06.召喚
異世界に召喚されちゃいました。
「成功だ!」
「成功したぞ!やった!やったぞ!」
「うぉおおおおおおお・・・・・・・・・・・!!!!」
突然聞こえた騒がしい人の声にぎゅっと閉じていた目を開くと、そこは今までいたはずの住み慣れた師匠の家ではなく、何かの本でしか見たことがないほどに豪華な西洋の大広間だった。
(畳なんて見当たらないし、綺麗な床に煌びやかなシャンデリア。私、・・・・・もしかして、死んじゃったとか?)
全てがキラキラと光り輝き、ここはもしかすると天国なのかもしれないと思う。それほどに美しい場所だった。
(こんな広い部屋、生まれて初めて見たかも。しかもキラキラしすぎて眩し過ぎる。)
こんなに金ぴかピカピカの部屋を、私は絵本の中でしか見たことがない。
(テレビなんてなかったし、国内旅行はおろか海外旅行なんて行ったこともなかったしね。)
私がイタコになってからも、なる前でさえも、足を踏み入れたことのない場所だった。
本当に綺麗な場所、美しい世界。・・・・・って、ここはどこ?
それは中学生の頃、図書館で見た本の中の1ページ。中世ヨーロッパの、お城の大広間に似ていた。
(イギリスのお城だったと思うけど、あまりにも私の生活とは離れすぎていて、ただただその豪華さにくぎ付けになったことを覚えている。それがまさか、今、私の目の前にあるとは、信じられない。)
綺麗に着飾った老若男女、紳士、淑女たちが、優雅にダンスを踊る。絢爛豪華な世界。
ここはそう、まるで舞踏会でも開けそうな広さの、豪華さだった。
「な、なに?ここは何処?なんでこんなところに、私はいるわけ?」
私は腕の中にしっかりとリキを抱きしめたまま、この大広間のど真ん中に座り込んでいた。
ふと床に目をやると、床には大きく丸い複雑な模様が描かれている。
その複雑な模様が蜘蛛の巣のようにも見えて、まるで自分が蜘蛛の巣に捕らわれている虫みたいだなと、私はどうでも良いことを考えていた。
(これって、異世界ものには、必須アイテムの魔法陣だよね。)
辺りを見回すと、同じ魔法陣の上にもう一人、私より少し年上に見える高校生くらいの女の子が、唖然と座り込んでいた。
(そりゃあ、唖然ともするよね。実際、私もそうだし・・・。)
いったい自分の身に何が起こったのか?私自身、良く解っていない。
きっと彼女も自分が今どのような状況に置かれているのか、解っていないに違いなかった。
(ちょっと、誰か説明してよって感じ?)
それでも私の立ち直りが早いのは、自分自身イタコなんて非現実的な世界に身を置いていたからだろうと思う。
今まで大人の都合に振り回されて生きて来たので、今更多少何かの都合で変わったことが起きても、動揺することはほとんどはなかった。
それよりも辛い現実から意識を反らすために、貪るように読んだ漫画やラノベの世界の方が、夢と言うより現実、私の理想の世界だった。
(聖女召喚なんて、ほんと浪漫だよね。いえーぃ、異世界最高!)
彼女も見た感じ、同じ日本人のように見える。
(私とは違って、都会的なお洒落な女子高生って、感じだけど・・・。)
デザイナーズブランドなのか?お洒落なブレザータイプの制服を着た彼女は、ゆるくウェーブのかかった明るいブラウンのセミロングの髪に、大きなアンバー色の瞳のかなりの美人さんだった。
これが有名な聖女召喚の儀なら、間違いなく彼女が聖女なのだろうと思う。
まさに漫画やラノベに出てくる聖女にぴったりの、容姿風貌だった。
「もしかして、ここって異世界?」
(いや、間違いなく異世界だと思けど・・・。なんで異世界?)
誰に聞くでもなく、疑問が声となり零れてしまう。別に返事など期待していなかった。
あまりに驚きすぎて、声になってしまっただけだった。
周りを取り囲む長いローブを着た人たちはみな興奮冷めやらぬ様子で、こちらを見守っている。まるで見世物にでもなった気分だった。
「うんうん。そうですね。ほんと異世界って、感じです」
「・・・・・・・?」
返事をまったく期待していない私の独り言に、どこからか同意の声が返って来た。
「うんうんって?」(・・・誰?)
まさか返事が返ってくるとは思っていなかったので、あたりをキョロキョロと声の主を探すが、らしき人はみつからない。
(はて?)
自分の腕の中を見るが、腕の中には犬のリキしかいなかった。
リキはいつものように、私に抱きしめられ嬉しそうに尻尾を振っている。
師匠に預けられてから初めてできた、優しいぬくもり。親からも与えてもらえなかった温もりを、私に与えてくれた唯一の存在だった。
リキも自分の身に何が起こっているのか解っていないのか?(犬だからね。解るわけがないよね。)、驚いていると言うよりも、むしろ嬉しそうにしっぽをパタパタと振っていた。
周りに多くの人がいようと、気にしない。
いつもの犬のリキだった。
(まぁ、これが普通だよね。)
「えーと、今喋ったのって、もしかしてリキ?・・・・・・まさかねぇ。」
一応確認してみるが、リキは何も応えない。
(だって異世界なら、何でもありだもの。犬が喋っても、不思議ではないよね。)
しばらくリキを見つめていたが、腕の中にいるのは確かに、いつもの犬のリキだった。
(何度も言うなってね。)私もこの訳の解らない状況に、少なからず動揺していたのpかもしれなかった。
気のせいかと思い辺りを見回すが、近くには誰もいない。
女子高校生の彼女でも、なさそうだし・・・・・。
再びリキを見ると、リキもクリクリの琥珀色の瞳で私を見ていた。
「まさか、ねぇ?」
犬が喋るなんて、ちょっと異世界ものに毒され過ぎだと思う。
もしかしてそうなればいいなって、私の願望が作りだした空耳なのかも知れなかった。
「うんうん。ぼく、ぼく。」
「ぼく、ぼくって・・・・・・・・?えーっ、リキなの?」
何が嬉しいのか腕の中のリキは、千切れそうなほどにしっぽをパタパタと振る。顔をペロリと、舐められた。
どうでもいいことなのに、リキの一人称は『ぼく』なんだと思う。
「これは夢?リキが喋るなんて、不思議すぎる。」
「ほんと不思議ですね。レイちゃんと話ができるようになるとは、ぼくも思いませんでしたよ。でもお互いお話が出来た方が便利ですよね。」
「確かにリキと会話が出来ると、便利で心強いけど。」
「ぼくもレイちゃんと話ができて、嬉しいです。」
異世界召喚で、いきなり何も知らないところに放り出されて、正直言って訳が解らなかった。
それでもリキが自分の腕の中にいてくれるおかげで、心強い。おまけに話しができるなんて、素敵過ぎる。(異世界、最高!)
―――――――バタン!
私が異世界補正?リキとの意思疎通に、感動していると言うのに、突然背後の扉が開くと、ドタバタと数人の見るからに身分の高そうな人たちが入って来た。
「成功、したのか?」
先頭に立つキラキラ金髪に青い瞳の王子様風の男性が、ローブを来た者たちの中でも身分の高そうな男性に聞く。ローブの男性は、満面の笑顔で頷いた。
「はい、殿下。成功のようです」
「そうか、良くやった。それでどちらが聖女なのだ?」
殿下と呼ばれたキラキラ金髪くんは、私ともう一人の彼女を見比べる。かたや美人さんの女子高生。かたや犬を抱いた、みすぼらしい身なりの美人とは言えない少女。(ちょっと、自虐すぎかな?)
私は聖女ではないと自分で解っているので、聖女は女子高生の彼女の方だと思う。
キラキラ金髪くんもそう思ったのか?彼女の方に、視線を止めた。
(うん、解るよ。彼女聖女って、感じだもんね。まぁ、私だってそう思うのだから、他の人もそう思ってしまうのはあたりまえだとは思うけど・・・)
「その方、名前は?年は?聖女なのか?」
身分が高いせいか少々高圧的ではあるが、優しい口調でキラキラ金髪くんが彼女に問う。
私もそうだが彼女の方も、自分の置かれた状況が良く解っていないはず。キラキラ金髪くんが、誰なのかも解らなかった。
しかし彼女の方が社交的だったのか、ただたんに年上だからなのか硬い表情ながらも、問われたことを応えはじめた。
まぁ、目の前のキラキラ金髪くんは、とてもハンサムだし、ねぇ。(なんだか顔が赤いですよ。)
「えーっと、私は木島円花と言います。17歳です。聖女なのかどうかは解りませんが・・・・・・。」
(そうだよね。いきなり異世界に呼ばれて、あなたは聖女なのかって聞かれても、円花さんも困ると思う。よほどの強心臓でなければ、はい、自分は聖女ですって言えないよね。)
「そうか、年は17歳か。聖女の伝承とぴったりくる。彼女が聖女に違いない!」
「えっ、私が聖女なのですか?」
あなたが聖女に違いないと言われて、素直に信じられる人も少ないと思う。そもそも私たちが生活していた元の世界には、聖女と言われる人はいたけど、この世界の聖女とはぜんぜん違っていたしねぇ。
「そうだ。その方が聖女に違いない。みな、聖女召喚の儀は成功だ!」
「うぉおおおおおおお・・・・・・・・・・・!!!!」
(おお、そこで勝手に、聖女宣言しちゃうわけ?その根拠は何か100文字以内で述べろって感じだよね。)
金髪くんの聖女召喚の儀の成功宣言に、再び、怒号のような歓声が、部屋中を揺るがす。
その異常とも言える喜びように、この世界でどれほど聖女が切望されていたのか、解る気がした。
これで聖女様は木島円花と名乗った女子高生に、決まったようで・・・・・。
「聖女殿、この世界に来てくれたことを感謝する。」
キラキラ金髪くんは紳士的にさっと右手を差し出すと、円花さんは少し照れながらも綺麗な白い手を乗せる。白魚のような手とはこんな手を言うのだろうなと思うほど、綺麗な手をしていた。
なんだか円花さんの態度も、聖女っぽい気がする。
聖女と思いながら見るから、聖女に見えるのか?はたまた聖女だから身の内からあふれ出るパワーが、聖女を感じさせるのか?(まぁ、お似合いだよね。)
「早速、これからの話をさせてもらおう。すぐにお茶の用意を。」
「はい。よろしくお願いします。」
はにかみながらも円花さんは金髪くんにエスコートをされ、扉から消えて行く。誰ひとり残された私には、目もくれなかった。
(ち、ちょっと、私はガン無視ですか?)
この世界にどんな聖女伝承があるのかは知らないが、勝手に人を召喚しておいて、はずれは置き去りって酷くない?
これからどうしたらいいのかと、私は目の前で閉じて行く扉を、呆然と見つめていた。
読んでいただき、ありがとうございました。これからもどうかよろしくお願いいたします。