02.不思議な来訪者
異世界心霊ものです。
最初の方にネグレクトを感じさせる描写があります。不快に感じられる方もおられると思いますので、ご注意ください。
同世代の子供たちから『幽霊の玲ちゃん』と呼ばれるようになってから、私はほとんど外に出ない生活を送っていた。
もともと幼稚園にも行っていなかったし、家に引き籠っていてもなんの不便もなかった。
あんなに好きだった公園にも、あれ以来行ってはいない。ブランコでも、遊んでいなかった。
母も私が霊の話さえしなければ、ある程度は普通に接してくれていた。
(たぶん、これが普通なんだと思う。)
私自身、今の家庭環境しかしらないし、家族と言うものがどう言うものなのかよく解っていない。
弟の大輝を見ると、私との接し方に違いがあるが、大輝はまだ小さいし、男の子だし、比べられるものではないと思っていた。
愛情と言うものがどんなものなのか?形がないのでわからないが、そのほとんどは弟の大輝に注がれていると思う。しかしご飯やおやつはちゃんと与えてもらっているし、おもちゃや本なども時々は買ってくれる。
両親との会話はほとんどと言ってないが、ネグレクトと言うほどではなかった。(たぶんね。)
ご近所のママ友たちとの付き合いは、依然として続いていた。
母はママ友たちと出かける時は、大輝を連れて出かけていた。いつも私はお留守番だった。
大輝はとても活発な男の子で、周りにいるものをその愛くるしい笑顔で虜にする。大輝は普通の男の子で、母の自慢の息子だった。
だからと言って私は拗ねたり、ぐれたりする性格でもなかった。
なにより弟の大輝は可愛かったし、このごろではお姉ちゃんである自覚も芽生え始めていたのだと思う。
――――― ピーーーンポン!
突然、家のインターフォンが、来客を告げる。
「はーい。どちら様ですか?」
私は踏み台にする椅子をインターフォンの下まで引きずると、上に乗り、いつものように来客の応対に出た。
母が大輝のお世話をしている時は、来客の応対と言うほど大したものではないが、取次は私の仕事だった。
この家の中で、私の唯一のお手伝いだった。
この時、私にはインターフォンの呼び出し音が、確かに聞こえていた。
「・・・・・?」
しかし、母には、聞こえていなかったらしい。
突然、絵本を置いて椅子の上に登り、インターフォンへと喋り出す娘を、母は怪訝そうな顔で見つめる。その表情には、気味が悪いものを見るような恐怖の色が浮かんでいた。
「あっ、木之下のおじいちゃんだ!おかあさん、木之下のおじいちゃんだよ」
インターフォンのモニターに映ったのは、母方の祖父の姿だった。
黒いスーツに身を包み、俯き気味の姿は、いつもの優しい祖父の姿とは違っていたのだが、その時の私にそんな違いがわかるわけがなかった。
ただ祖父が遊びに来てくれたことが、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて・・・。
祖父はいつも私に優しかった。幽霊の話も、気味悪がらずに聞いてくれる唯一の大人だった。
「おじいちゃん、おじいちゃん」
私は慌てて玄関に向かう。
祖父を招き入れようと鍵を開けて、玄関ドアを開くが・・・・・・・。
「あれ?おじいちゃん?」
ドアの向こうには―――――――――――――、誰もいなかった。
門まで出て、外を確認するがやはりそこに祖父の姿はない。門の外のインターフォンの前に、祖父の姿はなかった。
「あれ、おかしいな?」
確かにインターフォンのモニターに、祖父の姿が映っていたはずなのだが。
見間違いとは、思えない。不思議としか言いようがなかった。
再び玄関に鍵を掛け、先ほどまで絵本を読んでいた部屋に戻ると、突然電話の呼び出し音が部屋中に響いた。
――――――――プルルルル・・・・・・・・・、プルルル。
母は大輝をソファに寝かすと、受話器を取り、耳にあてる。
知り合いからの電話だったのか、ニコニコを笑顔で電話に出た母の顔色は、すーっと蒼白色へと変わった。
「うそっ!」
悲痛な母の叫び声が、部屋中に響く。
何が起こっているのか、私には解らなかった。
母の顔は色も表情も、無くなっていた。
(・・・・・怖い。)
私は怖くなって、そーっと大輝に近寄り、その小さな手を握る。大輝は姉が遊んでくれているとでも思っているのか、とてもご機嫌だった。
手足をバタバタさせながら喜んでいる大輝とは対照的に、私は言い知れぬ不安に包まれる。何がおこっているのか?自分がどうすればよいのか解らなかった。
(・・・・・おかあさん?)
母は電話が終っても、その場にぼーぜんと立ちつくしていた。
しばらくして受話器を置いた母が、唖然と私を見つめる。
その瞳は娘を見る目ではなかった。忌まわしいものに向けるような、冷たい視線だった。
「おかあさん?」
恐る恐る、母を呼ぶ。
いつもと違う母の様子に、触れようと伸ばしかけた私の手は振り払われた。
ーーーーーーーーーーーーー パシッ!
振り払われた自分の手を、もう片方の手で握りしめ、唖然と母を見つめるしかない。
身体が冷たい。
怖い、怖い・・・・・。
母にぎゅっと抱きしめて、大丈夫と言って欲しかった。何も心配はいらないと、安心させて欲しかった。
「おじいちゃん、・・・・・・・いなかった」
何故、今そんなことを、言ってしまったのか?
いつもとは違う母の様子に、何か言葉にしなくてはいけないような気がして、ついそんな言葉を口にしていた。
無表情だった母の顔に、瞬時に怒りの形相が浮ぶ。
ああ、また母を怒らせてしまった。言ってはいけないことを、言ってしまったのだと、私は後悔に押しつぶされそうになる。
しかし何が悪かったのか?私には解らなかった。
冷たい憎悪。とても実の母親が、娘に向ける視線ではなかった。
謝っても許されないだろうことは、幼いながらに感じていた。そもそも何を謝ったらよいのか、私には解らなかった。
(・・・・・おかあさん?)
電話は、祖父の死を告げる電話だった。
今までも母に優しく見つめられたことはなかったが、身体の震えが止まらないほど怖いと思ったのは、初めてのことだった。
「いるわけがないでしょ。お祖父ちゃんは、死んだの。」
「・・・・・・・・・・・ しんだ?」
この時の私はまだ幼く、死と言うものが何なのか良く解っていなかった。
まだ生まれてから5年しか経っていないのだから、しかたがない。
もっと私が大人だったら、母の今の気持ちも解ってあげられたのだろうか?まだ幼い娘にしかぶつけようがない悲しみも、解ってあげられたのだろうか?
「そうよ。死んだ人が来るわけないでしょ。そんなこと言って、何が面白いの?」
「でも・・・・・・・、おじいちゃん。」
「もうやめて!どうしてそんなことを言うの?本当に気味が悪い子。」
「おかあさん?」
「触らないで!あなたなんて、産まなければよかった。」
ガシャ――――――ン!
私の中で、何かが壊れる音がした。
母が発した言葉の礫は、私の心を簡単に壊してしまった。
その後のことは、よく覚えていない。
父が会社から帰って来て、みんなで祖父の葬儀に出席したはずなのだが、酷く記憶は曖昧だった。
読んでいただき、ありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。