 私は机に突っ伏し、片手で頭を抱えた。

 どんなに心を正常に保とうとしたところで、私はこの世界が嫌い。

 だから情報屋をやってる。


 だが、どんなに依頼を選んであのような仕事をしたところで、所詮はこれ。

 ままならん。何をしても。

 だが、この感覚を忘れちゃいけない。この感覚を麻痺させることも彼らの狙いの1つなのだから。

 ……私は感情を制御できるナノマシンを全く搭載していない。現代人の感覚からいくと私がおかしいのだろう。

 けれど、この悔しさを忘れるよりか、ずっといい。


 ま、それのせいで、この街が嫌になって出ていったのだが。


「おーい!客だ!ミラ」

 ……今はとてもそんな気分になれない。

 帰ってもらおう。


 個室のドアが開いた。

「すまないが今日は……」

「あっ、ダメだった?久々に帰ってきたって聞いたから挨拶でもって」

「……少年」

 昔会った奴だ。あの愚直な世間知らず。昔あった時より、何か……。


「なぁ、その呼び方止めてくれよ。そもそも始めて会った時から少年なんて年でもなかったし……」

「フッ。どうせ今も理想だけ掲げて大層なことしようと思ってんだろ?そういうのはいつまで経っても子供なんだよ」

「……それが子供なら、いつまでも子供なままの方がいいと思うけどな」


 ……つくづく私に似てる奴だ。こういう所がいじりたくなる所以だな。

 こいつの愚直さが秀でているうちは、私も耐えられる気がする。


「……すまなかったな。急に街を出て行って」

「いや、まぁあんたにもいろいろあるんだろ。結構情緒不安定っぽいしな」

「……お前は」


 私は言葉が喉につっかえた。

「……お前は立ち直れたのか」

「……なんていうか。その、全く」

 出会った当初より目に見えて大人びた姿の彼から出た言葉は、そこからは想像出来ない意外な返事だった。


「でも、なんか諦めちゃいけない気がしたんだ。あれは普通の出来事じゃない気がした。だから……まだ、追ってる。手がかりを。……あんたからしたらまた、ガキって言われるかもしれないけどさ」


「……そうか。頑張れよ」

「あ、あぁ。ありがとう」

 その男は驚いたようにお礼を言った。


「私が力を貸そうか?情報なら仕入れてやれるぞ」

「……。いや、いいや。自力でなんとかしたいから」

 私がフラれてしまったようだ。

 ……本当に……強くなったな。


「じゃ、それだけだから。元気そうで良かったよ」

「……負けてやるからまた声かけろよ。少年」

「どうせいつも用がある時は居ないからなぁ、ミラさん」

「事前に連絡したら融通してやるよ」


 そんな会話をしたと思う。


 3年前、彼の姉が死んだ時。私はショックだった。

 私は彼女を知らない。でも、彼は目に見えて落ち込んでいた。口も開かない日だってあった。

 彼は平穏を後ろ盾に、ただ理想を追い求めただけに過ぎなかった。

 だが、現実は奴から後光を奪った。


 だから私は彼から目を背けた。いつか私もそうなる気がして。

 彼の愚直さと、己のそれを呪った。ただひたすらに逃げた。

 この街でただ平穏に暮らしたいなんて、当たり前の大きな夢をこの街は叶えてくれるわけは無かった。

 希望街?本当に笑わせてくれる。いい皮肉だ。


 ……だが今、彼が前向きに頑張っている。

 ならば、私にも出来る。




 ――そこから数か月。少年がどうなったかは知らない。

 まさかこんな長い事潜入捜査することになるとは思わなかった。

 だが、もうすぐ終わる。そうしたら帰ろう。



 あのしみったれたバーに。



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