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03.別れ

異世界心霊ものです。

最初の方にネグレクトを感じさせる描写があります。不快に感じられる方もおられると思いますので、ご注意ください。

 祖父の死を告げる電話の後、母が連絡したのか父が会社を早退して帰って来た。


 慌ただしく喪服に着替えた両親に連れられ、私と大輝は祖父の葬儀に参列した。

 生まれて初めてのお葬式だった。


 周りには真っ黒な服装の、知らない人ばかり。

 私は忙しい両親の手を煩わせることなく、大人しくひとりで隅の椅子に座っていた。

 祖父の死を悲しむ人たちは、忙しいのか足早に私の横を通り過ぎて行く。葬儀の間中、誰からも声を掛けられることはなかった。


 私は大人たちの邪魔にならないように、じっと息を潜めて、ひたすら葬儀が終るのを待った。


(おじいちゃん、本当に死んじゃったの?)


 葬儀の参列者に頭を下げる祖母や、父母、母の親戚たちに交じり、死んだ祖父の姿があった。

 あの日インターフォンを鳴らした祖父が着ていたのと同じ、スーツ姿でそこにいた。

 しかし祖父の存在は誰にも気づかれていないようで、皆が皆気づかずに通り過ぎていく。


 祖父の存在に気づいているのは、どうやら私にだけのようだった。


 祖父に話しかけたいと思うが、こんな場所で、祖父の霊と話をしょうものなら、周りの人たちから気味悪がられるに違いない。祖父もそれが解っているのか、話かけては来なかった。ただ不憫でならないと言った視線を、時々私へと向けてくる。

 

(おじいちゃんは、私が霊を見えることを知っていたから・・・。)


 あの時インターフォンを鳴らした祖父は、私に最後のお別れに来てくれたのかもしれないと思う。

 しかし、それを知っているのは、私だけ。そして今ここにいる祖父のことなど、絶対に口にしてはいけないことなのだと、私自身わかっていた。


 また、おかあさんを怒らせてしまう。霊の存在など知らない参列者の人たちから、気味悪がられてしまう。

 だから、今は見えないふり。決して祖父の霊のことは、口にしてはいけないと、固く口を閉じる。


 祖父の葬儀が終れば、また元の生活に戻れるのだと思っていた。

 父がいて、母がいて、大輝がいて、家族揃って過ごせる我家での生活が揺らぐことはないと信じていた。


 なのに・・・・・・。


「玲、おまえはこれから会う人のところへ、行くことになった。」


 父の突然の言葉に、私は耳を疑う。まるで何でもないことのように話す父の態度からは、何の感情も読み取れなかった。

 

「何処へ行くの?玲だけ?大輝は?いつ帰るの?どうして行くの?」


 私の矢継ぎ早の質問に、父は面倒臭そうに溜息を吐き出す。それでも私には、聞いておかなければならないことが沢山あった。


 しかし私がいろいろ聞く前に、父に「うるさい!」と一喝される。


 父の大きな声と伝わってくるイライラとした刺々しい感情に、私は萎縮してしまう。もう何も、聞けなくなってしまった。


「これから会う松井トメと言う人に、しばらくの間おまえを預かってもらうことにした。おまえは黙って、松井さんについて行きなさい。」


(松井トメさんって誰?私を預かってもらうの?なんで?いつになったら帰れるの?)


 聞きたいことは、まだまだあった。

 しかし私は、ぐっと口を堅く噤む。

 これ以上何を尋ねても、父は答えてはくれそうにない。また大きな声で、怒鳴られるのかと思うと、怖くて声に出すことが躊躇われた。


 ただ今、確かなことは、私は住み慣れた家に帰ることはなく、誰なのか顔も見たことのない母方の遠い親戚である松井トメと言う人に預けられると言うことだった。


 ―――――――()()()()()


 その言葉は、少し違うかもしれない。

 預けられると言うのは、いつか迎えが来ると言うことなのだから。父の今の態度を見れば、私を迎えに来てくれることなど絶対にないと思う。

 ()()()()()と言うのが、この時の私の感情だった。


 祖父の葬儀に来ていた遠い親戚にあたるその人は、イタコと言うお仕事をしている人で、その世界では有名な人物らしかった。


「はじめまして、イタコの松井トメです。」


 イタコと名乗り私の前に立ったのは、おばあさんと言ってもいい年頃の目の不自由な女性だった。

 葬儀に出席していたのだから当たり前だが、見るからに痩せた身体を喪服に身を包み、白髪の多く交る髪にをうしろでひとつに結んでいた。


 イタコが何なのか、私には解らない。そしてこの女性が、何者であるかも解らなかった。


(イタコって、なに?私はこれから、どうなるの?)


 言い知れぬ不安が、込み上げて来る。まるでタールのような黒い恐怖に、絡みつかれ息が詰まるような気がした。


「この子が玲です。どうぞよろしくお願いします。」


 この場で私がトメに預けられると言うことは、父とトメの間では既に決定事項のようだった。

 いつの間にそんな話が、まとまってしまったのか解らない。子供をひとり預けるのも、預かるのも、簡単なことではないはずなのに・・・。


 私は訳が解らず、父とトメを見つめる。ふたりが交わす会話は、ほとんど私の耳には入って来なかった。


 解らない。理解できない。聞きたくない。

 そんな感情などお構いなしに、私を置いたまま話はどんどん進んでいく。

 

 本人には何の説明もなく、小さな手荷物と一緒にトメに渡された。

 この時の私には一切、選択肢などなかった。


「・・・・・お父さん?」


(何を、言っているの? 私をどうするつもり?)


 私の不安を他所に父はさっさと私を引き渡して、厄介払いをしようとしているようにさえ見えた。

 これは私の、気のせいばかりではないと思う。


 いつまでも父の側を離れようとしない私に、焦れたのか?突然父に、突き飛ばされる。強く肩を押され、トメの方へと押し出された。


 不意に強い力で押し出されて、私はたたらを踏む。

 なんとか自分で踏みとどまったが、下手をすると転んで怪我をしていたかもしれないほどの力が籠っていた。


(お父さん、そんなに私の事が嫌いだったの?)


 振り返り肩を押した父の顔を見るが、その表情からは何の感情も読み取ることはできない。

 とても5歳の子供を手放す親のようには、見えなかった。悲しみの陰すら、まったくと言ってなかった。


(お父さんにとって、私はいらない子なの?)


 もしかすると母が止めてくれるのではと淡い期待を懐いたが、この状況を母が知らないはずもないのに、大輝を抱き親戚と会話しながらも、一度も私を振り返ることはなかった。


(優しくして欲しいとか、愛して欲しいとは思わない。だけど私を捨てないで!)


 そう叫びたいのに、声にはならなかった。


 トメはとても目が見えていないとは思えない動きで私に近づくと、肩を優しく撫でてくれる。冷たそうに見えたその皺だらけの手は、思ったよりも温かく優しかった。


「この子は神や死者の声を聞くことができる稀有な子だが、あんた達親は手放して後悔はないのかね。」


 私を手放すことを再確認するトメの声には、子供を捨てる親への批難の棘が含まれているような気がした。


 しかし父はその言葉の棘にも気にした様子もなく、感情のない人形か何かなのでは?と思うほどの無表情だった。


「この子も、きっとその方が幸せでしょう。よろしくお願いします。」


 再度、トメに向かって頭を下げると、私を置いてさっさと母のもとへと行ってしまう。

 大輝がぐずりだしたらしく、3人で建物の中へと消えてしまった。


(お父さんにとっての家族はお母さんと大輝の二人だけ。私は含まれていなかった。)


 いっそ子供らしく、泣ければよかったのにと思う。

 親に捨てられたと言う事実が大きすぎて、私は泣くことも後を追いすがることもできなかった。

 遠くでまるで私との別れを悲しむかのように、大輝の泣き声が響く。


(大輝、悲しんでくれているの?もう会えないかもしれないけど、元気でね。大好きだよ、大輝)


 この時の大輝の泣き声が、私の耳の奥にずっと残ったまましばらくは空耳のように聞こえていた。


(・・・・・何がこの子のため?)


 親から捨てられることが幸せなんて、子供が思うわけがない。勝手に決めないで欲しかった。


 元気でとか、頑張れとか、さよならの言葉もなかった。

 罪悪感で目を合わすこともできないのか?振り返ることすらなかった。


(罪悪感でも持ってくれていれば、私もまだ救われたかもしれないけどね。)


 私はただ呆然と、その場に立ち尽くす。


「さぁ、行こうかね。」


 何かを断ち切るように、トメが言った。


 私は了承の意味を込め、コクリと頷いてみせる。そう言えばトメは目が不自由なのだと思い「はい」と小さな声で返事をした。


 いつまでもここに立って居ても、何も変わらない。父も母も、もう戻って来てはくれないことは解っていた。


 トメに手を引かれ、私は歩き出す。どこに行くのかも、解らなかった。


 それからバスに乗り、生まれて初めて新幹線に乗り、またバスに乗った。


 だんだん民家は少なくなり、山の奥へとバスは入って行く。

 トメと二人だけ、他に乗り合わせる人もなく終点でバスを降りると、今度は徒歩で歩くと告げられる。


 荷物はすべてトメが持ってくれたが、子供の足で山道を歩くのはとても大変だった。

 目の不自由なトメが荷物まで持って歩いているのだからと、私は黙って一生懸命に後に続いた。


 日が暮れ辺りが暗くなり時間の感覚が無くなった頃、たどり着いたのは山の中にポツンと建つ、木造の家と言うよりは山小屋のような建物だった。


「ここがこれから玲の住む家だよ。」


 まるで昔話の絵本に出てくるようなボロ家だった。


 中にはテレビや電子レンジなど今まであたりまえにあった電化製品は、まったくなかった。


「私、ここに住むの?」

「そうじゃ。わしと一緒にここに住んで、イタコになる修業をするんだ。」

「・・・・・・・イタコ。イタコってなに?」

「イタコと言うのは、死者と今生きている人を仲介するお仕事と言えば解るか?」

「死んだ人の言葉を、生きている人に言ってもいいの?おかあさんは玲が死んだ人のことをお話しすると、とても嫌がったよ。気味が悪いって。」


 イタコとは死者の言葉を、今生きている人に伝えるのが仕事らしかった。

 しかし今まで死者の話をしたら、みんなから嘘つき扱いされた。友だちもいなくなった。両親からも捨てられてしまった。

 なのに、それがお仕事?


 私の目から、涙が零れ落ちた。


「辛かったな。さぞや生きにくかっただろう。これからは見えるものを見えると言ってもいいんじゃ。ここでは玲を縛ってしまうものは、何もない。そのよく見える目で見て、死者の言葉をみんなに伝えてやればいい。」


 トメは私をぎゅっと抱きしめると、いい子いい子とあやす様に頭を撫でてくれた。

 涙が堰を切ったように、溢れだす。 

 じつの母にさえ優しく抱きしめて貰えなかった私にとって、これが初めて感じる人の温もりだった。

読んでいただき、ありがとうございました。これからもどうかよろしくお願いいたします。

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