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03 エミリアside




「外の景色はそんなに面白い?」


馬車の窓から外を見ていたら、王太子殿下にそう声をかけられた。


屋敷を出てからずっと、外ばかり見ていた。

王太子殿下は同乗されている侍従の方と、時折り言葉を交わされていたから。


お二人の話を聞いているのは失礼な気がしたし、高貴な方にこちらから話しかけるのも、じっとお姿を見ているのも不敬だと思って外を見ていたのだけれど。

良くない態度だったのかもしれない。


私は深く頭を下げた。


「申し訳ありません。

屋敷の外にはほとんど出ませんでしたので……珍しくて」


本心だった。


祖父と、そして母と一緒に小さな古い屋敷で暮らしていた幼い頃も。

爵位を継いだ母の従兄弟に言われ、母と修道院に身を寄せていた10年間も。

母亡き後、父の――伯父様の、あの屋敷に引き取られてからの3年間も。

私は滅多に外に出ることはなかったから。


王太子殿下はふっと笑われた。


「責めているわけじゃないよ。

見たいだけ見たらいい。少し馬車の速度を落とさせようか?」


「いえ。そんな……」


《お気遣いは無用です》?

《気にかけていただかなくても大丈夫です》?


王太子殿下にどんな言葉をお返しすれば失礼ではないのかわからなくて、私はただ下を向いてしまった。

教養のなさを恥じた。


人とろくに話したことがないから、こんな返答ひとつうまくできない。

こんな私が王宮へ行き、王太子殿下の婚約者となるなんて……大丈夫かしら。

不安でしかなかった。



【―――】


「え?」


【震えているね。不安かい?】


何故か王太子殿下が使われたのは大陸公用語だった。

この国独自の言葉ではない。

他国の方と会話をする時や、公式な証書を残す時に使う言語だ。


返事ができずにいると、王太子殿下はくすりと笑われた。どこか寂しげに。


【それとも私が怖いのかな。

君を《公開処刑》だなんて言葉で脅して、強引に連れてきたから】


【――いいえ。敢えてそう言って下さったのでしょう?

事を穏便に済ませるために。悪役になって。……ありがとうございます】


私は咄嗟に大陸公用語で答えた。


公開処刑ではないにしろ、もし義姉、《エミリア》様が王太子殿下の婚約者として、あるまじき事をしたと処罰されたら。

事は父の――伯父様の侯爵家の問題だけで済まない。

親族。そしてご領地。取引のある商会。きっと様々なところに影響が出る。

侯爵家で働く人たちも苦労することになる。


王太子殿下は、その大きさを考えて穏便に済ませてくださったのだと思えた。


ただ……。


【ただ……。私は伯母――義母が言っていたとおり、元は下位貴族の娘です。

その上。……その……事情があり、ほとんど人前に出たこともございません。

このような私に王太子殿下の婚約者が務まるとは……】


胸の辺りにそっと触れた。

服の下に私の唯一の持ち物――ペンダントがある。

母と身を寄せた修道院で、一人のシスターがくださったものだ。

お守りのペンダントだ。

不安な時や、辛い時など。

縋るように、こうやって触れるのが私の癖になっている。



「それだけ流暢に大陸公用語が話せるんだ。素質は十分だと思うよ」


王太子殿下はそう言われたが、私は首を振った。

たまたまだ。

お守りのペンダント。

これをくださったシスターは私に色々な事を教えてくれた。

大陸公用語はそのひとつ。


「そんな。かいかぶりです。私は――」


「――少なくとも私の元婚約者の《エミリア》はろくに話せなかった。

婚約者となる前に何度か交わした手紙では、美しい大陸公用語を使っていたのに」


「―――――」


「……《エミリア》は自分より下位の者を見下し声もかけなかった。

慈善活動で教会を訪れる時は、孤児院の子どもたちと共に遊び、病気の子がいれば進んで看病をしていたそうなのに」


「―――――」


「……どちらも君だねエミリア嬢。

君が《あのエミリア》の身代わりを務めていた。そうだろう?」


服の下の、胸のペンダントをぎゅっと握る。

震えが止まらなかった。



―――気づかれた。



伯母様と義姉、《エミリア》様からあれほどきつく命じられていたのに。

絶対に誰にも気づかれないようにと。なのに。


よりにもよって、王太子殿下に気づかれた。

どれほど叱られるだろう。

どんな仕打ちをされるだろう。


「エミリア嬢?」


何も言えなかった。

私はただきつく目を閉じ、震える手で服の下にあるペンダントを握りしめていた。


「大丈夫。誰にも言わないよ」


王太子殿下のお声だった。


その柔らかな声に励まされるように、ゆっくりと目を開ける。


なんと、目の前に王太子殿下のお顔があった。


驚いて身体を引く。

けれど、馬車の中だ。位置はほとんど変わらない。


それでも後ろの背もたれに張りつくように逃げた私に、王太子殿下は微笑んだ。


「本当だよ。誰にも言わない」


そして、ペンダントを握りしめている私の手にそっと触れると、おっしゃった。


「言う必要もないんだ。君は私の《婚約者エミリア》なんだから」


「―――――」



―――ああ、そうか。



そのお言葉で、私はようやく理解した。



同じだ。

私は、また身代わりを求められただけ。


母に父の身代わりを

伯母様に母の身代わりを

義姉、《エミリア》様に自身の身代わりを


求められたのと同じ。


今度は義姉、《エミリア》様の身代わりを

王太子殿下に求められただけなんだわ。



不思議と落ち着いた。

そっと目を伏せた。



……そうなのね。



私は王宮で

義姉、《エミリア》様の身代わりを務めればいいだけ―――――




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