第17話「Dreamer」
全てが訳も分からず進行していた。
こんなとき煙草を吸えたり、目の前にお茶やコーヒーでもあれば落ち着けたんだろうが、あいにく俺は喫煙者じゃないし、そんな飲料は持ち合わせていない。
「ちょちょちょ、待て。本当に一回落ち着こう。まだなにも理解できてない。全員座って、全て一から話そう」
俺は全員に向けてそう話した。
というより自分にその言葉を向けて落ち着こうとした。
「よし、ではアーサー様にも聞いてもらおう」
「ご同席してもよろしいのですか?」
「えぇ、お時間がおありでしたら、むしろ大歓迎です」
「そうですか。それでは参加させていただきますね」
これだ。これが調子を狂わせる。いつものアートじゃなさすぎる。
そりゃ分かる。グレイス財閥なんて企業からしたら一番の上客だし、そもそもこいつの本来の姿がこれなんだろう。
だがこう目の前にすると困惑するもんだ。
ビルもずっと困惑した面持ちのまま4人は席についた。
「まず、第一にアーサー様もこの依頼にお力添えを頂いたようで」
「えぇ、微力ながら」
「大変感謝しております」
「お力になれましたら光栄です」
二人は気味の悪いくらいにこやかだった。
それをかき消すように俺は口を開く。
「それで……依頼は当初の目的とは違くなったが、一応達成ってことでいいんだよな」
「あぁ、それで問題ない。ユウト君とビル君の働きもとても素晴らしかった、それに実はこれが真の狙いでもあるんだ」
「真の狙い?」
「エンジェルがスミスの主導の下開発されたことに目星はついていた。しかし確証が無かった。彼の性格が我々を不安にさせたんだ。だから君たちに調査をしてもらうよう促した。どうやら君たちは理由の無い殺しはしなさそうなんでね」
彼は依然として姿勢よく答えた。
「騙したのか?」
「……伝えていないことがあったというまでの事だと認識している。だが不快に思ったのなら謝罪する。申し訳なかった。」
彼は頭を下げた。
「それはいいけどよォ。なんで”伝えなかった”んだよ。……おかしいよなァ、嘘偽りが無いって言われたからオレはアンタを信じたのによォ」
ビルはいきなり話したと思ったらダブルクォーテーションジェスチャーをした。
「おい、やめとけよ」
「悪ィ悪ィ、ついな」
俺はビルを小突いた。
「……エンジェルは私の弟を殺した」
俺はほら見ろとビルを睨んだ。
ビルはやっちまったと手で顔を叩いた。
「この依頼の名義はグレイスだが……実を言うと私が発案者なんだ。不出来な弟だったが、いざこうも簡単に死んでしまうと、な……。だから私が満足すれば、この依頼は達成なんだ」
「すまねェ、そんな話だとは……」
ビルは申し訳なさそうに謝罪すると、彼は手を挙げ、許す仕草をしてくれた。
「私はお嬢様の付き人だ。弟が死んだ件を話すと、お嬢様はグレイスの力を使って原因を調べても良いと仰ってくださった。……君たちが情報を掴み、スミスが黒幕でないことを知ったので、私は解決しそうだとお嬢様に報告した。すると彼女は私の件を解決してくれた君たちに直接会いたいと仰った。私はこれをあまり無下にも出来ず、承諾してしまったのだ。」
彼はバツが悪そうに真実を打ち明けた。
「君たちには大変申し訳ないが、依頼ついでにこの頼みを受けてほしい。その分も報酬は払う。頼む」
「いや、流石にこれに報酬は要らないが……」
「ソレは同意見だ。……けどよォ」
俺らは顔を見合わせる。
「私が彼らをお嬢様に会わせられるまでにしましょうか?」
アートがそう言うと、ジョン?サミュエル?は待ってましたとばかりに返事をした。
「えぇ!是非そうして頂けないかと先程まで考えていた所です!やって頂けますか?」
「そのくらいでしたら!」
アートは満面の笑みで答えた。
「ただ……今後少し我々との関係を深めていただけると、私の面子も立つのですが……」
アートは申し訳なさそうな仕草をしつつ伺った。
「えぇ!えぇ!その件でしたら必ずお嬢様にもお伝えします」
「そうして頂けるとこちらも大変助かります。ありがとうございます!」
彼らはまた握手をした。
俺は呆れて声を出す。
「……はぁ、ミュンヘン会談は終わったか?俺らはまだOKって言ってないぜ」
アーサーはこちらに耳打ちしてきた。
「いいから、任せて」
俺はふざけるなと言おうとした、その矢先だった。
「ここだけの話。グレイスのご令嬢、めちゃくちゃ美人らしいよ」
……。
気が付くと俺はこの話を快諾していた。
ビルもここまで来たら引き下がれないという感じでOKを出した。
「ありがとう。本当にありがとう!」
ジョンだかサミュエルだかは本当に感謝してもしきれないという感じだった。
「あぁもういいって、感謝されなくてもやるよ。……えぇと、サミュエルさん?」
彼は思い出したように立ち上がった。
「あぁそうだな。すまない。改めて……、サミュエル・スチュワートだ。サムで問題ない。これからもよろしく頼む」
「そうかよろしく、サム」
「よろしくな!」
俺とビルは彼と握手をした。
再び皆座り、最後の話を再開する。
「……会ってもらう日程は、君たちが出来上がってから決めよう。……それとこの資料はこちらでも内容を精査、調査させてもらう。……なにか分かったらユウト君にメッセージを送ろう。」
「あぁ、そうしてもらえると助かる」
「あとは最後に……、今回の報酬の話をしよう」
待ってました!これのために生きてる!
「君たちには、予想以上の結果を出してもらった。それにこの資料の内容、4人体制、我々の手を全く借りなかったことを考えると……。ふむ、金額としてはこんなものだ。」
俺らは彼が空に出していたホログラムの電子電卓の数字を見せられた。
えぇと、1、10、100、1000……。
……妥当な所か。これを4人で割っても、うん、これだけあれば数年は仕事を受けなくていいな。
「俺は問題ない。ビルは?」
「おう!天下のグレイス様もこんなもんかとは思うが、相場の遥か上だ!ありがてェぜ!」
「よし、分かった。……この金額で4人の口座に今送っておいた。確認してみてくれ」
「「え?」」
この金額を割るんじゃなくて??
この金額を4人に送金した??
俺とビルは急いで銀行に繋いで確認を取った。
目の中のデジタル数字は、さっき見せられた金額がまんま足されていた。
二人で顔を見合わせた。
……10年近く何もしなくていいな。
「……よし。これで今回の会合はお開きかな。慌ただしくて済まない。本業があるものでね」
「あ、あぁ。また」
「じゃ、じゃあな!サム!」
「お気をつけて」
俺らは3人、彼の方を見て見送る。
サムはドアを開ける瞬間、振り返った。
その顔は決して笑顔では無かった。
「ああ、それと1つだけ」
「……スミスの友人にはもうこの世から消えてもらった」
そう言い残し、彼は出て行った。
残された3人は多分、複雑な顔をしていたと思う。
***
「……なんか大成功って感じだったな」
「い、いまだに手が震えてるぜ」
「まさか4人とも報酬もらえるなんてねー」
「アタシ役得かも~」
4人はカウンターチェアに座っていた。
「おい、じゃあここのツケ払えよ。ビル」
「それとは話が違ェぜ、オッサン」
「ハッハッハ!そういうと思ったよ、おめぇはよ!」
……正直もう仕事は受けなくていい。
この街の平均寿命を考えると、死ぬまでの金を得た可能性すらあるんじゃないか?
……まぁそれはおおげさかもしれないが、そう思えるほどの大金だった。
「エミリー、店にいるなら手伝えよ」
「シフト終わったんで~」
「ったく、今日だけだぞ!」
そう言いながら、ロブは酒を注いだ。
「ほらよ、奢りだ!仕事成功したんだろ?飲めよ!」
「あ、あぁ。そうだな」
「……」
「じゃ、遠慮なく」
「いぇ~い」
「ほら、早くどっちか音頭取ってよ」
「……じゃあ」
俺はグラスを掲げた。
「To our success!」
「「「To our success!」」」
ゴクリと皆喉を鳴らした。
「なんか、体がふわふわした感覚だな」
「実感が湧かねぇぜ」
「よかったじゃん、あんなにもらえて。しかも財閥の令嬢とも会えるなんてさ。さしずめ騎士だね」
「あんな連中と一緒にするなよ」
KNIGHTSってのはこの街の治安部隊、CKSF(Cyber Knights Security Force)の事を指している。
警察ならまだしも、こいつらが出てきたら終わり。
あっという間に現場を荒らしまわり、血の海にして解決していく最高の部隊。
……敵には回したくないが、味方にもしたくない。
「というか、なんだよ!お前のせいで俺ら本当に会うことになっちまったぞ!」
「いいじゃん。僕ですら会ったことないんだよ?箱入り娘らしいし、全くメディアにも出ないんだから」
「それは最近のお前もだろ」
「そうだけどさ。彼女はメガコープの幹部はおろか、僕のレベルで見たことないんだよ?それに会えるチャンス!まさにAMERICAN DREAM!」
「……俺らの人生なんて所詮、SCRAP DREAMだよ」
俺は少し腐してみた。
「なーんて言ってるけど、財閥から話がきて、成功して、大金貰って、ご令嬢に会えるんだよ?DREAMじゃなくてもTALEだね。FAIRLY TALEだよ!」
「そいつァ、オレも感じてきてるぜ、ユウト。俺たちゃ”持つ者”なんじゃねぇかってな」
彼らの言葉遊びは置いておいて、ツキが回ってきているのは確かだ。
「……面白くなってきたな。本当に」
「なんかユウト楽しそう~」
「ね!僕もそう思うよ」
「まだまだオレらは始まったばっかだぜ!ハハハ!」
「なんか知らねぇけど、相変わらず元気でいいなぁ!おまえら!このバーで一番のフリーになってくれよ!期待してるぜ!」
ロブがまた出してきた酒を、4人でまた飲み干した。
ふと、脳裏に今朝の事が過る。
……今日の朝見た夢は何やら現実のようだった。
”あなただけの時間を生きてほしい”。
この言葉が今日1日、頭について回った。
あれが姉さんの本音なのか?それとも俺が作り出しただけの記憶の欠片?
……真実なんて分からない。分からないが、ここまできたら登れる所まで登ってみようと思う。
そしたらいつか太陽にも届くかもしれない。
だから……、今は復讐も、企業を潰すことも、考えるのを止めよう。
これからは少し、自分のために生きてみよう。
ぼんやりそう思った。
「あ、そういやエミリー、アレ。アートに言ってやれよ」
ビルはニヤついてエミリーにけしかけた。
「あ~。あのね~アート。アタシさっきユウトに言い寄られちゃったの~」
「え?」
「しかもキスできるほど顔も近くてな!」
「え、え?」
「しかも~なんかユウト~、成功した男の顔つきになってきてるし~ちょっとかっこいいかも~」
「え、え、え?」
最悪だ。なんか外野で悪ノリが始まった。
うーん。徐々に成功した実感も湧いてきたし、この辺で少し遊んどくのも悪くないな。
よし。
「うかうかしてると、エミリーの事盗っちゃうかもな」
俺はエミリーに腕を回し肩を掴み、アートの方を向きながら揶揄う。
エミリーもノリに乗って「キャ〜♡」なんて言うからもう大変。
「はい、喧嘩ね。ユウト。許さないから」
アートはチェアから立ち、ネクタイを緩めて俺に向かってくる。
俺もそれに呼応して、チェアを降りる。
「おいおいおいおい。そんなへなちょこな格好で俺に勝てるのか?綺麗なスーツが汚れちゃうよ~ママ~って言ったって遅いぜ?」
「あー、こんな安物のスーツなんていくらでもあるからさー、汚れても気にならないんだよねー。だからすっかり着てることすら忘れてたなー」
「言葉遣いはそれで大丈夫なのか?”喧嘩させていただきます”とか言って、握手からスタートする方がいいんじゃないか?」
「カッチーン」
俺とアートは互いにファイティングポーズを取る。
ビルは”やっちまえ!”とか叫んでるし、エミリーはずっとニヤニヤしてる。
ロブは”表でやれ!”って怒鳴ってる。
だんだん野次馬も増えてきた。
これこれ、俺らはこうじゃなきゃ。
周りの声がヒートアップしていく中、俺らは互いに拳を頬目掛けて突き出す。
痛みが頬を貫き、拳には機械とも人間ともとれるような感触があった。
それを強く殴る。
汗と血が舞った。
あぁ、最高だ。
ロブが止めに来るまで、しばしこの時を続けていよう。
だって、この夢はまだ始まったばかりだから。
いつもお読みくださりありがとうございます。ここまでを第1章として区切りたいと思います。
楽しんでいただけたでしょうか。そうであれば何よりです。
最近、読んでくださる方が増えてきたことをとても嬉しく思っています。
皆さんのPVが、私の創作意欲をさらに高めてくれました。感謝してもしきれません。
物語はこれからも続いていきますので、コメントや評価、応援などして頂けると幸いです。
応援してくださる皆さんに感謝を込めて。
Mr.G




