第13話「ALERT!」
この時、ユウトは焦っていた。
その焦りをスミスに怒りとしてぶつけていた。
なぜ、このような怒りが湧いてくるのか。
理由は分かっていた。
少しづつ薄れていく悼みが憎かったからだ。
どれだけ親愛な人間が死のうとも、人間は強く生きるために忘れてゆく。だが、その現実は彼には残酷すぎた。ビルが静止しようとする様な突拍子もないユウトの怒りは、そうして欺瞞として湧き上がった感情だった。
彼にはそれが分かっていた。
そもそも悼む気持ちが生者だけのくだらない感情という事も、復讐は誰も望んでいないことも。
だが認めたくはなかった。
この生きている間に見る最悪な夢の街で、彼女と強く毎日を生き抜いたのは彼の一種のアイデンティティだった。
それ故に認めるわけにはいかなかった。
そして憎むべき人間が今目の前にいる。
撃てば終わらせることが出来る。
しかしそれは、同時に彼にとって彼女を悼む気持ちというそれを殺す事と同義だった。
そして今、スミスは本心を語り、嘘を言っている様子もない。
それがさらにユウトの焦りを加速させた。
終わらせてはならない自身の半身の悼みと、終わらせなければならない過去の思い出が混じり合っていた。
どうやら彼を撃ったところで、仇は討ったことにならない。だが、彼の友人を探し出し、そいつを殺すこともまた違うのだろう。
このエンジェルを悪意を持って作り出した敵が必要だったのだ。
それは今、もういないことが分かった。
ユウトは、もはやその感情の行き場を失ったのだ。
どんな改造にもどんな遺伝子治療にも、どんな感情抑制チップにも抑えきれない喪失感が彼を襲った。
もう立っているのもやっとだった。彼を睨み、銃口を向けていて、そこから何も考えたくなかった。
何も、考えられなかった。
ユウトは両こめかみを片手で抑え、顔を隠す用に覆った。
そのまま倒れるようにソファに座った。
「……アンタは殺される覚悟が出来てるってことか?」
隣から声が聞こえた。
「あの日、私の試みと野望は全て打ち砕かれた。覚悟が出来てると言えば聞こえがいいが、あの時から私は亡霊だ。我が社の技術が無ければ私もエンジェルに蝕まれていただろう。既に死んでいるのと変わりない」
スミスは飄々と答えた。いけ好かない所は未だ健在だが、嘘をついていない風なのは尊敬に値する男だ。
「……オレはあんまこういうのわかんねぇけどよ。アンタは悪いヤツって気はしねぇんだ。だから出来ることなら殺したくねぇ。……けどよ」
ビルは俺の方をチラリと目をやって、また前を向き答えた。
「この依頼を完遂出来なかった時、オレらも殺されるかもしれねぇんだ。ただでさえ、この依頼の情報を知ってるだけで後から始末されるかもしれねぇんだ。アンタをここから無傷で返す訳にはいかねェ」
スミスはチェアに座りながら前に出た。そのまま机にひじをつき、顔前で手を合わせた。
「つまり?私にどうしろと?」
「まぁだからなんていうかよ。争った形跡みたいなのは最低限必要なワケよ」
ビルは手を広げ答えた。
「あぁ、成程。理解した」
それを聞くと、ビルは笑みを浮かべた
「話が早くて助かるな。どうせなら派手に暴れてェからよ、警備でも何でも呼んでくれよ。それに抵抗した後、オレらは窓を突き破ってズラかるぜ」
「……そんなのはお安い御用だが……、彼は平気かな」
どうやら俺の事らしい。無論平気かと問われたら平気では無い。だが……。
「ちょっとユウト!ボケっとしてないで!目の前のことに集中して!君はまだ何も成してないんだよ!」
ブレインコールが聞こえ、ハッとした。
そうだ。俺はまだ何も成してない。
例え世の中という世の中が絶望の暗闇に覆われていても、前に進まなきゃならない。
まだ、終われない。姉さんのためにも。
「……あぁ、ありがとう」
俺はアートにそう言葉を返し、スミスの方を向いた。
「……どうせならあんたが人質になるってのはどうだ。あんたを盾にして時間を稼いでから、俺らはここから飛び降りる」
「ふむ、私の命が警備と上層部の判断を鈍らせるとは考えづらいが……、まぁやってみる価値はあるだろう」
「んじゃ、やるか」
そう言うとビルはすくりと立ってサブマシンガンを両手に出した。
「おいちょっと待っ」
「ヨッシャあ!オマエら屈んでろ!」
そう言うとその大男は四方八方をやたらめったら撃ち始めた。
「おい馬鹿!当たったらどうすんだ!」
俺はその場で屈みながらビルに言う。
「んだよ!楽しい方がいいだろ!」
撃ち終わるとすぐに社内アラートがなった。どうやら全ての階にこの情報がいったらしい。
「よーし!そんじゃあユウト!スミスを人質っぽく後ろからこう、なんつーか、ぽくしとけ!!」
訳の分からん事を言っているビルを置いて、俺は銃を構え部屋の四隅を撃つ。
「あ、そうか」
「あぁ」
「ちなみに既に機密情報を見せた辺りから、電源は切ってある」
「流石」
そう、監視カメラを撃った。いかにも証拠隠滅っぽく。
「じゃあまぁ、こうか」
俺は窓を背にしてスミスの首を左腕で抑え、彼の頭に銃を向けた。
「ハハハ!めちゃくちゃそれっぽいぜ!」
「最後のチャンスだ。私を殺したければ殺せ。警備が来る前にやっておいた方がいい」
「……黙ってろ」
葛藤していた。正直やらなきゃ、ジョンや……グレイス財閥に何をされるか分からない。このハッタリ作戦も効かないかもしれない。
「あー、少しいい?ユウト。他人事だけど、僕的には殺す方がいいと思うよ。その……まぁ、分かってるとは思うけど……一応」
通信でアートからの声が脳内に聞こえた。
「……あぁ、分かってる」
彼なりに工夫して教えてくれたのだろう。彼にしては人を思いやる言葉並びだった。
「……お前は殺さない。もし殺すとしても今度だ」
声に出して、決意表明をした。相手への、自分への。
「……OK、尊重するよ」
アートの声が聞こえる。
「フフ……。君らしい」
スミスも何やら納得したような雰囲気だった。
「これ、忘れんなよ」
ビルはそう言い、俺に封筒を渡してきた。
俺はそれを無言で受け取り、背中側のズボンに挿した。
「気張れ、そろそろだ。……相手はヒューマノイドだ。彼らに意思は無い、NOWILL型だ。上からの命令系統を破らない。発砲許可が下りたら終わりだ。」
スミスはただ冷静にそう告げた。
「ま、その前に何人か撃っちまえばいいんだろ?」
「それはそうだが……そんなことよりビル。俺らスカイシップの練習を……」
俺が言い終わる前に扉が勢いよく開いた。
バンッ!
「抵抗を止めろ!止めなければこの場で射殺する!」
黒色のアーマーに全身武装した奴らがゾロゾロと十人ばかり入ってきた。
「オイオイ!行動には気をつけろよ!こいつの命がどうなってもいいのか!?」
「こいつを連れて外に出たいだけだ。お互いドンパチは避けたいだろ?」
ビルの言葉に連ねてカマを重ねた。
だが、彼らは既にセーフティを外していた様だった。
「あ~二人とも~、あいつらの無線なんだけど~。なんかもう発砲許可下りてるかも~」
「「え」」
二人で声が出てしまった刹那。
「撃て!」
彼らは一斉射撃をしてきた。
即座に屈むと、後ろの窓ガラスが割れた。スミスを手放して、彼も机の裏に隠れた。
「ビル!」
「おうよ!」
俺が声をかけ、飛び降りる覚悟を決めると、何故か彼は警備部隊に向けて片腕をあげた。
「おい、ビル!なにを……」
酷い銃声の中、彼に向けて疑問を投げかけた。
「吹き飛べ!!!」
その瞬間彼の手から爆破光線が出た。
その光線は彼らに当たり、部屋の入口付近は崩壊した。
「おいおま……!馬鹿!なにやって……」
横を見ると彼はその反動の勢いのまま、窓から落ちていた。
「Foooooooo!!!」
とても楽しそうな叫び声が外から聞こえる。
「くそっ!」
それに追随する形で俺も飛び降りた。
くっ。落下しているとすごい雨風だ。全く身動きが取れない。
通信をかけて落下しながら、ビルに伝える。
「おいビル!スカイシップの使い方分かるのか!」
「アぁ?分かんねぇけど、こういうのは気持ちだろ!パッションだ!!」
あきれる顔も出来ないGの中、続いてアートに向ける。
「アート!これどうすればいいんだ!」
「え、なんか足腰にグッて力入れて、こう……なんていうか」
「本気で言ってんのかお前ら!!!俺らにこのまま死ねってのか!!」
「おっ、言われた通りにしたら出来たぜ?」
ビルの方を辛うじて見ると、反重力が作動しているようだった。
彼はふわりと宙に浮いていた。
「おー流石ビル」
「すご~い」
通信先の奴らは和気藹々とし始めた。
「くそっ……」
俺は言われた通りに足腰辺りに力を入れるがびくともしない。
地面はどんどん近づいてきた。
もう3階ほどの高さしかない。
もう……無理か……。
姉さんも飛び降りだった。
俺も同じ方法で死ぬのも悪くない。
仲間に囲まれている、この世界では幸せな方だろう。
そう思い俺は目を閉じた。
もう身長程の高さだろう。
止まった風がそれを告げていた。
……なんだ?長いぞ。
目を開けると何故か、地面と目の鼻の先で止まっていた。
「……?」
なんだ?どういうことだ?
そんな当然の疑問が脳を過ると、顔の横に足が見えた。
「おぉ、使えんじゃねぇか、相棒」
見知った靴と見知った声だった。
雨に濡れたからだをくるっと翻って体を仰向けにすると彼の顔が見えた。
訳は分からないが、彼の顔を見て安堵の気持ちが胸にあった。
「なんとか……生きてるみたいな」
「なーんちゃって」
アートの声が聞こえた。
「アート。相棒も無事だぜ」
「だろうね。そのスカイシップ、スマートフライサポートがついてるやつだからね。どうせどっちかは失敗すると思って最高機能のやつにしといたから。ビルも初めてなのに当たり前のように動かせたでしょ?」
「オレ様はなくてもイケたけどな」
「はいはい」
いつものやり取りを聞きながら、俺は立ち上がった。
「あぁ、ったく。先に言ってくれよ、アート」
「そしたらおもしろくないじゃん」
「アート~ドS~」
「はぁ……」
思わずため息が出る。
こんなんじゃ死んでも死にきれない。
「ワチャワチャしてるとこ悪いけどよ」
ビルは俺を見ながら上を指さす。
その方角を見て、全く忘れていた事を思い出した。
黒い部隊と、スーツ姿の男が煙と共にこちらを覗いていた。
周りもこの騒動にざわつき始めた。
「……ずらかるか」
「おう!」
「その先を曲がった角に迎えの車用意したから、よろしくー」
「お、助かるぜ」
「ほら、行くぞ」
俺らは少し暗がりの雨天の中、二人で駆け出した




