第10話「持たざる者」
「……」
冴えきった頭で考えたと思ったが、こう勢いよく飛び出してみては……不安にも駆られる。
正直言ってあまり良い推理ではない。憶測の憶測と言ったところか。
俺は客観的にこの騒動を見ることが出来ない人間の1人だ。親父さんの件も、エンジェルの件も、俺には身近すぎる。
奴らに言ったことは最悪のケースだ。
ジュニアはエンジェルとは全く関係なく父親に反抗しただけかもしれないし、マイケルの体験はただの幻覚かもしれない。
俺の事件解決への願望と、親父さんの感じたもの。それだけを根拠とすれば素晴らしい推理になり得るが……。
だが、例えこの読みが外れた所でどうという事も無い。
これが成功すればどうあれ、クラシックスの問題も解決出来て、俺らへのNFPDの協力具合も見ることが出来て、あのエミリーとかいう女の実力も見れる。
スミスとはどうせ対峙しなきゃならないんだから、これを経ようが経るまいがそんなものは誤差だ。
どれだけのハッピーエンドが待っているかは分からないが、もしジュニアの命が危険であれば少なくともそれだけは救いたい。
外に飛び出ながら、そう考えて通りを見るとゴツいバイクがあった。クルーザーか。なるほど、アートたちはこれに乗ってきたのか。……借りるか。うん、そうしよう。
バイクは好きだ。風を感じられる。この爽快感と操作に失敗すると死に直結する高揚感が好きだ。そう聞くと、この街に相応しい乗り物の一つだろ?
あの大小の鬱陶しい空を飛ぶマシンなんかもこの街を代表する乗り物だけどな。
今はそんなことはどうでもいいか。……うん、良いマシンだ。エンジンをハックして……。
……ちょっと待て、なんなんだこのファイアウォールは!……今までに見たことない。こんなの学校でも習わなかったぞ。俺じゃ無理だ。……仕方ない。裏のクラシックスの組用車を拝借しよう。
そう思って俺は店の裏に向かい、黒光の車に乗りエンジンを掛ける。うん、久々に乗ったが、やっぱり良いな。乗りなれた心地だ。
……よし、さっさと急ごう。
その道中でビルからのメッセージが入った。
――親父に連絡は取った
―今動かせる手下総出で若を探すってよ
―俺も探しに行く、何かあったら連絡よこせ
―気をつけろよ
――了解
―お前も用心しろよ
とりあえず一安心だ。まず、親父さんに連絡を付けるのが一番。
後はアート達が手掛かりを見つけてくれれば、俺も警察には行かずに済むが……。まぁ今はただ急ごう。
……数分もして、この街で一番役に立たない建物の前に来た。こんな生き方をしていて、まさかこんな所に来ることになろうとはな。……もう二度と御免だ。
嫌な気分だ。カメラやセキュリティ。市民には提供せず、自分たちはそんなにも大事らしい。そんなことを感じ、俺は暇そうな受付に声をかける。
「なぁ、マイケルって奴を出してくれないか?」
「何の用だ?アンタ誰だ」
「俺のことは何だっていいだろ。マイケルって奴を出してくれ。馬鹿正直で愚直な奴だ」
「あのなぁ、見ず知らずの奴の言う事をなんで俺が……」
「ユウトだ」
「あ?」
「名前はユウト。グレイスの使いで来た。言うことを聞いてくれると有難いんだが」
そう言うと彼は顔が青ざめる。どうやら自分がしでかした事の重さを理解したらしい。
「い、今すぐ呼んで来ます!」
彼はさっさとその場を離れてしまった。
しばらく待っていると、昨日見た顔の人間が来た。そいつは口を開く。
「あまり同僚を怖がらせないでくれ」
「悪い悪い。改めて俺はユウトだ、よろしく。ビルが迷惑かけたみたいだな」
「いや、こちらこそすまなかった。私はマイケルだ。……なんの用で来た?」
「……クラシックスの騒動は分かるだろ?昨日の件だ。あれからボスの息子の居場所が掴めないんだ。お前らなら何処にいるか分かるかと思ってな。あれから何か掴んだ情報はあるか?」
「まぁ、我々も暇じゃない。グレイスからの圧を跳ね除けて、捜査しようとすれば命に関わる。酷ければそんな組織は吹き飛ぶだろうからな。わざわざそんな危険な事件に足を踏み入れる暇人など……」
「……だよなぁ」
「……私以外にはいない」
「え?」
「シルヴィオJrはよく繁華街の路地裏に出入りしている。多分そこに奴のアジトがあるんだろう。今場所を送ろう」
そうして俺の目の前に彼との通信通知が来たのでそれに許可を出す。
「今送った座標に彼は出入りしている。よく彼の護衛やその部下も出入りしているから、用心した方がいい」
「あぁ……ありがとう。あんた、本当に優秀なんだな」
「まぁな。まさかこの情報を彼を捕まえる為ではなく、助けるために使うとは思わなかったが……。まぁとにかくそういうことだ」
「助かったよ。恩に着る」
「無事を祈る」
「そっちも死ぬなよ」
「フッ」
俺は署を出て、車に戻り、奴らに情報を伝える。
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――ジュニアの場所分かったかもしれない
―[座標]
―ここによく出入りしているらしい
――よくやった!ユウト!
――え?ここ?
―まずいね
――何がだ?
――ここなら今さっき掴んだんだけど、座標位置がここで途絶えてるんだよね
――つまり?
――つまりここで急に全てのサイバー機器を外した、またはオフにしたか、死んだか……、それかただ妨害されてるだけかもしれない
――おいおいおい、冗談じゃねぇぞ!
――どちらにせよ鬼気迫る状況の可能性が高いか……洒落にならないな
――とにかく急ごう
―僕とエミリーもそこに向かうよ
――俺も向かうぜ
―万が一があるから親父には伝えないでおく
――それが懸命だ
―俺も向かう
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くそっ。頼む、間に合ってくれ。
俺は急いで車を走らせて現場に向かった。その道中、ただただ揺れる車の中にいる事がもどかしかった。
……繁華街に車で入る訳にはいかない。その道の入口に乱雑に車を停め、俺は繁華街のゲートを通り抜けた。
もう夕暮れだ。中華屋だのホテルだの、風俗店だの、多くのネオンを通り過ぎて裏路地に入った。
一際怪しいドアの前に彼等は居た。
「遅かったな」
「悪かった。……中は?」
「まだ見てないよ」
「……正直望み薄かも〜」
「どうしてそう思う?」
「……多分〜、部下達も中に居たんだと思うけど〜、皆信号が途切れてるから〜……」
「……」
「……ビル、君は……」
アートが続ける。
「君は見ない方が良いかも知れないよ」
「……オレだけ目を背けるなんて出来るか。四の五の言ったってしょうがねぇ。入るぞ」
俺は生唾を飲み込む。中に入ってどんな展開が待ってるか分からない。もしかしたらなんて事ないかもしれないし、最悪のケースは……。
「用心しろよ。銃は持っとけ」
「あぁ、よし、開けるぞ」
「うん」
ギィと思いドアの音が響く、まるで虚空のように綺麗に反射した。
静かだ。人がいるとは思えないくらいに。
ドアのすぐ前には地下へと向かう階段があった。警戒しつつ、その階段をおりると1本の短い廊下がある。
ただただ、俺らの足音だけが響く中、廊下の突き当たりのドアに辿り着いた。
どうやらロックされているらしい。
俺はエミリーに顎で合図をした。
エミリーは頷き、首後ろからコードを出してそこに繋げた。数秒もすればロックの解除がされた。
ビルが後ろを向き、俺らの目を見る。俺らが頷くのを確認するとビルは前を向いた。
瞬間、勢いよくドアを蹴った。
そして構えた銃はただの一人もその先に捉えなかった。
代わりにあったのは、ジュニアを含めた数人の部下が倒れている部屋だった。
「……ッ」
ビルはその部屋の奥に倒れているジュニアの下に走った。
「……なにこれ」
「……酷いな」
残りの俺らは顔を見合った。
「若!若!オレだ!ビルだ!!応えてくれ!!若ッ!!」
静かな部屋にただただ、ビルの声が響いた。しかし、その返事は空調の音でしか無かった。
「クソッ!!……オマエら、どけ!」
ビルはそう言うと、他の何ものにも目を向けず、俺らを押し退けた。そしてそのままジュニアの身体を担ぎ、外へと向かっていった。
……部下の死体には全て銃痕がある。血の痕跡を見るに、ボスの座っている方、つまりはジュニアが撃った可能性が高い。彼の倒れていた足元に銃もある。まず間違いないだろう。
そしてビルには悪いが、ジュニアはもう助からないだろう。頭を撃ち抜いた跡があった。……恐らく自殺。
「エンジェルか……?」
「……もし君の考えが正しければその可能性は高いね」
「……例え薬やウイルスのせいじゃなくとも、やっと自分達の好きな様に行動出来るようになった矢先に自殺するのは些か……」
「考えづらいかも〜」
「うん、何か外部の力が作用したと考える方が自然だね」
「……そう……だな」
「……この街は生きてる人間に手を差し伸べてなんかくれない、つくづくそう思うよ。望んだものが叶うのなんて、多くの夢を潰された人間が、どれだけ身の丈にあったものを選んだかの数でしかない」
「……あぁ」
「自分なんて人間は大きなモノを望んじゃいけない。そうやって自分の大きさを分かった人間だけが、その小さな望みを掴めるんだと思うよ」
「あぁ、だからこそ人が集まるんだ。人は皆、自分だけは特別だと思って生きている。その物語では自分だけが主役なんだからな。そしてそれは正しい、ある地点においては。その物語が自分だけの物なのか、それとも世界を巻き込む物なのか。それによって物語は大きく変わる」
「……ジュニアは望みすぎたんだろうね。少なくとも、この街では」
「持たざる者か……」
「……権勢を振るっているギャングの一人息子もこの有様だよ」
この街で夢を叶える者、叶えない者。それは持つ者と持たざる者と呼ばれている。この街に来るその多くが持たざる者だ。
ぜひ今度、道行く人間の言い争いを聞いてみてくれ。持たざる者の癖に!だのお前はどうせ持たざる者なんだから!だの、悪口に使われているからな。
持つ者は素質のある人間にしか訪れない称号だ。その素質が何なのかは分からない。それでもこの街の人間はそれを目指す、そのための恐怖を見て見ぬふりをして。
「……生きるのって難しいね〜」
「……あぁ」
「……うん」
生者の俺らは、ただただ今を精一杯生きなければならない。




