07.聖女さま?いいえ私はイタコです
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれてしまいましたが、私は聖女ではありません。私はイタコです。
自分が物語の主人公、しかも聖女になれるとは少しも思ってはいないけど・・・・・。
いきなり異世界に召喚された上に、まさかその場に置き去りにされるとは思ってもいなかった。
「人のことを勝手に召喚しておいて、ここに置き去りって酷くない?」
ボソボソと小声ではあるが心の声となるはずの声は、外に駄々洩れてしまっていた。
いつもは温厚な私でも、ふつふつと湧いて来る怒りを止められない。こんな理不尽なしうちに怒りを感じたのは、自分でも初めての経験だった。
今までの私は大人たちに何もかも勝手に決められ(あげくは親に棄てられて)、自分で選択する自由などまったくと言ってなかった。まだ子供と言う年頃の時から、すべてを諦めて生きていた。何も感じなかった。感情なんて、自分にあることさえ忘れていた。
それがこの異世界召喚によって、自分自身が内面から変わってしまったような気がした。自分のことを誰も知らないこの世界に来て、弾けてしまった。そんな感じだった。
無力で無能で非力で、大人の好き勝手に振り回されていた、弱ちぃ結城玲にはもう戻りたくなかった。
「この異世界で、私にどうしろって言うのよ。」
「本当に酷いですよね。勝手に召喚しておいて置き去りとは、レイちゃんが可哀そうです。ぷんぷん!」
この場で私の愚痴を聞いているのは、ここでも犬のリキだけだった。そして返事をしてくれるのも、今もリキだけだった。
自分の代わりにおこってくれるリキに、とても嬉しくなる。この世界でも、リキだけが味方だった。
どうして犬が異世界召喚なんてマニアックなことを知っているのか?とか、今は深く考えないことにした。(だって、なんか怖くない?)
まだそんなに長く話した訳ではないが、リキの知能は私と大して変わらないように思える。もしかすると私より、賢いかもしれない。いや間違いなく私より賢いだろう。
「さて、これからどうするかよね。」
「そうですよね。聖女でなかったので、元の世界に帰してあげますとは、言わないでしょうからね。」
「・・・・・・そうよねぇ。」
はたして元の世界に、帰れるのだろうか?
漫画や小説での異世界召喚って、一方通行で帰り道はなかったと思う。
別にどうしても元の世界に帰りたい訳ではないが、この世界で生活するには今の私は何も持っていない。
今が昼なのか、夜なのかも解らないが、夕ご飯も食べていないのにいきなり呼び寄せられて、お腹も空いていた。
「おなか、空きましたねぇ。」
「おなか、空いたわね。」
当然リキにも、餌を与えていない。ふたりとも、お腹がペコペコだった。
「きみは、聖女ではないの?」
突然、声を掛けられ、驚き声の主を見ると、先ほどのキラキラ金髪くんに良く似ているが色合いの違う、身なりの良い男性が、息が掛るほど近くで私を覗き込んでいた。
「ふぇ?はぁ、はい、違います。私は聖女ではありません。聖女様は先ほどそこの扉を、出て行かれましたよ。」
いきなりの急接近に、声が裏返ってしまっていた。
(お顔が、ち、近いです。)
さきほどの黄色みの強いキラキラ金髪くんより幾分地味に見えるが、綺麗なプラチナブロンドの長い髪を紐で一つくくり肩に垂らしている。瞳は高価なエメラルドのような美しい輝きを放っていた。
綺麗なグリーンの瞳にまっすぐ見つめられ、私の心臓はドキドキと煩く鼓動を打つ。初めての経験だった。
「そうか。きみ、名前は?」
こういう時、漫画や小説では、「人に名前を聞くときは、先に自分の名前を名乗りなさいよ!」なんて、言っちゃうんだろうけど・・・・・。
私、主人公じゃないし、まぁいいか。
「玲と申します。こちらはリキです。」
自己紹介のついでに、リキも紹介しておく。(ここ重要だよね。)
リキが挨拶をするように、しっぽをパタパタと振る。ここでは喋れることは秘密にするらしい。まぁ、様子見は必要だった。
「レイに、リキか。」
「はい。」
なんだかこの人、雰囲気がめちゃくちゃ甘い。砂糖菓子っぽい人だなぁと思う。笑顔がとても、いい感じだった。
「それでレイ。きみたちの、これからなのだが・・・・・。」
砂糖菓子くんは、言いにくそうに目を伏せる。それだけでだいたい言いたいことは、解ってしまった。(良くないことだけは、確かだよね。)
「えーと、元の世界に帰されるのですか?」
一応、聞くだけは聞いてみた。
なんせはずれだもの、ね。はっきり言って、私たちなんていらないと思う。帰れないとは思ってはいるが、ここは一応聞いておくことがお約束と言うものだった。
「すまない。きみたちを元の世界に、帰すことはできない。」
「・・・・・・そうですか。」やっぱりね。
やはりこの世界の異世界召喚も、一方通行らしい。そんな感じは、していたけど。はっきり砂糖菓子くんに言われて、そうなんだと他人ごとのように思った。
「まだ幼いレイには、悪いことをしたと思っている。本当は今すぐにでも両親のもとに帰りたいだろうが、すまない。この国で生きていくことを、真剣に考えて欲しい。」
―――――まだ幼いって・・・・・?
私、これでも15歳なんですけど。
腰まである真っ黒なストレートの長い髪(師匠のもとに預けられてから、一度も髪は切っていない。)に、こちらも真っ黒な大きなアーモンド型の瞳。
あまり成長が良いとは言えない身体は、ガリガリでとても15歳には見えないことだろう。
―――――この国で生きていくことを、真剣に考えて欲しい。
砂糖菓子くんの真摯な言葉に、私の胸がキュン!と動いたような気がした。
(この国で生きていくこと・・・・・、ねぇ。)
私を育ててくれた師匠はもういないし、両親のもとに帰りたいとは、まったくと言って思っていない。帰れるとも思っていなかった。
あのまま元の世界にいても、私はイタコとなり、リキと二人で生きて行こうと決めたところだった。
突然、召喚されて驚きはしたが、行方不明の娘を悲しみ、探してくれるような家族はもういない。はっきり言って元の世界に、なんの未練もなかった。(さっぱりしたものだよね。)
「異世界から来た私が、この国で生きていけるのでしょうか?」
誰ひとり知った人がいないこの世界で、なんの後ろ盾もなく、お金もなく、第一住むところすらない。そんなないないづくしで、生きて行けるのかと、とても不安になる。
「もちろん、こちらの都合で召喚したのだから、レイたちの生活の面倒は、こちらですべて見させてもらう。それだけは安心して欲しい。」
生活の面倒全般を見て戴けるのなら、こちらとしても願ってもないことだけど・・・・・。
「えーと、あなたはいったい?」
この砂糖菓子くんが誰なのかも解らないのに、美味しいことを並べられて、安心して欲しいと言われても、信じられるものではないと思う。
「私はアルヴァン=トラヴィス。このトラヴィス公国の第3皇子だ。」
「第3皇子様?」
どうりで高貴なお顔だと思ったけど、第3皇子様って微妙な立場だよね。
「それで先ほど聖女様と、一緒に出て行かれた方はどなたですか?」
「あれは私の兄、ラートメース=トラヴィス。この国の第1皇子だ。」
「私たちを召喚されたのは、その第1皇子様なんですね。」
ちょっと嫌味を込めて、第1皇子様を強調してみる。偉い人なんだろうけど、偉ければなんでもしていいってことじゃないよね。
「それで・・・、私たちは何のために召喚されたのですか?」
(まぁ、私の場合は間違いだったんだけど、ね。)
こんなに矢継ぎ早に質問をしては、皇子様に対して失礼かもとは思うが、解らないことは、聞かなければ解らないと思う。
今聞いておかなければ、次にいつ聞ける機会が訪れるか解らないのだからしかたなかった。
それに自分がどうしてこの世界に呼ばれたのか、どうしても今、知っておきたかった。
「このトラヴィス公国には、聖女伝承があるんだ。」
「聖女伝承?」
なんでも聖女召喚の儀と言うのは、トラヴィス公国に古より伝わる儀式らしい。
この国は昔から隣国と、酷い戦争をしていた。
戦争と言うのだから、敵、味方多くの人たちの命が失われ、その者達の生きたい、帰りたい、死にたくないと言う思いや恨みや妬みなど負の感情がその地に残り、瘴気となって溢れ出す。
瘴気が濃くなれば、その中より魔物が発生するらしい。死者の思いが強ければ強いほど、瘴気も濃く、強い魔物が人々を襲う。襲われ殺された人々の怨念が、また瘴気となってを繰り返す。
その被害が甚大なる時、昔から公国では聖女を召喚し、瘴気を払ったらしい。聖女は見目麗しく、年齢は17歳だったと言う。
「それが円花さん、なんですね。」見目麗しく、17歳の乙女。ぴったりだった。
「そうなるね。」
「それで瘴気が濃くなり、強い魔物が発生するようになったから、聖女様を召喚して助けてもらおうってことですね。」
「ああ、戦争ははるか昔に終わっているのだが、瘴気は消えない。かえって濃くなっているんだ。」
「それで聖女様を召喚したと。」
「うん、そう言うことだね。ところでレイは、本当に聖女ではないの?」
「はい。私は聖女ではありません。だって私は、イタコですから」
「イタコ?それって、何?」
「えーっと・・・・・?」
外人さん、いや異世界人さんに、イタコを説明するのはとても難しい。
それよりも前に、私って何語喋っているわけ?
日本語ではないと思うけど、トラヴィス公国だからトラヴィス語とか?これも異世界補正なんだろうな。
言葉には今のところ不自由はなかった。
ただイタコを説明する良い言葉が、今は思いつかない。
「まぁいいや。私の宮でお茶でもしながら、イタコについての話を、ゆっくり聞かせてもらおうかな。」
「はい。あのう、リキが一緒でもかまいませんか?」
この世界でリキは唯一の同志なのだ。蔑にはできなかった。
「ああ、彼はレイの騎士みたいだからね。リキ、しっかりレイを守るように。私の離宮に君たちの部屋を、用意しよう。一緒に来てくれるよね。」
なんと答えるのかじっと見つめていると、リキは、「わん!」とひと吠えしただけだった。
どうやらこのまま犬のふり?を、通すようだ。
この世界の犬がいるのかどうかもわからないが、誰もリキに驚いていないと言うことは、この世界の犬も同じようなものなのだろうと思う。
「はい、お世話になります。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します。」
とりあえずこの世界での生活は、責任をもってみてくれるみたいだし、不安はあまりなかった。
根っからふてぶてしくできているのか?と、遠慮もなく安心してしまっている自分に突っ込みを入れる。
(これで本当にいいのかなとも思うけど、まぁ、こんなところへ呼び出したのはこの国の人たちなのだから、責任は取ってもらわないと、ね。)
この先どうなるかは解らないけど、リキと二人でここで生きていくしかない。
それならそれでこの異世界での生活を、少しでも楽しもうと思う。
異世界でイタコとして、生きて行くのもいいかもしれない。
私の特技と言えば、霊関係だけだから。この世界でイタコの需要があるかどうかは解らないが、なんとかなると思う。
まず最初のお客様には、目の前のアルヴァン皇子がなってくれるはずと言う確証があった。
読んでいただき、ありがとうございました。これからもどうかよろしくお願いいたします。