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08.離宮へ

異世界です。まだ幽霊は出てきません。

 それからのアルヴァン皇子の行動は、とても早かった。


 聖女召喚でおまけがついて来るなど想像もしていなかっただろうに、アルヴァン皇子に連れられ王宮のエントランスを抜けると、玄関にはすでに立派な馬車が用意されていた。


「レイとリキには、この馬車で移動してもらう。」

「馬車で、移動するのですか?」


 馬車なんて、初めての体験だった。

 見たのも初めてなら、乗ったこともなかった。


「うん。私の離宮は、ここから少し離れたところにあるんだ。歩いて行くには、ちょっと遠いからね。」


 アルヴァン皇子の口調が甘いせいか、威圧感はまったく感じさせない。甘さ垂れ流しのフェロモンに、私の危機感はどこか行ってしまっていた。

 何もかもが決定事項として告げられているのに、すんなりと従ってしまいそうになる。


(これでいいのか?って思うよね。このままついて行ってもいいのかなって。だってここは異世界。はじめての世界なのに・・・)


 王族に生まれた者は生まれつき人を従わせる何かを持っているのかもしれないけど、アルヴァン皇子場合は、少し違っているように思えた。

 優しいなんて簡単なものではなく、甘い、とにかく甘いのだ。キラキラ甘々の垂れ流しオーラが、眩しすぎる。


(この人、本当は私に気があるのでは?なんて勘違いしてしまいそうになる。初めて会った異世界人なのに、ねぇ。そんな夢みたいなこと、あるわけがないのにね。)


「さあどうぞ。」


 手を差し出され、エスコートされる。


(キラキラの王子様に、エスコートされるなんて凄くない?夢、ロマン・・・最高です。)


 私の心臓は、もうバックン、バックン。今にも飛び出してしまいそう。(平常心、平常心と。)


 こんなハンサムにエスコートされ馬車へなんて、生まれて初めての経験だった。馬車に乗るのも初めてなら、美形王子にエスコートされるのも初めてのこと。初めてづくしで舞い上がらない方がおかしいと思う。


 しかし私の長年培ったポーカーフェイスは、鉄壁だった。(無表情には慣れているのです。だって私はイタコですから。)


 悲しいかな私の内心の動揺は、いっさい表情には表れていなかったと思う。5歳からのイタコ修行で、喜怒哀楽の表情は完全に消え失せてしまっている。って言うか、私の今までの人生で、こんなにドキドキ、ワクワクすることもなかったしね。


(ほんと、他人からしたら可愛くない子だよね。嬉しいを嬉しいと、表現できないなんてね。自分でも悲しくなる)


 私は内心の動揺をひた隠し、ふ〜んなんて可愛くない態度でアルヴァン皇子に向かって手を差し出す。促されるまま馬車へと乗り込んだ。

 乗り込み腰を落ち着かせた馬車の中は、思ったよりも広い。固いかもと思っていた座席は、意外に快適だった。


「では、離宮で会おう。」


 言うなりアルヴァン皇子は自分の馬に騎乗すると、格好良く右手を上げる。

 なにをやっても絵になる人っているもんだなぁと思った。


(格好良すぎです♥) 


 私とリキは立派な馬車に乗せられ、借りて来た猫状態。初めての馬車に、二人して背筋を伸ばして固まっていた。


(いい子にしていないと、降ろされちゃうかもしれないからね。)


 馬車の扉がバタンと閉められ、リキと二人だけの空間になる。外には御者さんや騎乗した護衛の方たちがいるのだろうが、今ここには二人だけだった。

 

(なんだかとっても、疲れたよ~ぅ。)


 この世界に召還され、自分でも気づかないうちに相当緊張していたらしい。狭い空間に、ほっと肩の力が抜けた。(貧乏性なんだよね。)


 学生時代はともかく、イタコ修業に入ってからは、あまり人と接する機会もなく過ごしていたのだからしかたがない。

 なので今日はもう一生分の人に、出会った気分だった。


 私は走り出した馬車の窓から、外の様子を伺う。

 石畳がどこまでも続き、何かの本で見たような中世ヨーロッパの街並みに似た風景が広がっていた。

 

 道行く人たちはみな金髪、茶髪、色とりどりで、玲のような黒髪に黒い瞳の人はひとりもいなかった。

 露天も多く出店されていて、見たことのない食べ物を売っていたり、花屋などは薔薇やガーベラなど知っている花もあるが、見たことがない花もあった。


「凄い、凄い。あっ、あの串焼き美味しそう。あの実、見たことない果物だね。食べれるのかな」


 私はもう観光客気分。人生初めての海外旅行?いや異世旅行だった。


(今楽しまなくて、いつ楽しむのって感じだよね。)


 自分では気づいてはいなかったが、鉄壁だった顔の仮面もいつの間にか緩み、久しぶりに玲の顔に笑みが浮かぶ。初めて見る表情に、リキも驚いているようだった。


 この世界に召喚されて、一気になにもかもがはじけて変わってしまったような気がした。


「ねぇリキ、私たち今、馬車に乗っているんだよ。馬車だよ。馬車。馬が引いてるの。」


 リキと二人だけと言う気安さもあり、この世界に来てからの私は自分でも驚くほどとてもお喋りだった。年相応と言うよりは、いっきに弾けた感じ。今まで私を押さえ込んでいた重しがなくなり、しがらみが一気に取れて軽くなった気さえした。


「そりゃあ、馬車って、馬が引くものですからね。はぁ~ぁ。」


 リキが何をあたりまえのことをと、言わんばかりに息を吐き出す。呆れている感が、ありありだった。

 犬に呆れられたのかと思うとなんだか複雑な気分だが、私にとって初めての経験ばかりなのだからしかたがない。

 ついつい興奮してしまっても、無理はなかった。


 そもそもこの世界に来るまで、何もかも諦めていた私は、興奮なんてしたことはなかった。喜怒哀楽が自分にあることさえ、知らなかった。

 この世界に今は、私とリキの二人だけ。誰も私を知る人はいない。

 大人たちの顔色を窺って、大人たちの勝手に振り回されて生きて来た私を、この世界では誰も知らない。

 何だかとても、自由になれた気がした。


「だって馬車になんて、乗ったことないもの。凄くワクワクする。」

「ぼくも、ぼくも。初めての経験ですよ。」

「何言っているの、普通犬は馬車には乗らないよね。引く方でしょ。」

「レイちゃん、犬が引くのはソリで、馬車は引きません。」


 リキが否定の意味を込め、ぶんぶんを首を横に振る。


「そうなの?どちらも大して変りはないと思うけど。」

「全然違いますよ。それにここは異世界ですからね、ぼくは犬であって、犬でないのです。」


(犬であって、犬でないって?それなら何なんだろうね。まぁいいけど。)


 リキと他愛もない会話を楽しんでいる間に、あっと言う間に目的地に到着したのか馬車が停車した。

 馬車の乗り心地は、お世辞にも良いとは言えなかったが、遊園地の乗り物さえ知らない私にとっては、アトラクションとしては結構楽しめたと思う。

 

 私は曲がっていた腰をトントンと叩くと、馬車から降りる。


「レイちゃん、年寄臭いですよ!」


 途端リキから、クレームがつけられた。


「だって馬車の椅子って固くって、お尻が痛くなったんだもの」


 本当は馬車の椅子のせいでなく、日ごろから乗り物に乗り慣れていないのと、痩せすぎてお尻にお肉がついていないせいで、直接骨に椅子があたって痛かっただけなのだが・・・・・・。

 15歳の乙女が、腰をトントンって、やっぱり年寄臭いよね。


(まぁ、リキに言い訳しても、しかたがないけど。)


 リキに向けていた顔を、前へと向ける。途端、私は目を見開いた。


「うわぁ!」

 

 こんな建物、絵本の中でしか見たことがなかった。


「これって、人が棲むところなの?」

「それをぼくに聞かれても・・・・・。ぼくもレイちゃんと同じ、山奥育ちですからね。」

「そうだよね。こんなお城を見たのは、初めてのことだものね。」


 蔦の絡まるヨーロッパの古城のような離宮は、今まで山奥の小屋みたいな家に住んでいた私たちにとっては、まるで別世界だった。


「本当に私たち、このお城に住むの?迷子になりそうだよね。」

「レイちゃん、絶対ひとりでうろついたらダメだからね。古城で遭難なんて笑えないから。」

「うん、解っている。」


 リキにひとり歩きを止められ、私も納得の返事を返す。自分の方向音痴度は、よく解っていた。古城で遭難なんて、悲し過ぎる。

 しかし、私の方向音痴度で、今までよくあの山奥に住んでいて、遭難しなかったものだと思う。


「ここが聖女様の、お部屋になります」

 

 侍女に案内され通された客間は、今まで見たこともないほど豪華なお部屋だった。

 高そうなアンティークの家具に、絵画や装飾品など、価値を知らない私が見ても、素晴らしいものだと思う。


「やっぱりここも、キラキラピカピカだね。」

「ぼくもこんな部屋、生まれて初めて見ましたよ。」

「うん、だよね。」


 ニホンのド田舎、しかも山奥育ちの私たちには国内旅行はもちろん、海外旅行の経験などまったくない。旅館にもホテルにも、泊まったこともなかった。

 今まで生きてきた中で唯一した旅行が、祖父の葬儀に出席した時のあの家族でのお出かけで、師匠とあの時に乗った新幹線が最初で最後の長距離移動だった。


(今回は何の乗り物にも乗らないで、異世界まで来ちゃったけどね。)


 入ってすぐの部屋には座り心地の良さそうな応接セットが置かれ、奥にはもう1つ部屋があり、こちらは寝室らしく天蓋付きのベッドまで置かれていた。

 応接セットの近くには、リキの為になのか立派な犬用のクッションベッドまで置かれている。

 この短い時間の間に、かなりの好待遇を用意してくらたみたいだった。

 

「凄い、凄い!この部屋を私が使っていいのですか?」

「はい。聖女様。アルヴァン殿下より、聖女様にはこの部屋を使って戴くようにと申し付かっております。」

「うわぁ、嬉しいです。それとごめんなさい。私、聖女様ではないですから。」

「でも、聖女様の召喚の儀で、この世界に来て戴いたとお聞きしたのですが?」

「確かに召喚の儀で呼ばれちゃったのですが、私は聖女様ではなく実はイタコなんです。」

「イタコ様ですか?」

「いえいえ、ただのイタコです。名前は(レイ)と言います。レイと呼んでください。」

「レイ様ですね。私は侍女のマリルと申します。こちらがラザラです。」


 レイ様と呼ばれて、様つけされるほど偉くないのにと思う。

 なんせ聖女召喚の儀で呼ばれたおまけで、はずれだった。


 侍女さんも、みんな良い人そうで嬉しくなる。これから始まる異世界生活に、私はワクワクしていた。

 さぁ、ここからが第2の人生、楽しまなくては勿体ないと思う。

 前の世界のことは忘れて、私はこの世界でイタコとして生きていくことを決意した。

読んでいただき、ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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