09.レイ、お風呂で磨かれる
だんだん異世界に染まっていきます。その前に少し綺麗にならないと、ね。
ほっと息次ぐ間もなく、急かされるように私は浴室に押し込まれた。
侍女のマリルたちによって、全身を裸に剥かれた上に、身体中を泡だらけにされる。
少し泡が汚れているような気がするが、見なかったことにした。
(き、汚くなんかないもん。泣;)
それよりも人前に一糸まとわずの素っ裸を晒す方が、とても恥ずかしかった。
「うわぁ、ひ、ひとりでできます。お風呂ぐらい、ひとりで入れますから。」
「レイ様、大丈夫ですよ。すべて私どもに、お任せください。」
お任せ下さいと言われても、そう簡単に任せられるものではない。今日初めて会った人たちに、裸に剥かれている私っていったい何?って感じだった。
「まぁ、肌理が細かくて、レイ様のお肌はまるで陶器のようですね。本当に美しいです。」
私自身は気にしたことはないが、あまり日の当たらない山奥で育ったせいか、ニホン人特有の象牙色の肌はきめ細かく綺麗な肌をしているらしかった。
小学校や中学校に通っている時にも、同級生や先生に褒められたことがあった。
もともとなにもかもに無頓着な私は、めったに鏡などを見ることもない。自分の容姿など、気にしたこともなかった。
だいたいイタコに美貌など、関係ないものね。
「あのぅ、本当にひとりで出来ますから。」
いくらお肌を褒められても、嬉しくはなかった。それよりも何も身に着けていないこの状態は、酷く心細い。
抵抗する私をよそに、マリルたち侍女はとても嬉しそうにてきぱきと身体を洗いあげて行く。頭のてっぺんから、足のつま先まで洗われて、ピカピカに磨き上げられた。
「うっ、うう・・・・・・、恥ずかし過ぎる。」
もとの世界でも一応お風呂には入っていたが、こんな風に他人の手で隅から隅まで洗われたことはなかった。
子供の頃はともかく、師匠の家で修業を始めてからは、他人と一緒にお風呂に入ったことさえない。
ひとりだと当然手抜きになるもので、ほとんどカラスの行水だった。自分でこんなに綺麗に、洗ったことはない。
「レイ様の髪毛は、絹糸のようですね。本当に美しい。黒い髪がこんなに美しいとは知りませんでした。」
「お肌も磨けば磨くほど輝いて、私どもも磨きがいがあります。」
「そんなに褒められても・・・・・・。」
裸を他人に見られ続けることに耐え切れず、私の身体は羞恥に染まる。
「では、レイ様、こちらのベッドに寝て戴けますか。」
(ベッドに寝るって・・・・・?何をされるわけ?)
しかしここでも私に、拒否権はなかった。
マリルに言われるまま、素っ裸の状態でベッドに寝かされる。俯せなのが、せめての救いだった。
良く考えたら、お尻は丸見えだけど、ね。
頭隠して、尻隠さずだった。頭も隠してないけど。
最後のしめとばかりに、身体中を良い香りのオイルでマッサージされた時には、あまりの恥ずかしさに気絶してしまいそうになった。
(気持ちよかったけど。癖になりそうだけど。やっぱり恥ずかしいよ~ぉ。)
お風呂から出ると綺麗に拭き上げられ、見るからに高級なレースをふんだんに使った豪華なドレスを着つけられた。
(うわぁ、絵本に出てくるお姫様ドレスだ♥)
実際の着心地はともかく、誰でも女の子ならば一度は着て見たいと思うようなドレスだった。
胸に多少?余裕があるが、背丈などはまるで誂えたようにピッタリしている。こんな素敵なドレスを着るのは、生まれて初めてのことだった。
「あの〜ぅ、このドレスはどなたのものですか?」
突然召還された聖女ではない方なのだから、まさか私の為に用意していたとは思えない。決して私の自虐的な発想ばかりでは、ないはずだった。
それならば誰かこのドレスの持ち主がいるはずだと思って、質問したのだが。
「このドレスは殿下の妹君であるリリス姫様が、10歳の時に着ておられたドレスです。レイ様にちょうど良いのではないかと、殿下が言われてご用意いたしました。」
「リリス姫様が、10歳の時のドレス?」
リリス姫が、10歳の時のドレスって?
それにしてもリリス姫って、ちょっと発育良すぎない?
いくら私が栄養失調気味の15歳でも、10歳の時に着ていたドレスがちょうど良いって、なんだかとても悲しすぎる。
そんなことを私が考えている間に、侍女たちによって簡単にお化粧を施された。
これも生まれて初めての、経験だった。
「素材が良いので無駄に塗らなくても、薄化粧で十分ですね。」
「ええ、本当にレイ様はお肌が綺麗なので、薄化粧でも化粧映えしますね。」
簡単におしろいで整えられた顔に、チークが施されると血色の悪い顔色がパッ!と明るくなった。唇は紅が塗られ、華やかさを添える。
腰まである真っ黒な髪は左右が編みこまれ、ハーフアップにセットされた。この髪型も、初めての経験だった。
(うわぁ、お洒落。私じゃないみたい。)
前の世界では、髪型など気にしたことはなかった。そんなことを気にする余裕もなかった。
修行中の身としては、美容院なんてお洒落なところへ行けるわけもなく、家事仕事や修行の時にはいつもゴムでひとまとめにくくっていた。
「さぁ、レイ様、できましたよ」
「本当によくお似合いです。」
マリルたちの声に顔を上げると、鏡の前に立たされる。
鏡の中には、見知らぬ少女が映っていた。
(・・・・・・これは誰?)
鏡の中には絵本で見たようなお姫様が、戸惑ったように立ち尽くしていた。
読んでいただき、ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。