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21 エミリアside




「最初から。私が婚約者にと望んだのは君だったんだよ、リア」



「―――――」


夢としか思えない……信じられるはずのない言葉だった。

抱きしめられたままで何も言えずにいた私をそっと離して王太子殿下が微笑まれた。


「本当だよ。……どこから話そうか。

まず、私と良好な関係を築いていける女性かどうかを知るために、婚約者候補の令嬢たちを見極めさせて貰ったことがある。

ひとつ目は婚約者候補の令嬢だけを集めて催されたお茶会。

そして私からの、大陸公用語での手紙がそうだ。覚えているかな?」


「…………はい……」


「最初の手紙はね。全員に同じ、当たり障りのない内容のものを送った。

だから返事の内容も皆、それほど差のないものだったが……。

言葉の選び方。言い回し。

ジェベルム侯爵令嬢の《エミリア》のものだけが強く印象に残った」


どくん、と。胸が大きく鼓動した。


「その後、私は婚約者候補の令嬢たちと顔を合わせた。

手紙のことがあったからね。《エミリア》には大陸公用語で話しかけたよ。

だが彼女は《話すことは苦手だ》と言ってすぐに別の話をし始めた。

主に自分のことをね。

交わした手紙のやり取りに話を向ければ《よく覚えていない》とすぐに話を逸らした。

《あの手紙は別人が書いた》と教えているようなものだった」


「…………」


「婚約者候補の中には他にも何人か大陸公用語が苦手な令嬢がいた。

そういう令嬢が手紙の返事を他人に代筆させていたことは珍しくなかった。

だが《エミリア》はそんな令嬢たちと明らかに違っていた。

……お茶会や舞踏会での様子と、慈善活動先の教会での様子。

妙にちぐはぐな調査書を見て気づいたんだ。

《エミリア》の後ろには自分の代わりに教会に行かせても、誰にも気づかれないほどそっくりな、大陸公用語を自然に扱える女性――君がいるんだとね」


「―――――」


「はたして《エミリア》に探りを入れてみれば。

ジェベルム侯爵家には自分と同じ名の従姉妹の養女が――兄の婚約者がいると簡単に、笑って教えてくれたよ」


どくん、どくんと。胸の鼓動は大きく、早くなる。

私はペンダントを押さえたままだった手に力を込めた。



「それからの手紙は《エミリア》にだけ大陸公用語で出した。

内容も、他の婚約者候補の令嬢たちへのものとは全く別のものだ。

今のこの国をどう思うか。他国との関係はどうか。どんな王太子妃を目指すか。

私とはどんな夫婦になりたいか。

――君が読み、君から返事が来ると知っていたからだ」


ぎゅっと握った私の手に

大きくて温かな手が触れた。


「リア……。元婚約者の《エミリア》の身代わりという形でなければ

君を迎えに行けなかったことは許して欲しい。

だがあの日。君の手をとり言った言葉に嘘はない。

今一度言うよ。

――エミリア嬢。私の新たな婚約者となってもらえないだろうか」



押さえても鼓動は大きく早くなるばかりで

王太子殿下の手は温かで

それでもやっぱり言わなければいけないことは変わらなくて

どれだけ涙を流しても胸の痛みは増すばかりで


あまりの辛さに私は首を振った。



「……私は……相応しくありません……」


「君以外に相応しい人間などいないんだよ、リア」


「――相応しくありませんっ!何故、そんな――」


「――教育ならいくらでもできる。

足りないところがあるなら周りで補えばいい。

だから私が妃に求める条件はただひとつ。

――私と、相思相愛であることだ」


「―――――」


ゆっくりと

再び王太子殿下の温もりに包まれた。


「気づいている?君はもう私を恐れていない。

それどころか、こうして抱きしめても身体を委ねてくれている。

そしてさっきの言葉。本当に嬉しかった」


「―――――」


「リア。君が私を好きになってくれたと感じるのは。私の自惚れだろうか」



最後に残ったなけなしの理性を

私は振り絞って叫んだ。


「―――でもっ!私は――」


「――《いつか大人になったら。この小さな修道院を出る日が来たら。

いろんなところへ行って、いろんな人と話すんだ。この言葉で》」


「―――――え……?」


「あの夢を。私の横で叶える気はない?」


「なぜ……それを……」



それを知っているのは……



「困ったな。そろそろ気づいてくれないかな―――私のリア?」


「……なぜ……王太子殿下が……」



何故、その呼び名を……



「私の名を言える?」


「……王太子殿下ル……ルキウス……様」


何故だろう。

それを聞いた王太子殿下はくしゃりと笑った。



「うん、確かにそうなんだけど。―――もうひとつの名は?」



うそだ


まさか

そんなはずない

だって


だって彼女は―――――



たったひとりの友だちの名を

突然失ってしまった友だちの名を


私は呼んだ。




「―――リュシー……?」




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